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河川敷に続く曲がり角を曲がると、急に風が強くなった。
そうだった。このあたりは川から渡る風が強いんだった。
視界が開け、私はゆっくり河原へ降りる。
「気持ちよさそうー」
子供たちが遊んでいるのを横目に、私は手だけを水の中に入れた。
「わー、きもちいー!」
「あぁ、ほんとだ」
レイも私のとなりにしゃがんで手を入れる。
しばらくしてレイはサンダルを脱ぎ、ズボンの裾をあげて川の中に入った。
「えっ、レイ!」
「澪もおいで。気持ちいいよ」
レイが私へ手を差し出す。
光る水面と青い空。
その中でレイが笑っている。
そんなふうにされたら断れるわけもなく、誘惑に負けた私は、サンダルを脱いでレイの手をとった。
水の中に入った途端、「冷たい!」と思わず声があがる。
だけどそれが本当に気持ちよくて、どちらともなく顔を合わせて笑った。
「水に入ったのなんて久しぶりだよ」
レイは私の手を引き、川上に向かってゆっくり歩く。
水は浅いけど、風が強くて流されそうになる。
その度にレイが強く手を握ってくれた。
「ねぇ、レイが住んでる街はどんなところ?」
「住宅街だよ。車で20分ほどしたらビーチがあるかな」
「そうなんだ。夏は……」
”海で泳いだの?”と言いかけて、私はすぐに口を噤んだ。
さっきの話を何気なく聞いていたけど、きっとレイは泳いだりしない。
背中の火傷の痕を思い出して、私は苦笑いをして誤魔化した。
「……きっと、ビーチには観光客が多いんだろうね」
「夏だけじゃなくて年中多いよ」
「そっか。
写真で見たことあるだけだけど、すごく綺麗な海だもんね」
そんなロサンゼルスのことも、レイが育った街も、私は知らない。
空が唸り、見上げると飛行機が大空を渡っていた。
「レイは……何時の飛行機なの?」
今思いついたふりをしたけど、本当は声が震えそうだった。
ずっと聞きたくて聞けなかった。
口にしたら後回しにしている別れが襲ってきて、せっかく通じた想いまで解けてしまうような気がしていた。
「LCCだから早朝なんだ。
31日の午前5時50分に、羽田発」
「そっか……」
わかりきっていたことなのに、落胆する自分に自嘲する。
やっぱり帰らないとか、またすぐに戻ってくるとか。
そういった自分に都合のいいことを言ってくれないかなって、まだどこかで期待していた。
レイは足を止めた。
しばらく対岸を見つめていた彼は、ゆっくり元の岸へ歩き出す。
「澪は、卒業いつだっけ」
「3月だよ」
「卒業旅行の予定、行先はL・Aのまま?」
冗談めいた言い方でレイはこちらを向く。
眩しい笑顔の向こうで、飛行機が遠くなっていった。
「……そうだよ。
だから今度はレイの住んでる街を案内してね」
レイはなにも答えず、笑って目を伏せる。
「また連絡して。俺もするから」
「……うん」
怖くて先延ばしにしていたけど、初めてレイとそんな話をした。
涙がこぼれそうになったけど、ちょうどレイが前を向いたおかげで、鼻をすすったのには気付かれなかったと思う。
レイと私のサンダルが、並んで光を浴びている。
岸まであと少し。
あと少しで離さなきゃいけない手を、私はぎゅっと握りしめた。
最寄り駅に着くと、スーパーとレンタルビデオ屋さんに寄ってから帰った。
デートらしく外で食事しようかと思ったけれど、レイに澪がつくったものが食べたいと言われたら断れない。
それなら食後に一緒に観ようと、レイおすすめのSF映画を借りた。
ニュースは台風情報ばかりをしている。
台風はまさに九州を通っているみたいだけど、けい子さんたちは大丈夫なんだろうか。
メールを送っても返信はなく、私は気にしつつも先に食事を済ませた。
現在時刻は8時を過ぎたところ。
お互いシャワーを浴びたところで、けい子さんに電話をかけてみた。
けど繋がらず、もう少し待ってみようと、スマホを置いてDVDをデッキに入れた。
「前にレイとDVD観た時は、レイがほんとに嫌いだったよ。
やれ巻き戻せだとか、コーラ取ってこいとか、扇風機取ってこいとか言うし」
当時を振り返って顔をしかめれば、ソファーでレイが苦笑していた。
「あぁ、あの時は澪をいじめてやろうとしてたから」
「弱みを握って言いたい放題だし、ほんと最低!って、心の中で叫んでたんだから。
そのくせ私に……」
「キスするし」と言いかけて、寝たふりしていたのを思い出した私は、慌てて口を閉ざした。
「澪?」
「な、なんでもない」
目を合わせずレイのとなりに座り、誤魔化すようにリモコンを取ろうとする。
その時、ぐいっとレイに引き寄せられた。
「―――そのくせ、私に?」
笑いながら続きを促すレイは、絶対反応を楽しんでいる。
吐息が耳にかかって、ものすごくくすぐったい。