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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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約束の日、一花と蓮は、奈緒が指定されたカフェの店内にいた。
奈緒から数席離れた場所に座り、入口の様子を窺っている。
奈緒のバッグには、会話を拾うための小型機器が入っていた。
一花と蓮はイヤホンを通して、その音声を聞けるようになっている。
奈緒は窓際の席に一人で座っていた。
テーブルの上のアイスコーヒーにはほとんど手をつけず、何度もスマートフォンを確認しては、落ち着かない様子で入口へ視線を向けている。
やがて、扉が開いた。
一人の女が店へ入ってくる。
三十代前半くらいだろうか。淡い色のブラウスに落ち着いた色のジャケットを合わせ、髪は低い位置でひとつにまとめられていた。
一見すると、地味な装いだった。
目を引くようなアクセサリーもなく、すれ違っただけなら強く印象に残ることもなさそうだった。それでも服には皺ひとつなく、身だしなみはきっちりと整えられている。
一花は女の顔をじっと見つめた。
けれど、見覚えはない。少なくとも、一花の知る人物ではなかった。
女はすぐには奈緒のもとへ向かわなかった。
入口付近で一度足を止めると、ごく自然な仕草で店内へ視線を巡らせる。
一花たちのいる席にも一瞬だけ目が向いた。
けれど、そのまま何事もなかったように視線は通り過ぎていく。
一花は無意識に息を止めた。
ただ待ち合わせ相手を探しているだけにも見える。それでも、周囲を確認することにやけに慣れているような気がした。
やがて女は奈緒を見つけ、その向かいへ腰を下ろした。
バッグを椅子の脇へ置く動作まで落ち着いている。
一花は奈緒の表情を見つめる。
奈緒の指は膝の上で固く組まれていた。
「……私、大丈夫なんですよね?」
奈緒が口を開く。
「何が?」
女が穏やかに問い返す。
「あの男のことです。捕まったじゃないですか」
奈緒は周囲を気にするように声を潜めた。
「もし、私と会ってたことまで警察に知られたら……」
「知られないでしょう」
女は少しも動じなかった。
「あなたとあの男が会っていたことなんて、誰も知らない。連絡先だって交換させていないんだから」
奈緒の顔が強張る。
「でも……あんなことになるなんて、聞いてなかった」
「それはあなたの責任ではないわ」
「じゃあ……」
奈緒は女の顔をじっと見つめた。
「あなたが、一花を恨んでるんですか?」
一花の胸がわずかにざわつく。
改めて女の顔を見ても、やはり記憶にはない。これまでの人生をどれだけ辿ってみても、この女から恨みを買うような出来事にも心当たりがなかった。
「私が?」
女は意外そうに眉を上げる。
「彼女とは会ったこともないわ」
「じゃあ、誰かに頼まれたんですか?」
女は答えなかった。
「どうして一花に、こんなことを……」
「知らない方がいいわ」
「……え?」
「その方が、あなたの身のためだって言ってるの」
素の唇の色に溶け込むような、淡いベージュピンクのリップ。
まるでこの女自身を表すように控えめだったその口元が、ゆっくりと吊り上がる。
「好奇心は猫をも殺すっていうでしょう?」
奈緒の喉が小さく上下する。
膝の上で組んでいた指先に、ぎゅっと力がこもった。
「で、でも……人が死んでるんですよ」
女は何も答えない。
「一花のお母さんが死んで、一花の子どもだって、まだ目を覚ましてない。それなのに、私は何も知らないまま――」
「今さら何を言っているの?」
女の静かな声が、奈緒の言葉を遮った。
「……何をって」
「あなたも納得していたでしょう?」
奈緒の表情が強張る。
「彼女が少しくらい困ればいいって」
「それは……」
「お金も受け取った」
奈緒の唇が震えた。
「でも、殺したいなんて一度も言ってない!」
思わず声が大きくなり、奈緒は慌てて周囲を見回す。
数人の客が一度こちらを見たものの、すぐにそれぞれの会話へ戻っていった。
「誰も、あなたがそんなことを言ったとは思ってないわ」
「じゃあ……」
「あの男が何をするかまで、あなたが責任を負う必要はないでしょう?」
あまりにも穏やかな言い方だった。
奈緒を慰めているようにも聞こえるのに、一花にはその言葉がひどく冷たく感じられた。
奈緒がしたことを否定するわけでもない。
ただ、どこからどこまでが誰の責任なのかを、曖昧にしている。
コメント
1件
読み終えました……奈緒が本当はどこかでとめたかったんだろうなってのが伝わってきて、切なかったです。あの女の人の「知らない方がいい」って台詞、すごく響きました。何も知らずに生きてた方が楽かもしれないけど、一花はもう戻れない場所まで来ちゃってる気がして。次が気になります……!