テラーノベル
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春の陽気が降り注ぎ、暖かな風が新たな生活の開幕を告げる__
否、それは今覆そう。先程行われた新入生挨拶は、まるで嵐のようなものだった。職員から用意されていたであろう台本を開くこともせず、あの異国人は中身のない、強いていえば野望のようなものを、ベラベラと壇上で告白しただけだったからだ。焦った職員達の抵抗も虚しいかな、彼には通用しなかったようだ。
そのスピーチの後は、嵐の後の静けさ、そのものだった。混乱だけに包まれた会場を覆したのは、”あの彼”と同じ金色の髪を持った2年生の生徒会長だった。気品溢れる佇まいに、まるで手本のように完璧な歓迎の祝詞。手元に置かれていた台本を開くことはなく、彼は完璧にやってみせた。彼の声ばかりは耳にはっきりと入るのか、眠気に負けそうだった前の席の生徒も、彼が話し始めるやいなや背筋をピッと伸ばした。カリスマ性があり、文武両道。生徒の代表、として相応しいだろう。彼の祝詞が終わり大きな拍手に包まれる会場で、菊はそう1人思っていた。
放送案内により新たなクラスへと移動することになった。この高校は中高一貫性なためか、もう周りには交友関係が出来ているようだった。孤独、というものには家柄のせいで慣れているので特別思いを抱くことは無い。しかし、クラスに向かうには少し邪魔だった。前に4人で、それも並んで歩く女子生徒へ声をかけられたらいいものの、初日から変な目で見られては、ここに転校してきた元も子もないので控えることにした。誰にも聞こえないように小さくため息を零し、廊下にある窓から内庭を見つめた。
「…ねえねえ、たしか一緒のクラスだったよね?」
その途端、声がかかった。一瞬自分以外だろう、と思って返さず歩みを進めようとしたが、肩へ手を置かれて自分宛だと気づいた。
「え、えぇ………その、申し訳ありません、覚えておらず…」
「ん〜ん、全然大丈夫!俺らも、クラス表に見慣れない名前と始めてみる顔があったから話しかけただけで、知らなくて当然だよ
きみ、名前は?」
飴色の前髪をセンターで分けた男子生徒がそう尋ねてきた。その後ろにいる長身の生徒は友人、だろうか。随分立派な体格をしているせいか、先輩に見えてしまうが……
「本田菊、と言います。
…おふたりは?」
「俺はフェリシアーノで、こっちはルート!菊と同じ1-2だよ」
「本田だな。ルートヴィッヒだ。よろしく頼む」
律儀にも、ルートヴィッヒと名乗った彼はこちらへ手を差し伸べてくる。…握手、だろうか。おずおずとその大きな手のひらに、己の手を重ねればぎゅっ、と柔く握られ、優しく微笑まれる。厳格そうな見た目をしているのに、案外優しい人なのかもしれない。そんな彼にこちらも小さく笑って返せば、少し目を見開いた後、元の仏頂面(聞きの悪い言い方をしたが、そうとしか形容できないので許して欲しい)へと顔を戻した。
「あ!ルートズルい!俺も菊と手握りたいのにー!!」
「そ、うなんですか…?特段構いませんよ、私でよければどうぞ」
ほんと?と、嬉しそうに彼は顔を綻ばせて、右手を両手で包むようにして握ってきた。可愛らしい顔をしているとは思っていたが、案外手は大きいようで、菊の手はすっぽりと収まってしまった。柔らかく緩んだ顔はそのままで、フェリシアーノはその手を引っ張り、廊下を進んでいく。ルートヴィッヒも、菊の隣へと並びながら彼の後を追いかけるようにして歩みを進めた。
「菊ー!一緒に帰ろ〜?」
「……あ、あぁ、はい…もちろん」
HRが終わって突然、そう声をかけられて思わず肩を揺らした。振り向けば、声の主はフェリシアーノくんだった。入学初日だからか、簡単なオリエンテーションのようなもので1日は終わり、あっという間に下校の時間になった。一人で帰るつもりだったので僅かに動揺しながら、菊は自分の席から腰を上げた。フェリシアーノに手を引かれ、後ろの出入口に近付けば、そこにいたのはルートヴィッヒともう1人……今己の手を握っているフェリシアーノと瓜二つの男子生徒がいた。
「あ??…おい、フェリ、誰だそいつ」
「俺の新しい友達。だ·か·ら、ガン飛ばすのやめてね」
ギン、と鋭い目つきでこちらを睨みつけてくる彼はどうやらフェリシアーノと兄弟関係にあるようだ。そのくらい似ている…よく見れば、たしかに違いはあるが。
「あぁ、えっと……本田、と申します。以後よろしくお願いします…」
「ヴェ、ちょっと菊、堅苦しいよ〜、もっとラフでいいんだよ?兄ちゃんもそうやってすぐ睨みつける癖やめなよ」
フェリシアーノは菊の肩に腕を回してそう言った。それも、じとり、と兄を睨みつける瞳付きで。
「なっ…これはお前のためを思って…… 」
「俺の友達にガン飛ばすことの何が俺のためなの?
…ほら、兄ちゃんも自己紹介して!あ、謝罪も追加でね」
もう片方の手で兄の肩をトンと少し強く叩き、フェリシアーノは笑った。それに、嫌そうに顔をゆがめながらも、彼はゆっくりと口を開く。
「……ロヴィーノ、2年」
「…兄ちゃん?」
「……………あー、と………わ、わるい」
半ば無理やりのような形でロヴィーノと名乗った青年はそう言った。恥ずかしいのか、はたまたなにか負い目を負っているのか首元に寄せられた彼の手には落ち着きがなかった。それを見て、構わない、と言ったように菊は首を振ってロヴィーノにほほ笑みかける。
「いいえ、気にしていませんよ。……フェリシアーノ君のお兄様はとってもお優しいんですね、羨ましいです」
隣に立っているフェリシアーノと、正面で微かに俯いているロヴィーノを交互に見比べながら菊は言った。そしてゆっくりと1度瞬きをした後、ふわりと目を細めてどこか幸せそうに彼は笑ったのだ。
「え”」
「あ、そろそろ帰りましょうか…?下校時間になりますよ」
口を開けたまま何も言い出さないロヴィーノを置いて、菊は壁掛け時計に目を向けた。長針はそろそろ11の数字を刺そうとしている。ポケットからスマホを取り出して、メッセージアプリを開きながら菊はゆっくりと足を進めようとした。しかし、突然ぐいと腕が引かれて思わずよろける。
「待って菊、兄ちゃんがフリーズしてるから」
「…女性にはあれほど強気だったろうに、対本田では厳しいのか」
先程菊の見た姿勢とちょっとの誤差も無いまま止まったロヴィーノの肩を、彼は前後に揺らしていた。声をかけながらも中々意識の帰ってこなそうなロヴィーノに、それを見ていたルートヴィッヒは腕を組んでため息を着く。
「……対本田とは…?」
「いいや、なんでもない。俺の言ったことは気にしないでいいからな、忘れてくれ」
自分の名前が使われた話が出て、簡単に忘れられるものか……そう思いながらも菊は口をつぐみ、二人(一人)の攻防をルートヴィッヒと同じように見守り始める。緩やかにすぎていくこの時間は、菊にとっては初めてのものだ。
遠くで響いた下校を知らせるチャイムの音がした今も、ロヴィーノの意識は戻らなかった。彼の意識が戻ったのは、それから何分後になるのだろうか。
コメント
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フェリちゃん達出てきたー!!✨ 生徒会長…なんかわかったかもw ほんとこの話好き💕🫶 続きも楽しみに待ってます