「私に?」
「はい。エトワール様が出席すると聞いたので、この間のお礼もかねて」
「あ、ああ……」
この間と言えば、本当に数日前のブリリアント家での騒動の事だろう。ドラゴンの暴走をブライトとブリリアント卿のものと私とで止めたあの日のこと。
しかし、あの時目一杯感謝されたし、ドラゴンを鎮圧できたのはブライトの力があってこそだった。だから私はただその手伝いをしただけで、そもそもに私が来なければあんなことにならなかったのではないかとすら未だに思っている。
ブライトは私に絶えず優しい笑みを向けてくれていた。
彼がたまたま通りかかって、先ほどの貴族達を追っ払ってくれたことはありがたいし、あのまま言い合いになって注目でもされたらまた偽物聖女が騒動を起こしたとか噂になっただろう。ブライトは、初めこそ聖女だと疑っていたが、今では私を一人の弟子として聖女の一人としてみてくれている。それでも、やっぱり伝説上の聖女と同じ容姿のトワイライトのことも大切に思っているだろうし、表むきは彼女を支援しているのだろう。平等に扱ってくれているかは分からない。
そんなことを思いながら、私は彼が先ほど口にした言葉について言及した。
「そういえば、ブライトさっき、私のこと友人って言ってたけど……」
私が尋ねれば、ブライトは首を傾げた。そんなこと言いましたっけ的なものではなく、何故それを聞くのだろうかと言った感じの表情で、私もつられて首を傾げた。
すると、ブライトは口を開いた。
「僕は、エトワール様と……エトワール様と僕の関係は友人だと思っていたんですが」
と、何故か疑問で返される形になってしまい、私は益々混乱した。
彼が、私に対して一度もその言葉を使ってこなかった為に馴染みがないというか、ピンとこないだけなのだろうが、そもそも友人の定義とは? とそこから考えることになってしまう。私は、友人がこの方蛍しかいなかったし、彼女は友人の中でも最高位の親友という位置だし。私は友人がいなかったので、そう言われてどう反応すれば良いか分からなかった。友人とは何なのか、どこからが友人なのか、何をすれば友人と定義されるのか、頭が痛くなるぐらいだった。
そんな私をよそに、ブライトは違いましたか? とさらに言葉を付け加えた。彼が言っているのならそうなのかも知れないが、私は納得していない。
「友人……私その言葉、ブライトから初めて聞いて……てっきり、私達って魔法の師匠と弟子、師弟関係だと思っていたから」
そう私が答えれば、ブライトはまた目を丸くした。そして、すぐに困ったように笑っていた。
ブライトはしばらく何かを考えていたが、やがて私に視線を戻してこう言った。
「そうですね。確かに、そう言えるかも知れません。しかし、元々エトワール様は僕よりも遥かに多い魔力を持っていたわけですし、その使い方を一時的に教えただけなので。今ではすっかり、僕を抜いてしまわれましたし」
「でも、私にとってブライトはその、魔法の師匠で」
そこまで言って、私は口を閉じた。どうにも噛み合わないような気がしたからだ、このまま続けても。
ブライトも師弟関係という認識はあったみたいだが、それ以上に私に対して何かしらの感情があるのかは分からないが、彼の中で私は友人という位置づけらしい。何だか、ブライトを見ていると私と似ているようなところがあって、本当の友人はいないのでは? とすら思ってしまった。申し訳ないけれど。
それにしても、友人ってなんだろう。私にはよくわからない。
ブライトはそんな私を見ていた。彼のアメジスト色の瞳に見つめられるとなんだか落ち着かない。私がその瞳から逃げるように顔を逸らすと、彼は小さく笑った。
「エトワール様は相変わらずですね」
「何が?」
「いえ、何でもありません。ただ、エトワール様は僕の大切な人に変わりはないということだけは知っておいてください。エトワール様が僕との関係を師弟関係であると言うのであれば、それを僕がどうこう言う権利もありませんし、そう思ってもらって結構です。しかし、僕は師匠が弟子に向ける感情とはまた違うものを持っています」
「えっと……うん」
ブライトの言葉の意味がよくわからなかったが、取り敢えず返事をする。
師匠が弟子に向ける感情とは違うものとは、と頭の中で考えるが良い答えは出てこなかった。だから、私は考えることを後回しにしてブライトを見た。元から、人形のように綺麗な人だったけど、こうしてパーティー用の服で着飾っていると更に美しい。さすがは、攻略キャラだと思った。キャラデザは、わりと好きな方だったし、リースが格好いいクール系であるなら、美人綺麗枠はブライトだろう。そんな風に眺めていると、ブライトはふわりと笑って口を開いた。
「ところで、エトワール様はダンスの経験は?」
「ない……です。あ、でも練習したから! 多分、ある程度は踊れると思う」
「そうですか」
と、ブライトは微笑んだ。
しかし、彼が何故そんなことを聞いたのか理解できなかった。もしかして、イベントなのではないかと思ったがいつも出てくるウィンドウが現われないところを見ると、どうやらそうではないらしい。ダンスを踊るイベントはヒロインストーリーにはいくつかあって、攻略キャラの中から一人選んで踊るというものだったが、エトワールストーリーではないのかも知れない。そもそも、これがトワイライトのメインイベントであるから、エトワールには用意されていないのだろう。
そこで、リュシオルがダンスを踊る順番、何曲目に踊るかによって意味が違うとか何とか言っていたことを思い出した。貴族の文化というものは未だよく分かっていないけれど、取り敢えずは、リースと踊ることを前提に考えたとして、他の人と踊るのはやめておこうと思った。一応リースの誕生日でもあるし、遥輝の誕生日でもあるから。そんな日に、他の人と踊っているところを見られれば、彼はきっと怒ってしまうだろう。これもまた、可笑しな話にはなるけれど、別れた相手に嫉妬されるとはまた変な話なのである。そこまで、気を配る必要があるのかと言われれば、必要ないと答えても良いのだけれど……
私はちらりとブライトを見ながら、彼が聞いてきた理由を探ることにした。
「ブライトは、誰かと踊るの?」
「いえ。誘われてはいるのですが……」
「そうだよね! ブライト格好いいから、ご令嬢達が放って置くわけないもん! そりゃ、踊りたいって思うんじゃない?ね、ブライトはいい人見つかった?気になる人とか」
「いいえ、特には」
と、さすがに詰め寄りすぎたか、ブライトはまた困ったような笑みを浮べながらやんわりと私の言葉を受け流していた。
攻略キャラ達は全員モテているだろうなとは思っていたけれど、本人の口から聞くと現実味が増すと思った。そりゃ、攻略キャラは理想の男性像みたいな感じだからモテても何の不思議もないし、好かれる要素がなければそもそも攻略キャラとして上がらないだろう。容姿だけでも目を引くというか、完璧であるから、そこら辺の名の知らない令嬢達の心を奪ってしまうことは容易いはずだ。
確かに、攻略キャラ達はヒロインに攻略されるために存在する為、他の人と結ばれる事なんてまずないだろうとは思っていたけれど、それでも、必ずしもヒロインを好きになるとは限らないことが最近分かってきたし、そうなった場合、他の人を好きになる可能性もあるのでは? と思い始めた。だから、ブライトにだって好きな人がいても可笑しくないと思ったのだが。
そうして、ふと私はまた思い出したようにブライトに尋ねる。
「そういえば、星流祭、あの時一緒にまわりたい人がいて誘おうか迷っていたって言ってたじゃん。それってどうなったの?」
私がそう尋ねれば、ブライトは少しだけ眉を寄せていた。
それは、何か言いたくないようなことがあった時の表情だ。私がその表情を見つめていると、彼はゆっくりと口を開く。そして、彼は私をじっと見つめたまま言った。
「残念ながら、誘うことは出来ませんでした。それにその人は他の方とまわっていたみたいですし、僕の入る隙間はないようにも思いました」
「えー! ブライトが入る隙間がないって、どんな人なの!?」
ブライトの言葉が意外すぎて、私は恋バナをする乙女のように彼に詰め寄ってしまった。彼が言うとおり、友人とはこんな他愛もないことで盛り上がれる仲のことを言うのかも知れない。
私が詰め寄れば、ブライトはさらに眉をハの字に曲げた。
「素敵な方です。とても、素敵な方ですよ」
「何処かのご令嬢さん? 今度紹介してよ」
「ど、どうしてですか?」
「え? だって、ブライトの恋を応援したいから」
そう私が言うと、ブライトは驚いた様子で目を丸くさせた。彼の反応を見る限り、私の答えは的外れだったらしい。だけど、ここで引き下がる訳にもいかないから、私は更に言葉を続ける。すると、彼は肩をすくめた。
「恋……というのか、正直分かりません。恋をした事なんてないので。これが恋なのか、はたまたただの憧れなのか」
「初恋ってやつ……だったり」
「さあ……それに、その人のこともよく分からないので。エトワール様の言葉を借りるなら、一緒にまわりたかった人は他の人とまわっていましたが、その方に好意を寄せているのかも分かりませんでしたし、ただ楽しんでいるなって、横顔を見て思いました」
「それじゃあ、その相手はまだそのまわっていた人が好きって確定していないって訳?」
「そう、なりますね」
と、ブライトは苦笑いをしながら答えてくれた。
しかし、彼がそこまで興味を持っているということは、少なからず気になっているということだろう。
私は腕を組んで、うーんと考える。星流祭の時には既に気になる人がいたとなれば、今ブライトが行為を興味を持っている相手はトワイライトじゃないことになる。てっきり、トワイライトが現われてからは、彼女に惹かれていたと思っていたのだが、その予想は外れたようだった。
「私は、ブライトの恋、応援しているからね! 何か手伝えることがあったら言って」
「エトワール様に、ですか?」
「へ?」
ブライトは、驚いたようにそのアメジストの瞳を揺らしていた。
彼の言葉はどういう意味なのか理解できなかったが、思えば私だって恋したことないし付合っていたけれど、男女の恋愛とか勿論女性同士の恋愛もしてきたことないから、私に手伝えること何て一つもないように思えた。と言うか一つもない、絶対に。そんな私から何のアドバイスを貰えるんだろうって話になるから、ブライトの反応は正しかった。
「え、あ、ごめ……私も、恋したことないし、そうだよね。アドバイスなんてわたしできるはずないよね、あはは……」
「いえ、そういう意味で言ったわけでは」
「ごめん、ごめん気にしないで! と、兎に角、ブライトの恋が叶うよう祈っているから! 話ぐらいは聞けるから、アドバイスは出来ないかも知れないけれど。その、友人だったらそう言うの相談するんじゃないかなって……その」
私は慌てて取り繕ったけれど、やっぱり恥ずかしくなってしまって最後は消え入りそうな声になってしまった。それに、ブライトに友人と言ってしまったけれど、彼はそれをどう思っただろうか。ブライトが言い出した言葉だから、問題はないだろうけど……と私は、ブライトの顔色を窺った。
すると、彼は少し寂しげに瞳を揺らした後、そうですね。と笑っていた。
「エトワール様に応援されたので、叶うかも知れませんね」
「そ、そうだよ!うん、叶う!」
私は、無理矢理笑顔を作ってそう言い切った。
ブライトがそう言ってくれたのは嬉しいことだ。だけど、今のブライトの表情を見ると、まるで諦めたような表情をしていたのが気がかりだ。もしかすると、私の言葉は彼の心には響かなかったのかもしれない。
それからブライトは、何かを思い出したかのように慌てた様子で、私に別れの挨拶を告げ、貴族達の間を縫って何処かに消えてしまった。綺麗な黒髪で、他の貴族とは違うオーラを放っていた彼だったが、あっという間に見えなくなってしまい、私は少し寂しさも感じた。そういえば、また彼は私に内緒にしていることについて何も言わなかったなあと彼と別れた後で思った。まあ、今言われても他のことで頭がいっぱいだから抜けてしまう気がして、それにこんな所ではブライトは話せないだろうとも思った。
「エトワール様、随分と楽しそうに話していたわね」
「うげっ、りゅ、リュシオル」
少しドスを聞かせて怒ったような聞き慣れた声が聞えたため、私は恐る恐る振返ると、会場に入ってから用事があると出て行ってしまったリュシオルがいた。
彼女は私に恐ろしい笑みを向け、腕を組みながら私の方をじっと見ていた。何かあるのだろうと思ったが、私からは怖くて到底聞けそうになかった。
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