――――そういえば、そうだった。
そう思った時には、遅かった。もっと自分の頭で考えて、慎重に言葉と話題を選ぶべきだったととても後悔している。でも、後悔してももう言ってしまった言葉が戻るわけでも、時間が戻るわけでもない。
(そうだ、確か、ブライトのお父さんはリースが暴走した後に正式に……っていういい方は可笑しいかもだけど、行方不明になってたって……)
思い出したのは言った後だった。地雷だった気がする。そう思って、ブライトをみれば、やはり顔を曇らせて、言いにくそうに堅く口を閉じていた。
「あ、あ、そうだった……その、魔道騎士団の団長……が、ブライトのお父さんで、それで……今は」
「未だに、父の騎士団は見つかっていないようです。最も、今、そんな捜索隊を出せるほど人手は足りていませんし、何処かで彼らなら大丈夫だろうと、思っているのかも知れません。何せ、帝国一の魔道騎士団ですから」
と、ブライトはようやく口を開いてそう言った。
だが、その言葉は声色は冷たく、失望の感情が浮き出ているようだった。
ああ、聞かなければ良かった。と本当に後悔している。今、ここで空気が悪くなったら、この後の薬草とりに支障が出るかも知れないと。
(自分の事しか考えていないんだよな……)
私は、薄情な自分が嫌になった。
ブライトは尊敬している父親が行方不明になっていることを気にしているだろうに、私はそれを言って平然としており、心の中では空気が悪くなって自分に協力してくれないかも知れないと焦っているいるのだ。これを薄情と言わずなんというのだろうか。
(こんなこと思うの、ダメかも知れないって思うけど、私の両親は尊敬できる人かって言われたらそうじゃなかったから)
目標にしたい。この人みたいになりたいという憧れはなかった。
ただ、私を見て欲しい、褒めて欲しい。周りからみれば、それは承認欲求の塊なのだろうが、こんな風に両親に求めるようになったのは、彼らが私を見てくれなかったから。何をしても、否定されて、それなのに頑張れって一言だけいわれて。どれだけ辛かっただろうか。どれだけ傷ついただろうか。
いくら、いい仕事に就いているからって、頭がいいからって、人の心を分からないような人達に、憧れを持つだろうか。
答えは、きっとNOだ。
(もしかしたら、そういう点で、私はブライトのこと微笑ましいって思っているのかも知れない)
ちょっとした嫉妬。嫉妬にも値しないかも知れないが、微笑ましい、羨ましいって思った。行方不明になった、ざまあみろ。とは思わないけれど、絶対に思わないけれど。でも、尊敬できる親がいるというのは幸せなのでは無いかと思った。
でも、もしブライトが父親に認められなくて、それで独りぼっちの努力をしているとしたら……そうだったら、私は同情してしまうかも知れない。
「ブライトは……」
「はい」
「お父さんのこと、尊敬とか……お父さんみたいに、なりたいなあ……とか、思ったりするの?」
好奇心が抑えられず、私はつい聞いてしまった。追い打ちをかけるようで悪いとは思ったが、聞かずにはいられなかった。
私と同じなのか、そうではないのか。
ただただ、惨めになるのに、何で私はこんなにもムキになっているのだろうか。
「そうですね。尊敬できる父親です。周りからの信頼も厚く、帝国の魔道騎士団団長としての責任感も強くて……本当に、見習わなければならない、遠い存在です」
そう言った、ブライトの目は何処か遠くを見据えており、何だか悲しげだった。どうして、そんなかおをするのか、やはり分からない。
尊敬していると言っているくせに、本気で言っているのか分からないような感じだった。
虚言癖がある訳ではないが、誤魔化すのに長けたブライトの言葉はイマイチ信用がならない。
(何て、失礼なこと考えてるけど、本当にそうなんだよね……)
「お父さんのこと、好き?」
「え?」
私の質問に、ブライトは振向き、何度も瞬きをした。口は半開きになっているし、質問の意味が分からなかったのだろうかと、私は彼の顔をのぞき込む。
私は両親が好きだった。でも、それは小さい頃の話で、今はすきでも何でもない。
期待をしていた時期もあった。自分が好かれる未来を視ていた時期があった。でも、そんな期待も未来も何もかなわなかった。私は、何処まで行っても惨めで、両親に愛されないのだと悟った。
家を出て行ったのもそれだ。
出て行ったというよりかは、普通に大学にはいる為に上京したというのが正しいが。友達を家に呼ぶのも一人では大きな家だった。
(そういえば、なんであの家あんなに大きかったんだろう……)
今思えば謎である。
大きな一軒家。ローンを組んで建てたのか、凄く立派な二階建ての家だった。廊下は走れるほどに広かったし、幾つも部屋があった。でも、使われていない部屋が殆どで、家に帰ってこない両親は、私に掃除も任せていた。家は人が住まないと腐るから、私は仕方なく、清潔感を維持するために掃除をした。長続きはしなかったけれど。
二世帯でもなかったし、おじいちゃんやおばあちゃんが遊びに来ることもなかった。三人にしては大きすぎる家。それが私の家だった。何か違和感があって、でもその違和感が何か分からずに家を出て行ってしまった。
あの違和感の正体が、今になって気になってしまったのだ。
「エトワール様?」
「うわぁあっ! あ、あ、ごめん。何だっけ?」
意識が遠くに行っていた、私はブライトに名前を呼ばれ、挙動不審にそう返してしまった。彼はまた大丈夫ですか。みたいな顔をして私を見ていたが、不可抗力である。
「僕に、父親が好きかと聞いたのは、エトワール様ですよ?」
と、珍しく、拗ねたような怒ったような声で言うブライトに私はあっけにとられてしまった。
彼でもそんなかおをするのかと。
(ちょっと、子供みたいで可愛いかも)
そんなことを思いつつ「うん、聞いたよ。聞いた」と、取り敢えず話を戻せば、ブライトはため息をつきながら、ランプを前にかざした。分かれ道があり、ブライトは、どっちに進むべきかと悩んでいるようだった。だが、何か詠唱を唱えると、ふわふわっとランプの光が左へそれ、ブライトはそっちに進んでいく。
「お父さん……私には、いた……いないけど、矢っ張り、家族って良いものなのかなって……思って」
召喚された聖女だから、父親はいないだろうということで、私は話を作りつつブライトに聞けば、ブライトは「そうですね」と考えるような素振りをする。
「……好き、ではなかったかも知れません」
「え?」
「厳しい人でしたし、家にいないことが殆どでしたから。侯爵でありながらも、騎士団の団長でもあったので、戦場に駆り出されることが多かったみたいです。後は、魔法の研究も最前線で行っていましたし……ですから、母上の死にも立ち会えずという感じで」
と、ブライトは、言い終えると私の方を見た。
寂しそうなアメジストの瞳をみているとキュッと心が締め付けられた。
好きではない。そして、私と似たようなその境遇に惹かれるものがあった。
好きではない。と言うよりかは、その人を理解してないから、好きになれなかったのかも知れない。好きなのか嫌いなのか、その材料が揃っていないと。
でも、帰ってこなかった、顔を合わせなかったと言うだけで、好き。という要素からは外れてしまうだろう。幼い頃からそれをされたら、きっと心に傷を負うはずだ。
いくら、貴族とは言え、子供だったら……きっと、親に甘えたいはずだ。まあ、この世界の風習が銅貨は分からないけれど。
貴族であれ、甘えてもいいと思う。
「でも、凄く心配ですよ? 父上が、行方不明になったのは。家を長いこと空けているので、侯爵代理という立場でしたが、いつの間にか引き継ぎが上手く行われない形で侯爵にまでなりましたし……凄く大変ですけど」
「あ、ああ、そっか」
元々は、侯爵代理という立場だったと、今更ながらに思い出した。まだ、親から子へその爵位は受け継がれていないのだと。だが、ブライトの言葉が正しいなら、今やブリリアント家の当主はブライトと言うことになる……ということなのだろうか。
難しい話だ。
そんなことを考えていると、ブライトが足を止め、私の方を振返った。
「つきましたよ」
「……っ、凄い」
私は、ブライトの言葉を受け顔を上げる。すると、そこには一面に青白い光が広がっていた。
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