コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
それから一週間。
いろいろなことが変わった。
まず、国王が退位することになった。
さらに後継者は直系の王子ではなく、傍系の王族が新たな国王となるという。
アルファルドが国王──自分の父親の元を訪れて、その約束を取りつけたらしい。
どうやってそんなことを約束したのか、エステルは教えてもらえなかったが、アルファルドが「良心が戻っても、情が湧かないこともあるんだな」と言うのを聞いて、なんとなく察した。
現国王と王妃、アルファルド以外の王子たちは、王都から離れた土地で余生を送ることになるそうだ。
退位の理由はいろいろあるが、表向きのものとしては、古の伝承を捻じ曲げた罪ということらしい。
「古の伝承?」と尋ねるエステルに、アルファルドが自分も最近知ったのだがと前置きをしつつ教えてくれた。
昔、神殿に神からのお告げがあった。
──数百年後、最も強い力を持つ聖女が現れる。
また、王家には最も優れた王子が誕生するだろう。
その者は、聖女を護る聖騎士である。
短い神託だが、ここに出てくる「最も強い力を持つ聖女」がエステルで、「聖女を護る聖騎士」がアルファルドのことなのだという。
つまり、王家はこの神託に逆らい、聖騎士として神から遣わされたアルファルドを聖女のためではなく私欲のために利用した罪で退位を迫られたのだった。
実際は古すぎてほとんど忘れ去られていた神託だったが、リゲル大神官が覚えており、この神託を持ち出して告発してくれた。
神殿の者たちをはじめ、ほとんどの人々は半信半疑だったというが、リゲル大神官があの夜目の当たりにしたエステルの力を語り、アルファルドがその魔力の高さを見せつけたことで、みな納得したらしい。
また、レグルスの命で王都の神殿から追放されていたハダル神官も、再び戻ってくることになったようだ。
◇◇◇
「そういえば、レグルス様はどうなったのですか?」
本棚にしまってあった『冬の国の王子と春の国の姫君』の絵本が目に入って、エステルはふと彼のことを尋ねてみた。
レグルスが、自身とエステルを投影して妄執に取り憑かれてしまった絵本。
この絵本を見ると、アルファルドとミラと一緒に人形劇をした思い出のほかに、どうしてもレグルスのことも思い出してしまう。
ソファで隣に座っていたアルファルドが少し間を置いてから答える。
「レグルスは……ずっとあの塔にいる」
「えっ?」
てっきり別の場所に移されたのだと思っていたエステルは、アルファルドの返答に少し驚いた。
アルファルドはどう説明するか迷ったようだったが、結局ありのままを伝えてくれた。
「奴の心が魔石に封じられたあと、一応元には戻してやったんだ。しかし、何かが壊れたかのように無気力になってしまった。塔から離れたがらず、毎日あの絵本を抱きかかえて君の名を呼び続けているそうだ」
「そうですか……。あ、でも、もしかしたら──」
エステルが何かを言いかけてやめた。
「どうした?」
「いえ……。わたしの聖女の力で、もしかしたらレグルス様の心を元に戻せるのではと思ったのですが、やっぱり何もしないほうがいいかなって……」
心の清らかな聖女であれば、どんな相手でも癒してあげたいと思うのかもしれない。
しかし、エステルにはそうは思えなかった。
心を元に戻したところで、歪んだ性根が真っ直ぐになるわけではない。
できるならもう二度と、あの恐ろしい王子と関わりたくはなかった。
「聖女なのに選り好みするなんて、心が狭いかもしれませんが……」
少し反省して目を伏せると、アルファルドがエステルの頭を優しく撫でた。
「エステルの心が狭いわけがない。また関わりたくないのは当然だし、奴の自業自得だ。何もしないのが一番いい」
「ありがとうございます……」
エステルがアルファルドの肩に頭をのせる。
アルファルドは少し緊張したように肩をこわばらせたあと、エステルの肩をそっと抱き寄せた。
「……そういえば、法律が改正されることになった」
「法律?」
突然なんの話だろうとエステルが首を傾げる。
「例の婚姻に関する法律だ。聖女は王族と結婚しなければならないという……。くだらないからやめるように言ったら、改正されることになった」
「アルファルド様、そんなことまで……」
「あの法律のせいで、君は大変な目に遭っただろう? あんな悪法、早くなくすべきだったんだ」
自分のためにそこまで考えてくれたのかと思うと、たまらなく嬉しい。
「ありがとうございます。では、わたしは王族ではない人と結婚できるようになるということですね」
「……いや、だめだ」
「えっ?」
アルファルドの突然の手のひら返しに、エステルが困惑する。
「どういうことですか? わたしだけ対象外という……?」
訳が分からないという風に眉を寄せると、アルファルドが顔を赤くして呟いた。
「……君には、私と結婚してほしいからだ」
「!!!」
アルファルドからの驚きの言葉に、エステルは一瞬で真っ赤になり、口を押さえたまま固まってしまう。
アルファルドはそんなエステルを見て微笑むと、ポケットから何かを取り出した。
「あ……あのネックレス……」
それは、三人で町に出かけたときに、アルファルドとミラが露店で買ってエステルにプレゼントしてくれたネックレスだった。
レグルスに奪われたまま取り返すことができていなかったが、アルファルドが見つけて回収してくれたらしい。
アルファルドは、そのネックレスを捧げて、エステルに語りかけた。
「──エステル、私を照らす星。君がいないと、私は自分を見失ってしまうだろう。君がいないと生きていけないんだ。だから、どうかこれから先も、この場所で、私を照らし続けてほしい」
「アルファルド様……」
彼の想いの詰まった言葉が嬉しくて、エステルの胸がいっぱいになる。
「……はい、もちろんです。わたしもずっと、あなたのそばにいたいです」
「本当に? 私でいいのか……?」
自分から求婚しておいて、急に自信なさげになるアルファルドに、エステルがくすりと笑う。
「いいに決まってます。だって、数百年前からアルファルド様はわたしを護る聖騎士だって決まっていたのでしょう? わたしたちはきっと運命だったんですよ」
「私は聖騎士ではなくて闇魔法使いだが……」
「わたしは畑も耕せる闇魔法使いのアルファルド様が好きなんです。聖騎士じゃなくても何の問題もありません」
エステルが堂々と言い切ると、アルファルドが安心したように笑った。
「エステル、君のことが本当に好きだ」
そう言って、優しい手つきでエステルの首にネックレスをかける。
「愛している、エステル」
「わたしも愛しています、アルファルド様」
アルファルドの整った顔が、熱のこもった紫色の瞳が近づいてくる。
エステルが目を閉じると、その一秒後、唇に温かなものが触れるのを感じた。
その柔らかな感触は、しばらくエステルの唇を優しく塞いだあと、ゆっくりと離れていく。
エステルが瞼を開けると、愛おしむようにこちらを見つめるアルファルドと目が合った。
「エステル。今までの人生で、今が一番幸せだ」
「わたしもです。でも、これからもっと幸せになるんですよ」
「そうか……そうだな」
「はい」
できたらいつか、アルファルドに──ミラにそっくりな可愛い男の子をこの腕に抱きしめられたら……。
そんな未来を思い描きながら、エステルは愛しい人に笑いかけた。