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ライゼさんと一緒にいるコウカの様子を見に行くために渋るシズクを連れて、まずはヒバナたち4人の所へと向かう。
そのために魔力の繋がりを感じ取っていたのだが、感覚が示したのは意外な場所だった。
頭痛もいつの間にか治っていたので今は気分もいい。少し頬が緩みそうになりながら、私はあの子たちの下へと向かった。
「いたいた。おーい!」
郊外にある小さな丘。
その上に立っている大きな木の陰に探していた4人の姿はあった。
「あ、主様だ! おはよう!」
「おはよう~お姉さま~……ふわぁ……」
ぴょんぴょんと小さな体で存在感を目一杯アピールするダンゴと手を振りながら、それに合わせて自分の体も揺らすノドカ。
「うん、おはよう2人とも! アンヤとヒバナも!」
「……おはよう」
「ん、おはようユウヒ」
こちらに背を向け、木に手を着いた状態で体を支えていたヒバナは首を回して私に挨拶を返してくれたもののすぐに視線を元に戻した。
視線の先にいるのはコウカとライゼさんだ。
「みんなが出かけたってシズクに聞いていたけどさ、まさか先に来ているなんて思わなかったよ」
「本当は来るつもりなんてなかったわよ。そこの3人に上手い具合に騙されたの」
ため息をつくヒバナ。
それに対して、他の子たちは楽しげな雰囲気を醸し出していた。
「えっへん、実はボクたち3人でどうやったらみんながここに揃うか考えたんだよ!」
「ヒバナお姉さまは~わたくしたちに~ついてきてくれると~思ってました~」
「……あとは、ますたーたちが……来るだけ……」
「主様ならシズク姉様を連れて絶対に来てくれると思っていたからね! 結果はこの通り、大成功だったよ。やったね!」
いぇーい、とダンゴがまずノドカとハイタッチして次にアンヤとも強引にハイタッチへと持っていく。
どうやら最初からこの3人が仕組んでいたことだったらしい。これにはシズクも驚いている。
妹組とも言えるこの3人は眠っている私の傍に1人が残り、もう1人は心配して自分たちについてくるということまで考えていたわけだ。
「三人寄れば文殊の知恵、だね」
「何よそれ、また前の世界の言葉?」
「そうそう、ことわざ。由来とかはよく知らないけど――」
こうして前の世界の話をこの子たちにするのは結構好きなのだ。みんな、興味を持って聞いてくれるので話す側としても心地いい。
そうして言葉の説明を終えた私がコウカとライゼさんの立ち合い稽古の様子を見ていると、隣からシズクが声を掛けてくる。
「ユウヒちゃん、来たのはいいけど何をするの?」
「え?」
「話し掛けに行くの?」
その問い掛けに私は困り果ててしまう。
何故なら、特に何かをしようとは考えていなかったからだ。
強いて言えば、見守ることくらいだろうか。
「……このまま見てるよ。ちょっと強引に連れてきたのに退屈だったらごめんね?」
「別にあたしは本を読んでるからいいよ。ダンゴちゃんも今は退屈そうだけど、アンヤちゃんとどこかに行くみたいだし」
そういえば近くに綺麗な花が咲いている場所があるとか話していたか。ダンゴはアンヤを連れてそこに行くつもりだろうか。
そんなことを考えていると不意にシズクが頭を振った。
「あのね、あたしが言いたいのはそういうことじゃなくて……ユウヒちゃんはただ見ているだけでいいのかなって……」
ただ見ているだけでいいのか、か。
「本当は力になってあげたい。でも……いいんだよ、コウカが1人じゃなければ。全部終わった時にさ、ちゃんと私たちの場所に帰ってきてくれたらいいの」
いや、これはちょっと違うかな。
「振り返れば私たちがいること」
こうでもない。私が本当に言いたいのはそういうことじゃないんだ。
「ずっと私たちがそばにいるってことをコウカに知ってもらえたらそれでいいんだ」
「……そうだね」
そう呟いたシズクの顔を見る。
彼女はどこか納得したような様子だった。
「シズク?」
「あたしにとっても、あの人にとっても本当の居場所はきっとここなんだ」
それからこの子はまだ何かを言おうとして、口を開いたがすぐに閉ざした。
追及しようか悩んだが、シズクがクスっと笑ったのでやめた。
「主様、ちょっとアンヤと出かけてくるね!」
「はーい、気を付けてね」
元気いっぱいなダンゴの声が聞こえてきたので、私は快く送り出した。だが、そうでない者もいる。
「う~アンヤちゃん~……一緒に~お昼寝する約束~……」
「アンヤとは昨日も寝てたじゃん! 今日はボクがアンヤと遊ぶ番だよ! 帰ったらボクが一緒に寝てあげるから!」
「そんなぁ~……ダンゴちゃん~……アンヤちゃん~」
ノドカはダンゴとアンヤの背に向かって手を伸ばすが、ダンゴが止まることはなかった。
アンヤの方は若干、後ろ髪を引かれるのか後ろを気にしていたがダンゴによって連れていかれてしまった。
よよよ、と泣くフリをしたノドカが次に目を付けたのは私とシズク、そしてヒバナだ。
「誰でもいいから~一緒に寝て~……」
目をこすり、悲壮感を滲ませてながらやってきたノドカだったがヒバナによってあしらわれる。
「節操なしなんだから。いつもみたいにぬいぐるみと枕でも抱いていなさいな」
「もちろん~そのつもりですけど~……人肌も~恋しいんです~……」
――あ、そっちも外さないんだ。
でもそれだけで満足できないとなると一緒に寝てあげたいところではあるが、生憎少し前までぐっすりと眠っていた身だ。眠くはない。
……いや、ノドカに抱きしめられるのって気持ちいいからそれでも眠れそうではあるんだけど。
そんなことを考えていると、ヒバナが本日2度目となるため息をついた。
「仕方ないわね、枕代わりにはなってあげる。……ほら、来なさい」
「わ~い」
ヒバナがコウカたちを見下ろせる位置で腰を下ろし、自分の太腿を叩いた。
それに吸い寄せられるように近づいていったノドカだったが、すぐには飛びつかずにこちらへと振り返る。
「お姉さまと~シズクお姉さまも~並んで~」
「わ、私?」
「あ、あたしも?」
2人して戸惑っているとヒバナが口を挟む。
「なに言ってんのよ、さっさと来なさい」
「いや~! 今日は一緒がいい~!」
「まんま眠くてぐずる子供じゃない……」
ヒバナが困っているので私たちは仕方なく言われた通りにヒバナと並んで座ると、ノドカが私たち全員の膝の上に乗り掛かり、丸くなった。
「えぇ、どんな眠り方よ……」
「寝づらくないの、ノドカちゃん?」
呆れた様子のヒバナと純粋に疑問を抱くシズク。
私の心情としてはそのちょうど真ん中といったところだろうか。
「これが~……いい~……すぅ……すぅ……」
「もう寝てる……」
並んで座る他の2人と穏やかな寝息を立てて眠るノドカの顔を見下ろしている中、示し合わせたわけでもなくお互いに顔を合わせて苦笑する。
こんな穏やかな時間をコウカとも過ごせたらいいのにな。
◇◇◇
剣聖杯が終わって、今日で4日目。
つまり、コウカがライゼを誘い、丘の上で試合をしてもらうようになってから数えても4日目である。
己の得物を取り落とし、切っ先を突き付けられた状態で悔しそうにするコウカに対して、ライゼが嘆息する。
「こんなことをいつまで続ける気だい」
「わたしが強くなるまでです。いつでも付き合うといったのはライゼですよ」
「ライゼ“さん”。せめてそう呼べと何度言わせる気さね。アンタには年長者を敬う気がないのかい?」
その言葉にコウカは膝を突いたまま、顔ごと視線を横に逸らす。
「何も教えないと言ったのはライゼです。ですからその言葉を聞く必要はありませんよね」
「……口だけは減らない小娘だよ。まったく、生意気ったらありゃしない」
ライゼがため息を深くする。
剣で全く敵わない悔しさからせめて言葉で勝とうとしたコウカだったが、結局胸のうちに燻る悔しさと焦燥感は消えなかったようでどこかぼんやりとした様子だった。
「話を戻すよ。この4日でアンタは何か変わったかい? 何も変わらないだろう。答えも見つかっちゃいない」
「……わたしの問題は剣が鈍いという話ですか」
「正確には剣を鈍らせている心の迷いと集中すると極端に視野が狭くなることが問題さ。そうなると反射に頼りがちになって動きも単調になるね」
「……意味がわかりません。もっとわかりやすい言葉で話してください」
その言葉にライゼはずっこけそうになる。そして信じられないものを見る目でコウカを見た。
「嘘だろう。アンタ、意味が分かってなかったのかい!? でもあの時はあんなに神妙な顔で――」
「よく分からない時には“ふむ”や“なるほど”と言って頷いておけば大抵、上手くいきました」
「そんな処世術はさっさと捨てな!」
ライゼは頭を抱えた。目の前の娘には剣ではなく言葉の勉強が必要なのではないかと本気で思い悩む。
「……どこが分からないんだい」
「心の迷いとはどういう状態ですか。視野が狭くなるとはどういう状態ですか。反射に頼るというのはどういう状態ですか。それでどうして動きが単調……になるんですか?」
「ほとんどじゃないかい! ……はぁ、まずは体の仕組みから勉強かい?」
それからライゼはコウカに言葉の意味を教えつつ人間が持つ認知のプロセスやその時に何がどう作用するかなどを教え込んだ。
「ふむ、視野が狭くなるというのは周りへの注意力が足りなくなる……それから人間は認知のためにあらゆる神経を利用していると……なるほど……」
「その“ふむ”と“なるほど”は理解していない時のじゃないだろうね」
「なっ、そんなわけありません。ちゃんと理解はしました」
「脳への吸収力はいいんだけどねぇ……覚える機会がなかっただけかい」
ウンウンと体をうねらせながらも理解はしたというコウカにライゼは感心する。
少し面白くなってきたとライゼはあることを問い掛けた。
「凄まじい速さで移動できるのはアンタの最大の武器。その高速移動中の話さ。アンタの目に周りの景色はどう映っている。ちゃんと状況は掴めるかい? 普通に戦っている時と比べてどうだい」
「……ほとんど見えていません。何かが起こっても気付くのが遅れます」
「だろうね。それでも少しは見えているのが驚きさ。これはアンタが――いや、この話はよそうか」
口を噤んだライゼにコウカは疑問を感じたが、ライゼ自身がすぐに取り繕うように先ほどの話を続け出したのでその疑問を振り払った。
「見えていないのはアンタの動体視力……いや、目と頭がその速さに追い付いていけなくて反応できなくなるのさ」
「なる、ほど……」
理解できているのか微妙なラインだったが、ライゼは話を続ける。
「あの無謀な突撃技なんて、アンタの高速移動が霞む速度さね。アンタの能力なら本当はもっと速度を上げることもできそうなものだけど、認知範囲を超えるから無意識にリミッターを掛けているのかもしれないねぇ……」
「リミッター、ですか……?」
そこでライゼはハッとする。
「……ちょっと待ちな。話がどんどん逸れていってるよ」
彼女は本来の話題。心の迷いや視野が狭くなるといった話まで遡ることにした。
「心の迷いというのは説明を聞いてもよくわかりません」
「悩みというのは誰にでもある。それを自覚して上手く折り合いをつけられたら問題はないよ。でもアンタの場合はそもそも自分の心にまっすぐ向き合えていないのさ。そのせいで吹っ切れることすらできやしない」
「なおさらわかりません……」
ライゼは困惑した表情のコウカを立ち上がらせ、剣を構えさせる。
そして自分も2本の曲刀を構えた。
「少し体を動かしたくなった。続きはその最中で構わないね」
「……望むところです」
顔つきが戦いのものへと変わった両者は再び剣をぶつけ合う。
「――鈍いねぇ! アンタの剣はいつも迷っている!」
「どこが!」
意識して速く、そして強く打ち込んだコウカであったがそれも容易く打ち払われる。
「小手先でどうにかすることじゃないと何度言わせる気だい!」
そのまま返す刀での反撃をもらいそうになったコウカは地面を強く蹴り、飛び退いた。
「何度でも聞くよ。アンタが強くなりたいとアタイに教えを乞うたのは何故だい? 何を想って剣を振るう?」
「それこそ何度でも言っているでしょう。わたしはマスターの敵を倒して――」
「ああ、そうさ。何度も聞いた。アンタはあの娘のために、あの娘を守るために剣を振るっていると」
両者はそれぞれの得物を構えたまま向き合う。
「その想いはどこから来たんだい。何がアンタをそう思わせている?」
「えっ?」
「心と向き合うというのはそういうことさね。まずはアンタをアンタたらしめている根源をしっかりと思い出し、見つめ直すことからさ」
その言葉を契機にコウカが記憶の海へと沈んでいく。
先日の剣聖杯決勝と違い、ライゼもそんな彼女を攻撃するような真似はしない。ただ、ジッとコウカを見つめて彼女が答えを出すのを待っている。
(そうだ……わたしがマスターを守りたいのは……あの時、立てた誓いは……泣いているあの子がもう悲しくて泣いてしまわないようにと。でも、どうしてそう思ったんだろう……)
コウカはより深く、記憶の底へと潜り、思考を巡らせていく。
(意味を与えてくれたあの子が――マスターがかけがえのないほど大切な人になっていた)
だが、そこでコウカは先日のユウヒの言葉を思い出してもう一度、この答えを見直した。
そして遂に彼女の心の一端に触れると同時に1つの確信を得た。
(……違う、答えはもっと簡単な想いだ。わたしはマスターのことが大好きなんだ)
俯かせていた顔を上げ、コウカはライゼの目をまっすぐ見つめる。
それに対して、ライゼは眉を上げるが――それだけだ。
「ふん、少しはマシな顔になった。でもまだ足りてないね」
「えっ?」
「アンタのそれはまだ答えを見つけ切れていない目さ。言ったろう、すぐ視野が狭くなるとね。アンタはもっと周りにも目を向けるべきなのさ」
「周り……」
そう言われたコウカは控えめに目線を動かすが、何も見えない。
そんなコウカにライゼはヒントを与えることにした。
「今日も観に来ているじゃないか。健気なものだねぇ」
その言葉に目を瞬かせていたコウカであったが不意に何かに気付いたのか勢いよく振り返る。そして目を見開いた。
「ぁ……ぁあ……」
そこにいたのは自分を見守る6人の少女。大切で……かけがえのない存在。
(家族……そうだ、わたしが立てた誓いの本質……本当の想い……それはきっと……)
刹那、コウカの体が眩い閃光に包まれる。
やがて光が収まった時、そこにいたのは今までのコウカではなかった。
進化を果たし、一回り成長した少女はその淡い瞳に力強い意志を宿して視線を相対する相手へと向けると、上段に構えを取った。
そして手にする得物も曇りなき輝きを放つようになった一振りの剣――霊器“ライングランツ”だ。
「……行きます、ライゼ!」
瞠目していた彼女もその宣言でコウカの攻撃に備える。
だが光が瞬いたと思った次の瞬間、ライゼの視界に映っていたのは目の前で剣を振り下ろすコウカの姿だった。
「ぐっ……つぁっ……!」
いつものように受け流そうと咄嗟に動いたライゼであったが、完全には受け流しきれずにその衝撃を受けてしまう。
どうにか曲刀を取り落とさずには済んだものの、得物から伝わってきたダメージで地面に膝を突いてしまった。
それに驚いていたのは剣を振り下ろした当人であるコウカだ。
「あ、アンタの迷いなき一撃は老いぼれにはちと重すぎたよ……」
彼女は何度も大きくなった自分の手を見つめ、開いたり閉じたりとを繰り返しているがやはり信じられなかった。
その心情をライゼは看破する。
「そんなに不思議かい?」
その言葉にコウカは顔を上げた。
「アタイは既に引退した身だよ。もう目的も何もない、剣にしがみついているだけのアタイをアンタの強い想いが超えていった。ただそれだけのことさね」
どこか清々しさすらも感じられる表情を浮かべるライゼはコウカの目を見つめて、さらに言葉を重ねる。
「強くてまっすぐな想いは時に無の心すら凌駕するものさ。最初からアタイに教えを乞う必要なんてアンタにはなかった。現にアンタは自分で答えを見つけただろう? 今みたいにアンタが自分の心とまっすぐ向き合い続けている限り、アンタはどこまでも強くなれるよ」
自分の助けなどいらなかったというライゼの言葉にコウカは否定の言葉を返そうとする。
今、何のしがらみもなくなったコウカにはライゼの優しさが、何度も答えを出すために自分にヒントを与えてくれていたことが理解できていたからだ。
――でも、だからこそ敢えてその言葉はグッと飲み込んだ。
「ありがとうございました、ライゼ」
返すのはこの言葉だけでいい。
コウカは自分の想いをこの一言に乗せて、ライゼへと贈った。
それに対して、ライゼは首の後ろを手で擦る。
「よしとくれよ。アンタに畏まられると、むず痒くて仕方がない。いつものようにもっと太々しくしておきな」
そんないつもとは逆のことを口にする彼女に苦笑を向けるコウカだったが、その視線に耐えきれなくなったのかライゼが再度口を開く。
「……さあ、早く行きな。アンタがいるべきはここじゃないだろう」
シッシッと追い払うような仕草をするライゼにコウカは一礼すると振り返り、駆け出した。
◇
私たちの前にはコウカが立っている。私が知っているコウカとはいくつか違う点が見受けられるが、何よりも違うのはその表情だ。
コウカはこんなにも晴れやかな笑みを向けてくる子だっただろうか。
「ただいま戻りました、マスター……みんなも」
「……ふん、よくそんな顔で戻って来られたわね」
「それは……なんて言ったらいいか……」
コウカが申し訳なさそうに悲痛さを前面に出す。
さっきは笑顔だったというのに表情がコロコロと変わる。仏頂面が多かった以前のコウカでは考えられなかったことだ。
――いや、これだ。これが本来のコウカだったはずなのだ。
そんな彼女にダンゴが怖気づく様子もなく近寄っていく。
「コウカ姉様、進化したんだよね! おめでとう!」
「今日は~お祝いですね~」
駆け寄ってきたダンゴの肩を抱くコウカ。その後ろではノドカが小さく拍手していた。
続いて、アンヤまでもがコウカの近くへと寄る。
「……おめでとう」
「ありがとう、アンヤ」
「……あとは、アンヤだけ」
「大丈夫ですよ、きっとアンヤだって進化できます」
そんなやり取りをするうちに私もすかさずコウカの元へと向かった。
「大きくなったね、コウカ」
「マスター……はい、何だか不思議な気持ちになりますね」
コウカの言うように少し前まで見上げられていたというのに、今は私がコウカを軽く見上げている。
とは言っても、ほんの数センチの差だとは思うんだけど……やっぱり不思議だ。
「あの……みんな」
成長したコウカに見とれていると彼女は一歩下がり、私たちの方に向けてバッと勢いよく頭を下げた。
「今まで、ごめんなさい!」
驚いた。まさかコウカが私やみんなにこうして謝ってくるなんて。
「たくさん迷惑を掛けました。わたし……何も見えていなかった。気付いていなかったんです。みんなの気持ちも……自分の想いさえも。それに気付いた今ならもう迷わずに言い切ることができる」
そこでコウカは姿勢を正して私たちを見渡した。
「大好きです。ダンゴ、ノドカ……ヒバナ、シズク……アンヤ、そしてマスターも……もうずっと前からわたしの中ではかけがえのない存在になっていた。みんな、わたしにとって大切な家族なんです」
「ぁ……」
こんなにうれしくて、いいのだろうか。
本当にコウカはそう思ってくれているというのだろうか。
――ああ、私は幸せ者だ。
◇
少し落ち着いて、まずはコウカの着ている服の問題となった。
見たところ身長が10センチ以上伸び、それに伴って様々な箇所が成長しているのでこれまでの服は着られそうにない。
買い替えればいいのだが、今日だけは一番体格の近い私の私服を着てもらっている。
その際、胸周りの生地を引っ張って胸を頻りに気にする行為には謎の敗北感を覚えたが、私は一番の大人なので気にしないのだ。
そういうわけで目先の問題が解決すると、今度は食事となった。
今日は食卓の上に色とりどりの料理が並ぶ。
「なんというか……多いですね」
「豪勢って言いなさいよ。この後、ケーキもあるんだからね」
「はぁ……」
その煮え切らない反応に私は内心、やっぱり気付いていなかったかと苦笑いを浮かべる。
コウカと喧嘩していたヒバナでさえも気付いていたというのに。
「今日はね、コウカの誕生日なんだよ」
「えっ」
この子たちが私の誕生日を祝ってくれた日にみんなの誕生日は私と出会った日ということに決まった。
コウカにとってそれが今日で、つまり私がこの世界に来てから1年が経ったということも意味する。
まさか今日、丁度この日に進化するなんて思ってもみなかったが。
「お誕生日おめでとう、コウカ。ねえ、何かしてほしいこととかある? やりたいことでもいいよ」
実はちゃんとしたプレゼントは用意していない。その代わりというわけではないが、できる限り望みを叶えてあげたいと思う。
そうしてコウカは悩んだ末にある望みを口にした。
「新しい誓いを立てさせてください」
そんなコウカの顔を間近で見つめていたヒバナが顔を顰める。
「……また誓いなの? あなたの誓いは正直アテにならないんだけど」
「だから、こうしてちゃんとみんなの前でありのままの気持ちを宣言するんです。道を見失ってしまった時に正してもらえるように……みんなに聞き届けてほしいんです」
「結局、私たち頼りなわけ?」
誓いか。
前の誓いはこの子の心の中に秘められた誓い。でも今度はきっとそうじゃない。
「頼りにさせてもらえませんか? ……もう手遅れですか?」
「……やるなら勝手にすれば? 聞くくらいはしておいてあげてもいいわ」
それはコウカが求めていたことと何か違いがあるのか、なんて野暮なことは口にしない。
みんながコウカの望みを叶えるためにその周りへと集まっていく。
「シズク、行こ?」
「……うん」
ただ一人、動いていなかったシズクへと私は手を差し伸べた。
まだいろいろと複雑な想いを抱いていそうなシズクだが、仕方のないことではあると思う。
別に今はそれでもいい。でも仲間外れにしていいわけでもない。
全員が集まってくれたことに笑顔を浮かべたコウカが、感謝の言葉を口にして剣を掲げる。
「誓いをここに。わたしは大切な者たちを守り、あなたたちみんなと共に歩む未来を切り開くために剣を振るうことを、この剣と家族たちに誓います」
荘厳な儀式でも何でもなく、終始どこか和やかな雰囲気の中での誓いだ。でも、私たちにはきっとこれくらいが丁度いい。
「うーん……それだとコウカ姉様を守る人がいないよね。だったらボクが誓いを立ててコウカ姉様のことも守ってあげるよ!」
「あ~! なら~わたくしも~!」
一気に騒がしくなり、もう何の誓いだったのか分からなくなっていく。
キョトンとしていたコウカもクスクスと肩を震わせる。
「よーし、じゃあ私も!」
これに参加しない手立てはなかった。
かつては守るなんて決して口にはできなかった。今でも私だけの力じゃみんなを守り抜くことはできない。私はみんなの力を借りることでしか戦えない。
だとしても、私もみんなと一緒に戦うんだ。
――ねぇ、私たちはきっと家族になれたよね……?