「『結婚式』……それは愛し合う2人がいやらしい未来へと旅立つ伝説の儀しk──」
どみしっ
「ちょっと邪魔なのよ。ぶつかるのよ」
「彼の者は既に現と深淵の狭間で彷徨っている。救いの御手を与えるべきかと愚考するのだが?」
壁にめり込んでちょっぴり魂が抜けかけているリリを横目に、パフィとラッチは木材を運んでいく。シーカーとしての仕事中で、建物の建材を準備しているところなのだ。
その指揮をとっているのは、リリとロンデル。建材の置き場、設計の指示、人材確保など、忙しく駆け回っていた。
作っているのは教会。ファナリアでも宗教はあり、古来より魔法の神を崇めている。そして結婚式では、神の前で誓いを立てるのだ。
教会の建材は木。ということで、最も活躍するのは当然この人。
「みゅーぜ、がんばれー!」
「【木の壁】!」
建築現場のすぐ隣で街中で、木を生やしているミューゼである。森林の消耗と木材確保への手間がほぼ無くなり、木の太さも種類も自由自在という、恐るべき植物魔法の使い手、ミューゼオラ・フェリスクベル。
お陰で大工からの視線がひたすら熱い。
「頼むっ! ウチに来てくれ! いや、嫁に来てくれぇっ!」
「すみません。心に決めた相手がいるので【禍林樺】」
『うぉおあああ!』
土下座する大工達を、超小規模な林の発生に巻き込んで撃退しつつ、指示に従って希望される木を生やしていた。
今回はエインデルブルグでの仕事につき、アリエッタの同行も認められている。久しぶりの買い物ついでに、みんなで仕事を受けたのだ。
アリエッタには、見学者としてついてきたムームーとクォンが、護衛代わりについて面倒を見ている。
「魔法って凄い便利ですねー」
「ミューゼのこれは特殊だけどね。色々出来て便利なのは間違いないかな」
糸を生成使用するムームーと、機械を操るクォンにとって、念じただけで離れた場所に事象を起こす魔法は、やはり特異に見えるものである。逆もまた然り。
働くミューゼを見て、アリエッタの創作意欲は、ばっちり高まっていた。
「ふんふん、ふんふん」(木とみゅーぜ、綺麗に描くぞー)
そして、物凄い勢いで絵が描き上がった。
「……いやいや美人過ぎでしょ」
「プリントを使わずに描くと、こんな事も出来るんですね」
「ふんす!」(タイトルは『森の妖精みゅーぜ』)
実際に立っていた構図と、絵の構図は全く別物である。デッサンをしていたわけでは無い。ポーズと背景の補完は、絵に慣れたアリエッタにとっては簡単な事。淡い光まで表現して、まるで本当に森の中で描いたかのようだ。
(なんか彩の力に慣れたお陰で、CGみたいな事が出来るようになってきたなぁ)
髪の毛を使った筆を使うと、自由自在に色を出す事が出来る。使いこなしてきたお陰で、今では塗る時の濃さの調整や、塗りながら色を変える事で、簡単なグラデーションを楽に表現出来るようになっていた。
(力が馴染んできたって言うのはこういう事か。最近は空中に描くのも疲れなくなってきたし、もっと色々出来そうな気がする)
描きたての絵を見ながら、アリエッタは自分の能力に楽しさを見出そうとしていた。それは同時にピアーニャの心労となる事を、少女は知らない。
いつのまにかやってきたパフィが、絵を見て一言。
「これ、この建物に飾るのよ?」
「やめて!?」
美化が激し過ぎて恥ずかしいのか、ミューゼから悲鳴が上がった。
数日後、シーカーの為の教会が完成。ミューゼの絵はご神体と共に飾られていた。
「ちょっとおおおお!?」
いつの間にか自分の絵が飾られている事に抗議しようとしたが、アリエッタが喜んでいるので黙らざるを得ない。後で外してと頼むだけで精一杯だった。
一方、教会の外にいる大工たちは、かなり満足気である。なにしろ木材の量に制限がなく、理想の木で理想の建物を作る事が出来た。ミューゼの絵を飾ったのも彼らである。ミューゼは既に信仰対象となっていた。
「我らが女神、ミューゼオラちゃんにカンパーイ!」
『うおおおお!』
(やめてえええええ!!)
外から聞こえる大工達の声に、蹲って内心絶叫するミューゼ。
アリエッタがミューゼの真似をして、隣で蹲ってみた。特に意味は無い。
「大工の女神と絵の女神が、教会で丸まってる……シュールね」
「ははは……」
先日アリエッタの正体を知ったロンデルとリリ。本物の女神が描いた絵が教会に飾られたという事実が予想外過ぎて、ツッコミに困っている。うっかり女神と呟いたが、これまでもアリエッタは天使や女神と例えられながら可愛がられているので、誰も不審に思わない。
2人もアリエッタが女神と説明された時は、何を今更と思ったものだが、イディアゼッターが本物だと言うと、顎が外れる程驚愕していた。
「さて、余裕で間に合いましたし、後は本番ですね」
「はい」
リリとロンデルが、教会を後にした。何故か外で騒いでいる大工を解散させ、リージョンシーカー本部へと向かうのだった。
そしてアリエッタは、少し不満そうにしている。
「………………」(相談してみるか)
「アリエッタ、どうしたのよ?」
「ん、だいじょうぶ」
「?」
パフィの問いには答えられず、その日はエインデルブルグで食材を買って帰路につくのだった。
後日、アリエッタは数枚の紙を持って、1人でエルトフェリアにやってきた。
「てりあー」
「あれ? アリエッタちゃん? どうしたの?」
目的はネフテリア。誘う為の言葉がまだ分からないので、上目遣いで見てから、手を引いて部屋に連れ込んでみた。
(そんな目で見ないで、忙しくても断れないからっ)
効果は抜群だ。
座った所で、手に持った数枚の紙束を渡した。
「あ、これ完成した教会ね。これがどうかしたのかしら?」
ネフテリアは建築現場にはいなかったが、完成後に一度見に行っている。特に飾られたミューゼの絵を舐め回そうとして、オスルェンシスによってシバかれていたりする。
その件もあって、かなり印象強い建物となっていた。
紙を捲っていくと、教会の内部の絵になった。飾られているミューゼの絵も、しっかり描かれている。
「いいなぁ、欲しいなぁ……ん?」
ミューゼの事を好きなネフテリアにとって、美しく描かれたミューゼの絵は、国宝として飾りたい一品である。
そのミューゼの絵を含む大部分が、赤色の線で囲まれている。
「……なんだろう?」
アリエッタを見ると、緊張した顔でネフテリアを見ている。聞いたところで答える為の言葉を知らない事は分かっているので、一旦全部を見てみる事にした。
「え?」
次の絵を見て、ネフテリアの動きが止まった。アリエッタが固唾をのんで見守っている。
更に絵を捲っていき、暫く考えた後、自分なりに解釈したネフテリアがアリエッタを見て、素敵な笑顔で頷いた。
「いいよ!」
「わー!」(やったあ!)
絵だけでの意思疎通は大成功。
それを実行する為に、ネフテリアは必要な物を仕入れる事になった。
やるべき事が決まった所で、パフィがアリエッタを探しにやってきた。慌てて紙を片付けるネフテリアとアリエッタ。ネフテリアが「ナイショ」と自分の口を指で押えてウインクをしながら言うと、アリエッタも真似をして「ナイショ」とポーズをとった。
(なるほど、これは言えないよって感じのジェスチャーだな? てりあに相談して正解だった)
「くおおおっ、アリエッタちゃんがやると可愛すぎるっ。パフィじゃなくても落ちるって!」
アリエッタは『ナイショ』を覚えた。
ネフテリアは強烈な魅了になんとか耐えきった。
「アリエッター、ここにいたのよ。何してたのよ?」
「ちょっとしたお勉強よ。アリエッタちゃん、パフィにナイショ」
「!」
部屋に入ってきたパフィに対し、ネフテリアが無慈悲にも迎撃命令を出した。
張り切っているアリエッタは、全力でポーズを決めた。
「なーいしょ♡」
「ぐふぉっ」
パフィは弾かれるように吹っ飛んだ。
その隙に、2人は急いで退室。部屋にはピクピクしながら笑顔で鼻血を流すパフィだけが残った。
この後すぐにフラウリージェ店員がやってきて、小さな悲鳴を上げてから、掃除に取り掛かる。事前にネフテリアから説明を受けていたようだ。
別の店員がやってくると、パフィの鼻にタオルを詰め込み、脚を持って引き摺って、ミューゼの家に運んでいった。
その手慣れた様子に、パフィを受け取ったミューゼが戦慄していた。
「えっと、アリエッタ、なにしてるの?」
「めっ!」
「そ、そう?」
連日アリエッタがエルトフェリアにやってきて、外に面していない個室で何かをしている。疑問に思ったミューゼはアリエッタについてきたが、入室は断固拒否の構えである。
心配されている事はしっかり把握しているアリエッタだったが、この部屋にミューゼとパフィを入れるわけにはいかないのだ。
それに今のアリエッタには、最強の説得術がある。
「ないしょー」
「はうあっ!? かわっ、かわわっ!」
狼狽えている所にニッコリ笑顔を向けて首を傾げると、大人達はデレデレした顔で大人しく引き下がるのだ。特にパフィとミューゼには絶大な威力を発揮する。
「内緒なら仕方ないねー♡ あたしは戻ってるからねー♡ はいこれオヤツ♡ 頑張ってね♡」
パフィの場合は即死(※死んでない)したが、ミューゼは目にハートを浮かべてメロメロである。アリエッタの邪魔をする事は絶対に無いだろう。
アリエッタは安心して部屋の中へと入っていき、内側から鍵をかけた。
しばらくしてネフテリアがノックをして声をかけると、アリエッタが警戒しながらドアを開けた。ネフテリアを警戒しているのではなく、周囲に人がいないかを気にしている。そしてネフテリアを招き入れ、ドアを閉めた。
その様子を、ミューゼとパフィがヴィーアンドクリームの厨房へのドアの奥から、嫉妬に満ちた顔で覗いていた。呆れたクリムに、お尻に熱湯をかけられて転げまわるまでは。