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「ここって五時限目が終わるまで開けっ放しだから、案外穴場なんだよね。ここならワンコくんにも見つからないでしょ?」
こういった気遣いがサラリと出来るから、コイツはモテるのだろう。
いつもなら軽口のひとつでも返してやるのに、そんな気分にもなれずに功基はただ「ありがとな」と笑みを向けた。
途端に庸司が変な顔をする。
「……ほんと功基って、そーゆーのズルい」
不満気に唇を尖らせる理由がわからずに首を傾げると、「ま、いーから座んなよ」と呆れたように手招かれた。
「で? なにがあったの?」
功基の座る席の対面、一つ上の列に腰掛けた庸司が頬杖をついた。功基はその机の端に腕を乗せて、口元を埋める。
「……こーゆーのって、どっから話せばいいんだ?」
「全部。とりあえず、昴ってヤツんとこに行ったんでしょ? どうだった?」
「あー……普通に、アフタヌーンティー食わせてくれて、そんで……」
「そんで?」
「っ、告られた」
「はぁ!? なにソイツ、ポッと出のくせに抜け駆けかよ……っ!」
バシン! と勢い良く机を叩いた庸司に功基が思わず「ポッと出って……」と呟いたが、庸司はそれどころではなかった。
もしかしたらとは思っていたが、まさか告白してくるとは。
(これじゃ俺、動けねーじゃん!)
拗れに拗れているであろう現状で、これ以上、功基を混乱させる事態は避けたい。となると、庸司はただの『友人』を貫かなくてはならない。
まったく余計な事をしてくれた、と奥歯を噛み締めた庸司に、功基が伺うように「つーか、抜け駆けってなんだよ」と見上げてくるので、「……いや、なんでもない」とグッと耐える。
「で、告られたってワンコくんに言ったの? あ、そもそもソイツと会ったの、内緒なんだっけ」
「そう、だったんだけど……」
功基の頬が強張る。
「バレちまって。そんで、家帰ったら、邦和がすっげー怒ってきて……。昴さんとのコトだって、お前には関係ないだろって言ったら、関係あるって言いやがったんだよ、アイツ。そのくせに、その理由は訊いても、教えてくんなくて」
徐々に顔を歪めた功基は、隠すように自身の腕に額をつけた。庸司はそっと伸ばした掌で、頭をゆっくりと撫でてやる。
同じ穴の狢というのか、庸司には邦和の気持ちがよく理解できた。
関係あると言ったのは、昴への嫉妬と、功基をとられるのではないかという焦りと不安からだ。だがそれを告げてしまえば、それこそ想いを告げる事になる。
彼にはそれが、出来なかったのだろう。怖気づいたのだ。もしかしたら、全て無くしてしまうのではと考えて。
(……けどまぁ、俺は”お人好し”じゃないかんね)
功基には悪いが、わざわざ伝えてやる義務はない。散々いい思いをしたであろう”敵”に塩を送るなんて、まっぴらだ。
庸司は黙って功基の頭を撫で続けた。
暫くして、か細く紡がれた功基の声は、震えていた。
「……だからオレ、言っちまったんだ。『終わりだ』って。もう、疲れたって」
互いに拗らせて、迎えた最悪の結果。
言葉足らずの行き着く先。なにも珍しくはない。
「……ワンコくんはなんて?」
「……何も、言わなかった。帰れって玄関に押してったら、帰った。……けど、今日の朝、来たんだ。飯もって。でもオレ、開けられなくて、でもアイツ、鍵持ってるから。……けど、入ってこなかった。置いといたって、連絡だけしてきて。それと、『話しがしたい』って」
功基の頭上で往復していた庸司の掌が、そろりと伸ばされた指先にキュッと握られた。
「……オレ、どうしたらいいんだ」
きっと功基はずっと、迷っているのだろう。
会いたい。会いたくない。相反する感情が絶え間なくせめぎ合っていて、全てのエネルギーを奪われているのだ。
ここでそっと、『いいヤツ』の顔で「何もしなくていい」と言ってやる事は出来る。そうすれば功基は言葉通り、これ以上、己の本心と向き合う事無く、気持ちを押し込めるだろう。
欲を言えば、そうしたかった。だが、一片の疑いもなく信頼を寄せてくれる功基を、裏切りたくはない。
それと、もう一つ。
例え相手が自分でなくとも、幸せそうに笑う功基が好きだ。
「……話してみなよ」
くっと握り返した指先。
潜った布団の端を上げて様子を伺う子供のように、功基が微かに視線を上げた。
庸司はゆるく微笑む。
「功基が、もうワンコくんの顔なんて二度と見たくない! 大っ嫌い! って言うんならこのまま切っていいと思うけど、そうじゃないんでしょ? 終わるにしたって、どこかに誤解があったなら綺麗にしといた方が、後々面倒なコトになんないし。いっそ気持ちよくスパっと切られて来た方が、次に進めるんじゃない?」
「……つぎ」
「そーそー、例えば俺とか? ちょう優良物件じゃん?」
パチリとウインクを飛ばした庸司に、功基が顔を顰める。酷いなーと思いつつも、それが『いつもの』功基の反応だ。
それでいい。それでこそ功基だ。
安堵の息をついた庸司に、功基が笑みを浮かべた。弱々しいが、憑物が落ちたかのようにスッキリとしていた。
「……そうだな。うん……そうするわ」
言うなり立ち上がった功基は、座ったまま見上げる庸司の頭に、ポンと掌を乗せた。
「おかえし。ありがとな、庸司」
不意打ちに固まる庸司にニヤリと笑うと、数度頭をかき混ぜて荷物を背負い去っていく。
まったく、これだから本当に功基は。
ガックシと項垂れて苦笑する庸司の心中など露知らず、出入り口付近で立ち止まった功基が「また明日な!」と振り返った。
「うん、また明日ね」
手を振る庸司に満足そうに笑むと、功基は駆け足で去っていく。
校舎に反響した足音が遠ざかり、間もなくしくて訪れた静寂に、庸司は溜息をついた。
立ち上がらないのはまだ、『やり残し』があるからだ。
「……ほーんと、キミの嗅覚ってどうなってんの?」
少し大きめに嫌そうな声を室内へ響かせると、前方の出入り口から黒い影が入ってきた。邦和だ。
実は功基が顔を伏せた辺りで、彼の姿が見えたのだ。学校ならば功基を捕まえられるのではと、探していたのだろう。
目で静止をかけた庸司に気づくなり、状況を判断した邦和はそのまま扉の影に身を潜めていたのだ。
「……ありがとうございました」
黒い双眸には明らかな当惑。
大方、『どうして自分の肩を持ってくれたのか、わからない』といった所だろう。
庸司はフンと鼻を鳴らす。
「勘違いしないでほしいんだけど、キミの為じゃなくて、大事な大事な功基の為だから」
「わかっています。それでも、庸司さんのお陰で功基さんと話す場を与えられたのは、事実ですから」
「まだ功基が許可するかどうかは、わかんないけどね」
「許されるのなら、きちんと全てをお話するまでです。……本当に、ありがとうございました」
腹立つ。この間まではバンバン敵意を向けてきてたクセに、掌を返したように深々と頭を下げやがる。おまけにもう想いが通じあったかのように、ちょっと嬉しそうにしてるのが、更に腹立つ。
功基の言葉には、確定的な単語は何一つなかった。だがアレでは、吐露していたも同然だ。
だから邦和は機嫌がいいのだろう。結果として、さながらキューピットの役目を担ったわけだ。
気分は最悪だ。
「……わかってると思うけど、それは『ズル』だかんね。功基はなんも、知らないんだから」
庸司は鋭く邦和を睨む。
「これ以上、功基を泣かすんなら容赦しないよ」
「……わかってます。でも、『絶対に泣かせない』というお約束は出来ません」
「は!?」
いきり立った庸司に、邦和が目元を緩めた。
庸司は初めて見る、慈しむような、優しい笑みだった。
「功基さんはきっと、泣かれると思いますから」