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移し身の術を使う者は、3つの禁忌に縛られている。
ティアが何の感情も持たず、自分の命を捨てると言い切れるのはそのせいだ。
ティアの母親は、先の戦争でオルドレイ国を追放された。
移し身の術は、オルドレイ国の秘術である。誰が最初にこの術を使い始めたのかわからない程、古くからあった。
オルドレイ国……いや、国と呼ばれる前の騎馬民族の集落でしかなかった時代から、辺境に住むとある一族は、移し身の術を使い、人を救い、癒し、時に聖女とも呼ばれていた存在だった。
けれど、25年前の戦争で、ひっそりと見返りを求めることなく人の為に生き、その術を受け継いできた一族の運命は大きく変わった。
オルドレイ国の王の命令で、移し身の術を使う一族は無理矢理、戦場へと送られ、親近者を人質に取り、傷付いた兵士の治療をさせられた。
ウィリスタリア国に比べ、オルドレイ国は資源に乏しく、絶対的な兵士の数も少ない。
けれど移し身の術を使えば、状況は変わる。なにせ兵士は即死さえしなければ、たちまち戦場へ戻すことができるのだから。
だが治療にあたっていたティアの母親は戦時中、ある禁忌を犯して母国を追われ、メゾンプレザンに身を寄せることなってしまった。
母親以外の移し身の術を使えるものは、皆、戦争の最前線にいた為、戦火に巻き込まれ命を落としたと聞く。
その時の話を聞いた時、ティアは辛かった。悔しかった。一族を殺した戦争も、母親を追放したオルドレイ国も、対戦国のウィリスタリアも何もかも憎かった。
とはいえ王族のアジェーリアのことは、心から大切に思う友である。その気持ちは偽りではない。
けれど根っこにある苦しみや辛さは、なかったことにできない。ティアにとっては一生癒えることができない傷だ。
グレンシスのことだって、移し身の術を使えたからこそ、彼の命を救うことができ、また出会うことができたのだ。
しかし好きという感情におぼれて、禁忌を無視することも、彼を巻き込んでしまうのも、許されることではない。
ティアは、グレンシスの目に映る自分は、いつだってどんな時だって恥ずかしい姿でいたくないと強く思っている。
そんなこんな理由で国王が個ではなく、国として自分を利用すると思い込んでいるティアは、心を閉ざして自暴自棄な言葉を吐いてしまった。
そして、こんな話なんて一刻も早く、終わらせたい気持ちが強くなる。
「グレンさま、短剣の一本や二本、騎士様ならお持ちでしょ?汚してしまいますが、1本貸してください」
「馬鹿を言うな!誰がそんなもん貸すかっ」
青筋立てて叫ぶグレンシスだが、ティアはここでも怯える様子はない。
諸々の事情が複雑に絡まってしまった状況に、グレンシスはどうしたものかとガシガシと頭を掻く。
まず国王は、確かにティアに興味を持った。娘のアジェーリアと同様、一度会いたい。是が非でも会いたい。御託はいいから、さっさと連れてこいとグレンシス達に命令した。
しかし国家事業としてティアを利用したいのではなく、単純な好奇心が強い。何かを目論んでいる気配もあるが、ティアがさっき口にしたようなことにはならないはず。
もし仮にそうなったら、グレンシスは全力でティアを護るし、バザロフだって黙ってはいない。
とはいえ人見知りが激しく、ひっそりと生きていくことを望んでいるティアが、国王に謁見するというのは相当な覚悟が必要だ。
だからティアに考える時間を与える為に、ロハン邸に避難させた。
考えた末にティアが謁見を望まないなら、それ相応の理由を作ればいいだけのこと。
ただここだけの話、グレンシスはグレンシスで、個人的にティアに今は打ち明けられない事情を抱えている。
「……ケチですね。いいじゃないですか」
「いいわけないだろっ」
「我がままを言っていいっていたのに……」
グレンシスの気持ちなど全く気付かないティアは拗ねた声を出す。
「あのなぁ、ティア。確かに陛下はお前に会いたいと言っているし、例の不思議なアレ。えっと、移し身の術……というらしいな。それに興味を持っているのも事実だ。だが、お前がついさっき言ったような酷い扱いをすることはないはずだ。陛下は我が強く、自由勝手な一面もあるが、そこまで性根が腐っている御仁ではないぞ」
「さぁ、それはどうでしょうか」
猜疑深い表情になるティアを見て、グレンシスはティアが思いのほか頑固者だということを知った。
「宰相だって、今必死に陛下を説得なさっている。悲観して自暴自棄なことを考えるのはやめるんだ」
「でも、私、宰相様にはお会いしたこともありませんし、そう言われても困ります。それに今回、運よく宰相様とやらの説得で、王様が思い留まったとしても、それは今回だけってことになるかもしれませんよね?」
「……」
グレンシスは、詰め寄るティアに小さく息を吐く。そして、決心する。
百聞は一見に如かず。会わせるしかないかと。
「……わかった、ティア。では、その通り話を進めよう」
渋々ながらグレンシスが頷けば、ティアはよろしくお願いしますと言って、丁寧に頭を下げた。