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思わぬ誘いにドキドキが止まらない。
やばい、本当に嬉しすぎる……!
明らかにテンションのあがった私を見て、レイはおかしそうに笑った。
「ほんと、澪のそういうとこが癖になるよ」
「ん? なに?」
「素直で純粋なところ。
それが鼻についてイライラしてたのに、今じゃかわいくて仕方ない」
邪気なく言ってのけられ、瞬時に体が沸騰しそうになった。
「も、もうレイ! からかわらないでっ」
「からかってはないよ。面白がってはいるけど」
レイは笑いながら私を引き寄せ、腕の中に閉じ込める。
「あぁ、けど。
出かけるのはやめて、このままこうしてるのも悪くないかな」
レイはどこまでもおかしそうに言うから、余計に体が熱くなった。
だめだ。このままじゃ心臓が破裂する。
「も、もう!」
私は声を荒げて、なんとか彼の腕の中から抜け出した。
レイはくすくす笑いながら冷蔵庫を指さす。
「澪。
水を差すようで悪いんだけど、先になにか食べていい? 腹減ってて」
「あ、あぁ、それなら」
私はやたら火照った頬を押さえて冷蔵庫をあけた。
「うーんと……サンドイッチならすぐ作れそうだよ。
ちょっと待っててね」
「俺も手伝うよ」
「え? ……あぁ、ありがとう!
それじゃ、きゅうりとレタスを洗って、適当に切ってくれる?」
レイと一緒に料理するなんて初めてだ。
そんなことにもドキドキし始めるけど、それを口にしたらからかわれそうだからやめておいた。
鍋でゆで卵を作っている間に、パンにうすくバターを塗る。
ふととなりを見れば、野菜を切っていたレイが苦笑していた。
「ん? どうかした?」
「いや……もし澪とふたりで住んだら、こんな感じなのかなと思って」
「……えっ」
実は料理しながら同じことを思っていた私は、手に持ったバターナイフを危うく落としそうになった。
その時キッチンタイマーが鳴り、慌てて鍋の火を止める。
「こっちは出来たよ、澪」
「あ、ありがとう……って、わっ」
なんとか落ち着こうと深呼吸をした矢先、急に後ろから抱きしめられた。
目の前にはきれいに切り揃えられた野菜。
そして真後ろでは、レイが私の髪に顔を埋めていた。
「も、もう、レイ!
これじゃなにもできないよ……!」
「手伝ったんだから、これくらいの見返りがあってもいいかなって思って」
「見返りって……!
それはもう言わない約束じゃない……!」
話す度にじかに息がかかるせいで、バクバクする心臓が本気で破れそうだ。
レイはどうやら笑いを堪えているらしく、体が小刻みに動いている。
「冗談。さすがにからかいすぎた」
回した腕をほどき、レイは笑いながら卵を鍋から取り出した。
ようやく自由の身になったけど、もう料理どころじゃない。
「……レイのバカ!
レイが食べたいっていうから作ってるのに」
「そうだけど、澪に構うのが楽しくて。
好きだよ、澪」
レイは一度手を止め、こちらを見て微笑む。
……だめだ、そんなの反則だよ。
そんな目でそんなこと言われたら、私はどうやったってレイにはかなわない。
「うー……」と声にならない声をあげ、私は真っ赤な顔を片手で覆った。
それからなんとか作ったサンドイッチを食べ、お互い着替えてから家を出た。
玄関の引き戸をあけると、すぐに強い風が入り込んでくる。
台風の影響だろうか。
けど空は雲一つない晴天だし、日差しは強いから風があるほうがいい。
駅へ並んで歩きながら、レイが私に尋ねた。
「それで、澪はどこに行きたいか決まった?」
「うーん……」
さっき食事しながら聞かれたけど、結局思いつかなかった。
「まだ思いついてないんだ。
レイは行きたい場所ある?」
「俺は……澪が前に住んでた場所が見たいかな」
「え? ど、どうして?
いいけど、なにもないよ?」
私は驚いた。
お母さんと住んでた場所はただの住宅街だし、特になにがあるわけでもない。
「いいよ。
ただ昔の澪のことも知りたいだけだから」
思わず目をレイを見上げる。
レイは私の視線に気付き、笑って私を見返した。
不思議だけど、レイがそう思ってくれるのは嬉しい。
私は大きく笑って頷いた。
目的地は電車で1時間ほどだった。
6年ぶりの街は、駅前こそ少し様変わりしていたものの、私の記憶とほぼ同じだった。
住宅地の真ん中で、レイはあるアパートを見上げる。
「へー、澪はここに住んでたんだ」
「そう、なつかしーな……!
今はだれか住んでるのかなー」
お母さんと住んでいた部屋は、2階の205号室だった。
「えっと、それであっちに河原があってね。
小学生の頃はそこでよく遊んだんだ」
「河原? 近く?」
「うん、電車から川が見えたでしょ? そこだよ」
「なら、そこも行ってみようか」
レイの提案のままに、私たちは河原まで足を伸ばした。