コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
Side 赤
大丈夫ですか、と突然すぐ前から声が聞こえて、はっと顔を上げる。
心配そうに眉をひそめたスーツの男性がいた。
「え、あ…すいません」
大丈夫です、ととっさにつぶやく。迷惑かけてるかも、と思って急激に心拍数が高くなった。
「よかったら次の駅で降りましょう」
うつむいてしまった俺は、驚いてまた視線を彼に戻す。
そのとき気づいた。この人は、俺とお揃いの「キーホルダー」をつけている。
絶対わかってくれる。
そんな確信が首をもたげた。だから、俺は静かにうなずいた。助けてほしかった。この人なら、助けてくれると思った。
「これ、見てもいいですか?」
そう指さされたのは、俺のヘルプマーク。そこにはもちろん俺の病気と、倒れたときなんかの対処法が書かれている。
俺はうなずく。わずかに呆気に取られながらも、安心はしていた。
「ああ…。僕はこれです」
そして彼のものを見せてくれた。綺麗な字で書かれたメモ欄には、「呼吸器機能障害」とある。
俺とはたった3文字違い。
「似てますね」と彼は微笑んだ。その微笑があまりにも優しくて、夢じゃないかと思ってしまった。
やがて次の駅に着くというアナウンスが流れる。
電車が止まってドアが開くと、彼は先に降りる。
ホームのベンチに並んで座った。
「お水飲みますか」
差し出された水のペットボトル。ありがたいけど、ちょっと申し訳ない。
「いや、あります」
タンブラーの水を飲み、息をつく。
「…ほんとすいません、お仕事ですよね。時間、大丈夫ですか」
大丈夫です、と笑ってくれた。「なんか、余計なお世話かもしれませんけど放っておけなくて」
「いや、助かりました。薬…忘れちゃったみたいで。初めての出張なんでバタバタしちゃって」
「そうですか」
彼は明るく返した。「雨の日って、苦しいですよね」
明るい薄い笑みのままで言うから、俺は彼を見やる。その横顔には寂しさも浮かんでいた。
「雨の日になると、決まって息が苦しくなるんです。ああ、空が泣いてるって思って。俺まで感情移入しちゃうっていうか」
わかります、とつぶやいた。
「街のみんなが傘さして、暗い顔して歩いてる。そういうのって、すごい心が痛くなる」
彼が俺を振り向いた。
「…こうやって共感してくれる人がいるの、初めてかも」
「俺もです」
と笑った。
「…あ、次の電車、何時ですかね」
俺は立ち上がって時刻表をのぞきこむ。「あと5分…」
「出張、間に合いそうですか?」
たぶん、と答える。「念のために1本早く乗ったんで」
少し雨脚が強くなってきた。頭上の屋根に降ってきてぶつかる音で、周りの喧噪が聞こえなくなった。
「けっこう降ってきましたね」
彼が言った。
「そうですね…。でも夕方には止むらしいですよ」
「そうなんですか。ならよかった」
そして、ぽつりと声をこぼした。
「……こんなふうに、街の人が声をかけてくれるのって初めてで、ちょっとびっくりしてるんですけど、でも何倍も嬉しいです。ちゃんと俺を見てくれてる人がいるって」
彼もまた、心底嬉しそうににこりと笑った。
「一緒ですよ。職場の人は『大丈夫?』とかよく訊いてきてくれるんですけど、正直そうじゃないっていうか。普通の人に心配されたら、自分の立場が低いみたいに思っちゃって。だから、同じような方が苦しんでるのを見たら、俺が手助けできるかもって思ったんです」
さっきまで痛みの走っていた胸は、その言葉でもうすっかり温かくなった。
なぜだか泣きそうになってきて、俺はこらえようと上を向いた。