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ベシャッ、と何か多量のものが飛び散る音に、ガタンっと響く机の上に金属製のものが倒れる音。それと同時に俺の足に感じたのは、酷く痛く感じる熱だった。
「大丈夫ですかお客様! 」
その音を聞きつけてか1人の店員さんが俺の横へと駆けつけ、タオルを持って俺のズボンを拭う。
俺は頼んでいたコーヒーを溢してしまい、一滴も飲んでいないのに、カップには一滴たりともコーヒーは残ってはいなかった。それでいて、溢してしまうなどの迷惑な行為を行なってしまった。
少し考えてから冷静になり、俺も急いで溢してしまったコーヒーを持っているハンカチで拭い始めた。そんな俺に店員さんは困惑しながらも「拭かなくていい」と言っていたが、これは俺の責任ですからと説得して一緒に後始末をした。周りの視線が痛かったが、朝方なのもあってか人が少なかったため、それが不幸中の幸いだった。これで他の人に迷惑をかけていたら大事になっていただろう。そう考えるだけで背筋に汗が伝う。
「お客様、お怪我は?」
後始末の終わった頃に、同じ店員さんが俺の容態の安否を確認するように顔を覗き込んで聞いてきたため、俺は大丈夫ですの一言を返してからコーヒーをもう一杯もらった。
もういっそのことここを退けるべきだろうが、俺にはまだやらなきゃならないことがある。早めに『羅生門』の制作を行わなければならない。でなければ、リスナーたちが───
「あ」
ふと、動悸する。 心臓を落ち着かせるため、深呼吸を数回して作業を再開した。今度こそはと集中をして作業を進めたが、なかなかいい感じに進められた。───いや、今のは自画自賛すぎるか。2時間ほどカフェにいて進められたのはどう伏線を張るかを大まかに決められただけだ。
物語を作るのが好きだからと言って、苦手な作業だってある。もちろん嫌いな作業はない。どれもこれも楽しい作業であり、胸が躍る。それでも、たくさんのルートを作ることは苦手だ。相手がどう返すかを考えながらいくつものルートを考えるのは、酷く難しい。
ブーッ
ふと、机の上に置いてあるスマホから響き渡る振動と通知音。作業の手を一旦止め、右手にスマホを持ち通知の内容を見る。
どうやら某チャットアプリからの通知のようで、ぺいんとから連絡が来ていた。
「…あれ?」
微かに口から出た小さな声は周りの人には聞こえていないようで、少し安堵をした。けれど、それと同時に困惑の感情も頭の中をぐるぐると回っている。理由としては単純だが、メールがグループチャットに送られたのではなく、個人チャットに送られたからだ。
いや、まぁ彼のことだ。よくあることだけれど…それにしては何というか…真面目な雰囲気を醸し出していた。
『今日の夜、8時頃に話せる?あ、もちろん電話でも直接でもいいよ。』
ぺいんとからはあまり考えられない文面だと、そう思ってしまった。いつもならば、『ゲームしよ』という単調な言葉であるくせ、今日は一癖加わっている。何だか、少しかしこまっている感じだ。
疑問に思いながらも、返信を一文字一文字ミスをしないように打つ。クラッと視界が揺れる中、文字はハッキリ見えていたのでそのまま送信ボタンを押した。
『どうせ夜ご飯食べないでしょ?奢るから時間になったら迎えにいくよ。』
『バレたか。あざす。』
脳内再生が余裕なほどのいつもの返事に、俺は少し安堵する。
…あー、痛っ。
スマホを見続けていたせいだろうか。ほんの少しだけだが目の奥に響く痛みがある。スマホをカバンの中へと押し込むように入れ、そのほかの荷物もカバンに詰め込む。そうして店員さんに会釈をしながらカフェを出た。
「……ちょっと、公園にでも行こうかな。」
ほんの少し暖かく、湿気の多い外気に頭を抑えながらも公園へと足を進めた。酷く寒いが、日が当たれば少し暑いと思うほどの暖かな太陽が街全体を照らしていた。
ある人はマフラーを、ある人は手袋を、ある人はコートを、ある人は暖かなコーヒーを…。行き交う人全員が俺の横を通り過ぎるたびに独特の匂い、微かな風をそこに置いていき、それは徐々に消えていく。日々変化しているそれらは、目に見えることはできないがその他で捉えることができているのだ。不思議で、当たり前であるこの現象に人々は皆知らぬふりをする。
この変化を体に覚えてしまうほどここまで気にしているのは、俺自身が変化しているからだとそこに突きつけられているような感じだ。
「…さむっ。」
まるで誤魔化すかのようにそこに吐かれたのは、言葉と白く染まった吐息のみだった。 異常な寒さを前にして、足が少し震える。昔の自分ならば、寒さなんてへっちゃらだったろう。今がそうではないのは、俺自身が大人になってしまったことと、地球が冷たくなってしまったせいだ。