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「……なあ、最近さ」
彼が口を開いた。いつもの軽いトーンじゃなくて、探るような、少し怖がるような声だった。
「お前、何か隠してるだろ」
俺は一瞬、歩く足を止めた。
図星だった。けど、言えるわけがない。
「別に、何もないよ」
「嘘だよな?」
彼が俺の前に立ちはだかる。
その目が、本気だった。
「最近ずっと目合わせないし、急に黙ったりするし、前みたいに笑わなくなった。……俺、なんかしたか?」
「いや……別に」
「別にじゃねぇだろ!」
彼の声が、夕方の静かな道に響いた。
「俺達ずっと仲良かったじゃん!それなのに俺のこと避けて、何にも言わねぇで…」
「じゃあさ、逆に聞くけど」
俺も言葉を抑えきれずに声を上げた。
「お前こそ、何で何も言わねぇの? なにかあったのに、それを全部黙って、平気なふりして、何事もなかったみたいな顔して……!」
真平の目がわずかに揺れた。
「言いたくねぇことくらい、あるだろ……!」
「俺にだってあるよ!でも、それでもお前に教えてほしいって思ってた。全部隠して、平気な顔してるお前を見てるのが、苦しいんだよ!」
「なんでそこまで……!」
「お前が大事だからに決まってんだろ!」
一瞬、時間が止まったみたいに静かになった。
風が、二人の間を通り抜ける。
真平は眉をひそめて、目をそらした。
「……お前、重いんだよ」
その言葉が、鋭く突き刺さった。
「は?」
「ずっと前から思ってた。お前、俺に構いすぎ。べったりしてきて……正直、うざい」
呼吸が詰まった。
俺は何か言い返そうとしたけど、うまく言葉が出てこなかった。
「じゃあ、今までの、全部。迷惑、だったんだな」
「……違う、そうじゃなくて」
「もういい」
言いかけた真平の言葉を遮って、俺は歩き出した。
足が勝手に速くなる。
真平の声が後ろから聞こえてきたけど、振り返ることはできなかった。
まぶたの奥が熱くなって、うまく前が見えなかった。
たぶん、今の俺は彼にとって、守るどころか縛りつけるだけの重荷に見えてるんだろう。
そう思うと、胸の奥がギュッと締めつけられた。
それが、なによりも悔しかった。
喧嘩の翌日、教室の空気はどこか冷たかった。
真平は俺と目を合わせず、別の席に座った。
俺も、無理に近づく気にはなれなかった。
昼休み。教室の片隅で、一人ぼんやりと窓の外を見つめている。
スマホが震えたけど、真平からのメッセージはない。
いつもなら、ゲームの話やくだらない冗談で盛り上がっていたのに。
放課後。生徒会室のドアを開けると、彼の姿はなかった。
「今日は来ないのか」そう呟き、机に資料を広げる。
けれど、どうしても集中できずに、窓の外を眺めてしまう。
次の日も、その次の日も。
彼は俺に話しかけず、俺もまた彼に声をかけられなかった。
廊下ですれ違っても、挨拶すらしない。
まるで他人のようだった。
二人の間にあった空気は、もうどこにも残っていなかった。
胸の奥にぽっかりと穴が空いたような、深い寂しさだけが残る。
先に耐えられなくなったのは、俺だった。
帰り道、スマホを取り出して、あの女にメッセージを送る。
「彼のことは、もう諦めた。」
本当は嘘だ。彼には申し訳ないけど、喧嘩の根っこを断つために、彼もあの女も利用しようと思った。
すぐに返信が返ってきた。
「本当かどうか確かめたいから、会いましょう」
彼女はすぐに食いついてきた。
俺は彼女が指定した日時と場所を確認して、布団に潜り込んだ。
翌日の放課後、約束の場所に着くと、彼女が待っていた。
俺を見つけると、期待に満ちた表情で近づいてきた。
「ほんとに連絡取ってないの?」
「取ってない。ほら、見ろよ」
そう言って、俺は彼とのトーク画面を彼女の目の前に差し出した。
あの日から、彼との距離はどんどん広がっていった。
俺の心はぐるぐると渦巻いたまま、何も解決しないままだった。
ある日のバイトの帰り道、真平の家の近くを通ると、乱れた息遣いが聞こえてきた。
やがて足音が近づいてきた。軽く乱れた歩き方――間違いなく彼だった。
そのすぐ後ろから、ヒールの音が乾いたリズムで追いかけてくる。
彼は焦ったように何度も振り返りながら、足早に逃げようとする。
「やめてくれ……本当に、もう話したくないんだ」
声は震え、息が乱れている。彼の手は震え、膝がガクガクと揺れていた。
だが女は止まらない。必死な様子で、ゆっくりと距離を詰め、手を伸ばす。
「お願い、ちゃんと話そう?ね?」
その手が彼の肩に触れようとした瞬間、俺は割って入った。
「触るな」
俺の声に、女は一瞬ひるんだ。
「……またあんた?」
目を細め、嫌悪を露わにする。声のトーンが鋭くなった。
「毎回邪魔しないでよ。もう諦めたんでしょ?」
「⋯黙れ」
俺の言葉に、彼は口を開こうとしたが、言葉が出ず、震える体を抱え込むようにして震えていた。
目は泳ぎ、完全に混乱している。
女は一歩ずつ詰め寄り、声を落として囁くように言った。
「ずっと探してたんだよ。真平くんが誰といるのか、何を考えてるのか……全部、知りたいだけ」
俺は拳を握り締め、冷静に告げた。
「もうやめろ。近づくな。通報するぞ。」
女は歯を食いしばり、睨みつけたまま一歩引いた。
「またね。真平くん」
そして振り返り、足早に去っていった。
俺は震える彼を抱きしめた。
「……なんで。助けたんだよ」
声が震えていた。胸の中で泣きじゃくる彼の背を、ゆっくり撫でながら答える。
「そんなの、お前が大事だからだよ」
その瞬間、彼の泣き声が止まった。
俺の腕を振り払い、彼が叫ぶ。
「じゃあ、なんで諦めたなんて言ったんだよ!あの女から聞いたんだ!」
言葉が胸に刺さる。
彼の言うとおりだった。けれど、それには理由があった。
でも、それを言ったら――きっと俺を軽蔑する。
怖くて、何も言えなかった。
「それは……ごめん」
「ごめんだけじゃ、何もわかんないよ……!」
彼は再び泣き出した。
その肩が小刻みに震えていて、見ているだけで胸が痛んだ。
俺は、ゆっくりと手を伸ばしかけて――途中で止めた。
また拒まれるかもしれない。
それでも、もう一度だけ。
心のどこかがそう叫んでいた。
「……なぁ」
彼を呼ぶと、震える肩がぴくりと動いた。
俺は覚悟を決めて、そのまま彼をそっと抱きしめた。
今回は、抵抗がなかった。
涙の跡がシャツに染みて、彼の体温がじわりと伝わってくる。
鼓動がかすかに重なる。
「……勝手だよな、俺」
小さくこぼした声は、ほとんど息に混じって消えた。
けれど、彼の腕がそっと俺の背中にまわるのを感じた。
その瞬間、胸の奥で何かがほどける音がした。
涙とも、安堵ともつかない熱が、静かに広がっていった。
泣いている彼を慰めているときに俺に一つの決意が生まれた。彼をこんなに怖がらせて、こんなに泣かせておいて、生きているあの女が許せない。あの女を――。
「ら、楽山…痛い…」
「あ、あぁ、ごめん…」
泣き疲れて眠る彼の寝顔を見つめていた。
その顔には、まだ少しだけ涙の跡が残っている。
呼吸のたびに肩がゆっくり上下して、安堵したような寝息がこぼれていた。
ようやく、あの女の影が彼の中から消えかけている。
そのことが、少し嬉しかった。
けれど同時に、胸の奥で何かが静かに軋んだ。
あんな恐怖を、二度と味わわせてはいけない。
また誰かが彼に近づいて、傷つけるかもしれない。
その可能性がある限り、俺は落ち着いて眠ることもできない。
だから、終わらせなきゃいけない。
彼の世界から、あの女を完全に消さなければ。
俺は立ち上がり、彼の頬に手を伸ばした。
少し触れただけで、彼の体温が掌に広がる。
それだけで、どんな罪も正当化できる気がした。
俺は間違っていない。
彼のために、正しいことをするだけだ。
窓の外では、街灯が白く滲んでいた。
夜の湿った空気の中に出ると、音がすべて遠くに感じられる。
自分の足音だけが、やけに鮮明に響いた。
彼を守るためなら、俺は何だってできる。
それが“間違い”だと言われたって構わない。
だって、俺の世界はもう、彼しかいないのだから。
泣き疲れて眠る彼の寝顔を見つめていたとき。
こんな顔を、二度とさせたくないと思った。
誰かに怯えて、傷ついて、泣く彼なんて、見たくなかった。
彼を泣かせたあの女の顔を思い出す。
俺の胸の中で何かが静かに冷たく固まっていく。
怒りでも悲しみでもない。ただ、確信していた。
――あの女を消さなければ。
俺がこれからすることは、すべて彼のためだ。
彼を守るためなら、どんなことだって構わない。
正しいとか間違っているとか、そんな言葉で測れるものではない。
足音が夜道に溶けていく。
世界が静かで、俺の呼吸だけがやけに鮮明に聞こえた。
不思議と、心は穏やかだった。
数日後、真平の顔からようやく怯えの色が消えていった。
教室で笑う彼を見たとき、胸の奥で何かが緩む音がした。
その笑顔が、俺の手で取り戻したものだと彼は知らない。
それでいい。知らなくていい。