テラーノベル
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朝の教室は、いつもより騒がしかった。
その中で、すちは席に座ったまま、ほとんど動かなかった。
顔色が悪い。
それだけなら、まだ「体調不良」で済まされたかもしれない。
でも――
動きが、遅すぎた。
ノートを取る手が止まり、
立ち上がるとき、一瞬よろめく。
それを、みことは見逃さなかった。
(……昨日より、ひどい)
話した回数は少ない。
同じクラス、というだけ。
それでも、
保健室で見たあの目は、忘れられなかった。
「すち」
名前を呼ぶと、
すちは一瞬、びくっと肩を震わせた。
「……なに」
声が、かすれている。
みことは、
周りを一度だけ見てから、静かに言った。
「今日、帰るとこ……ある?」
すちは、答えなかった。
否定もしない。
肯定もしない。
その沈黙が、
もう答えだった。
放課後。
みことは、
半ば強引に、すちの腕を取った。
「ちょ、ちょっと……」
「いいから」
強くはない。
でも、離さない。
「……俺んち、来て」
その一言で、
すちは、完全に止まった。
「……なんで」
「心配だから」
即答だった。
理由を並べない。
説得もしない。
それが、逆に逃げ道を塞いだ。
「……迷惑」
「ならない」
「……俺、なにもできない」
「それでいい」
みことの声は、
低くて、揺れなかった。
みことの家は、
静かだった。
音がないわけじゃない。
でも、怒鳴り声がない。
それだけで、
すちは落ち着かなくなった。
「……ごめん」
玄関で、ぽつりと零れる。
「なにが?」
「……全部」
みことは、靴を脱ぎながら言った。
「じゃあさ」
振り返って、
まっすぐ見てくる。
「今日は、なにもしなくていい」
すちは、
その言葉の意味が、すぐに理解できなかった。
部屋に通されて、
布団に座らされる。
「横になって」
「……いい」
「いいから」
声が、少しだけ柔らかい。
すちは、
言われるまま、横になった。
天井が、違う。
知らない匂い。
でも、怖くない。
「……ここに、いていいの」
小さな声。
みことは、
少し間を置いてから答えた。
「いて」
それだけ。
条件も、期限も、ない。
すちは、
喉の奥が、熱くなった。
夜。
みことは、
簡単な夕飯を作った。
「無理しなくていいから」
そう言われても、
すちは、箸を持つ手が震える。
「……食べなくても」
「一口でいい」
命令じゃない。
お願いでもない。
選択肢を、
ちゃんと残してくる。
すちは、
ゆっくり、一口食べた。
「……おいしい」
それが、
本音だったことに、驚く。
みことは、
少しだけ、笑った。
布団を並べて敷く。
「……一緒?」
「嫌なら、別でもいい」
「……」
すちは、首を振った。
「……ここで」
みことは、
何も言わず、電気を消した。
暗闇の中。
すちは、
初めて、眠る前に思った。
(……明日、起きても)
ここに、
誰かがいる。
それだけで、
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
「……なあ、みこと」
「なに」
「……俺さ」
言葉が、詰まる。
「……必要、ある?」
みことは、
少しだけ考えてから、答えた。
「今は」
静かな声。
「俺が、必要」
その一言で、
すちは、何も言えなくなった。
涙は、出なかった。
でも、胸の奥で、何かがほどけた。
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