テラーノベル
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それは「逃げ」じゃなくて、
初めて息ができる場所だった。
朝、同じキッチンで顔を合わせる。
言葉は少ないけど、
無言が、怖くない。
それだけで、
すちは少しずつ、目の焦点が合うようになっていた。
――だからこそ。
その日は、
あまりにも突然だった。
玄関のドアが、乱暴に開いた音。
知らないはずの、
でも、忘れられない声。
「……いたのか」
体が、勝手に固まる。
すちは、
振り返ることができなかった。
みことが一歩前に出る。
「……帰って」
その声は、
今まで聞いたことがないほど低かった。
「お前が口出すな」
次の瞬間、
すちの腕が、強く引かれる。
「……っ」
声が、出なかった。
みことの名前を呼ぶ前に、
ドアが閉まった。
そこからの時間は、
曖昧だった。
部屋は狭く、
鍵の音だけが、やけに大きい。
「……なんで、ここにいる」
問いは、
答えを求めていなかった。
すちは、
何も言えなかった。
怒鳴り声。
冷たい視線。
時間の感覚が、なくなる。
――数日。
何日だったのか、
すちには分からない。
ただ、
「ここから出られない」という事実だけが、
はっきりしていた。
(……みこと)
それだけを、
何度も心の中で呼んだ。
数日後。
学校に、すちは現れた。
制服は着ている。
でも、
目が、どこも見ていない。
教室が、一瞬、静まる。
「……来た」
「普通に来てるじゃん」
ひそひそとした声。
すちは、
席に座るだけで精一杯だった。
そして――
みことは、すぐに気づいた。
(……戻った、けど)
戻ってきたのは、
「体」だけだ。
昼休み。
誰もいない廊下で、
みことは、すちの前に立った。
「……どこ、行ってた」
すちは、
一瞬だけ、視線を上げる。
「……家」
それ以上、言わない。
言えない。
みことは、
拳を握りしめた。
怒りじゃない。
決意だった。
その日の放課後。
みことは、
すちの腕を取る。
前より、ずっと強く。
「来て」
「……」
「もう、戻らなくていい」
すちの目が、揺れる。
「……だめ」
「いい」
「……また、連れてかれる」
みことは、
一度、深く息を吸った。
「だったら」
目を逸らさずに、言う。
「俺が、家になる」
すちは、
言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
「……みこと?」
「俺んちに住む」
はっきりと。
「学校も、生活も、全部」
一瞬の沈黙。
「……おや、いないんでしょ」
すちの声は、
震えていた。
「うん」
「……ひとりで」
「ひとりだった」
過去形。
「でも、今は違う」
みことは、
すちの手を、離さなかった。
その夜。
布団の中で、
すちは、ぽつりと聞いた。
「……俺、重いよ」
みことは、
少し笑った。
「知ってる」
「……迷惑」
「違う」
即答。
「俺が、選んだ」
その言葉に、
すちは、初めて声を詰まらせた。
「……なんで」
「……一人にしたくないから」
それは、
愛の言葉じゃない。
でも――
一緒に生きるって決めた言葉だった。
外は、静かだった。
不安は、消えない。
恐怖も、終わらない。
それでも。
すちは、
初めて思った。
(……帰る場所が、ある)
必要とされるまでに。
その「まで」は、
もう、誰かの家の中にあった。
コメント
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つづきが…きになる((((((((((((((((((((((((((((((((((