テラーノベル
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深夜2時過ぎ。仕事終わりの送迎車から降り、マネージャーに挨拶を済ませた二人は、当然のように同じ方向へ歩き出した。
深澤の車に、渡辺が乗り込む。これもまた、何年も繰り返されてきた日常だ。
車内には、エンジン音とウインカーの音だけが響く。
ラジオも音楽も流れていない。
沈黙が気まずくないどころか、むしろ一番の休息になるのがこの二人だ。
助手席の渡辺が、ふと小さくため息をつき、シートの中で身じろぎをした。
言葉は発していない。ただ、少し暑そうに襟元を緩めただけだ。
深澤は視線を前方に向けたまま、無言でエアコンの温度を1度下げ、風量を弱めた。
「……ん」
渡辺が短く喉を鳴らす。それが「サンキュ」の代わりだ。
さらに5分後。
渡辺がポケットをまさぐり、舌打ちをした。
「……あー、ねぇわ」
「ダッシュボード」
「は?」
「入ってるよ、新しいリップ」
深澤がハンドルを握ったまま顎でしゃくる。
渡辺がダッシュボードを開けると、そこには未開封のリップクリームが転がっていた。普段、渡辺が愛用している銘柄そのままだ。
「……お前、キモいんだけど」
「うるせぇな。こないだ『なくした』って騒いでただろ。ついでに買っといたんだよ」
「ふーん」
渡辺は憎まれ口を叩きつつも、バリバリとパッケージを開けて唇に塗る。
「ありがとう」なんて言わない。
深澤も「ありがとう」なんて求めない。
しばらくして、車はコンビニの駐車場に滑り込んだ。
何も言わずに車を降りる深澤。渡辺も無言でついていく。
店内に入り、カゴも持たずに歩き回る。
渡辺はドリンクコーナーで水を取り、スナックコーナーでグミを掴むと、ふらふらとレジへ向かった。
ピッ、ピッ。
店員が商品をスキャンし終える。
渡辺は財布を出す素振りすら見せず、ポケットに手を入れたまま、斜め後ろに立っている深澤をチラリと見た。
視線すら合わせていない。ただ、そこに「いる」ことを確認しただけだ。
深澤は大きなため息を一つついて、当然のようにスマホをかざした。
「……iDで」
決済音が響く。
渡辺は自分の分が入った袋をひったくると、さっさと店を出て車に戻っていった。
車内、再び走り出した静寂の中。
グミを咀嚼しながら、渡辺がボソリと呟いた。
「……ふっか」
「あ?」
「お前さ、俺が財布出すの待つ気ないの?」
「は?お前が出す気ねーだろ」
「まあね」
「だろ。……お前が水飲むタイミングも、何食いたいかも、財布出すのが面倒くさいのも、全部わかってんだよ。何年一緒にいると思ってんだ」
深澤の呆れたような、でもどこか誇らしげな声。
渡辺は鼻で笑って、窓の外に流れる夜景に目を向けた。
「……怖いわ、マジで」
言葉とは裏腹に、その表情は完全に緩みきっている。
隣にいるのが当たり前すぎて、もはや自分の半身のような存在。
「ま、これからも養ってくれよ」
「誰が養うか。……次は出せよ」
「へいへい」
次はいつになることやら。
二人とも、そんな日が来ないことを分かっている。
言葉はいらない。
ただそこに深澤がいれば渡辺は自由でいられるし、渡辺がいれば深澤は世話を焼ける。
午前二時の首都高、悪友たちの車は、誰よりも心地よい沈黙を乗せて走り続けた。
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さすが気遣いの神ふっかさんだね~ かっこいいわ 続き待ってます!