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「えーー!な、なんですかっ!嘘でしょおおお!!!」
と、実に都合良く、紗奈《さな》が、戻って来た。息を切らしているのは、守恵子《もりえこ》のことを聞いて、廊下を駆けて来たからだろう。
「な、なんで、この一大事に、守近様は、沓《くつ》を履いたままで、それに、斉時《なりとき》様までいるんですか!」
「おー、紗奈、久しぶりだなぁ」
愛想を振りまく斉時など、無視して、紗奈は、守恵子が寝かされている座所へ駆け寄った。
「おーい、紗奈よー!お前と俺の仲じゃねーか!つれないなあー」
「あなた様など、知りませぬ!」
えっ、と、紗奈の冷えた返答に、斉時は、どう対応したら良いのかと、辺りを見回す。
「そうです。おまえ様、私も、このお方とは、まるっきり関係ございませぬゆえに、ご安心あそばせ」
橘が、肩を怒らせ、動揺しきっている髭モジャへ、語りかけるとニッコリ笑った。
「……そ、そうじゃ、そうじゃのぉ、女房殿よ、女房殿とは、な、何も関係ない、そうじゃ、そうじゃっ……」
そうじゃっ、そうじゃっと、髭モジャは、呪文のように、唱えつつ、己を落ち着かせようとし始める。
「あれは、なんなんですか?」
柱の影で、若人タマが、童子、晴康《はるやす》に問うた。
「うん、あれは、と、言いたいところだけど、私も大納言家の内側までは詳しく知らないんでねぇ、なんだろう?」
「だから」
常春《つねはる》が、変わりに答える。
「あっ!常春様!お気づきになりましたか!」
いや、まいった。うっかり、失態を晒してしまって、と、いいつつも、斉時様がいるのかあ、と、ささっと、さらに、奥へと身を隠しながら、昔の因縁って、やつかなぁ。と、ぼやいた。
「なんだか、余計、わかんないんですけど?」
不思議がる、若人タマへ、常春は言った。
「ああ、だからね、橘様は、髭モジャ殿と出会う前は、女房職だった訳で、もちろん、お若かったから、お屋敷を訪ねて来るお客人の引く手あまた、だったんだよ。で、斉時様も、泊まりの時は、橘様を、召されていてね……、私も紗奈も、まだ、子どもだったから、当時は、意味がわからなかったんだけど……」
「なぁるほど、橘様が、実権を握られているのは、召人《めしゅうど》だったからか……」
晴康は、見かけの童子らしくない、呟きを漏らす。
「え?なんですか?召人って?」
若人タマが、分からぬと、首をひねっている。
「あー、タマには、難しいかなー男と女の世界の話だからねー」
「なんですかーー、晴康様、タマだって、めおとに、なったんですから、それぐらい、わかりますってーー!」
ふふふと、意味深に、若人タマは笑うと、そうだったんだーと、どこまで理解しているのか、頷いている。
「えっ、タマ、っていうか、若人、って、言うか、タマなんだろけど、めおと、って、それは、夫婦って、ことだろう?タマ?!」
常春が、まだ、少し、ぼんやりしつつも、タマの言い分に、反応し、呆然としている。
それは、童子晴康も、同じくで、
「えーー!タマ!ちょっと、夫婦って、どうゆうことだよーーー!!!」
と、大きく叫んだ。
「あら、まあ、そんなところに、隠れて」
何故か、童子の叫びに、徳子《なりこ》が、気がついた。
「ありゃ?!なぜに?いつも、まあ、そうですの?と、鈍な返事をなさるお方が、今に限って、なぜに?なぜに?というか、童子が、なぜに?」
「……斉時よ」
いきなり、守近は、沓を脱ぎ、竹馬の友の胸ぐらを掴むと、空いた手で掴んだ沓を、斉時の頭へ振り落とした。
コンと小気味好《こぎみよ》い音がする。
「あっ、頭、ゴンだ。あれ、けっこー痛いんですよねー」
と、言うタマは、若人から、犬の姿へ戻っていた。
「タマ、持久力が、短くなってるぞ?」
タマを抱き上げながら、童子は言った。
「うーん、多分、晴康様のお力が……」
「そうだねぇ、童子、ということは、大人より、力が足りないってことだよね」
「……じゃあ、やっぱり、その、童子は、晴康ということ……」
柱の影で、常春達が、こそこそしている間も、守近は、さらに、沓を、斉時の頭めがけて、振り下ろしていた。
「よくも!お前は!その、口で!!!徳子姫のことを、侮辱しおってからにっ!!!」
せまる守近から逃れようと、斉時は、手で、沓を振り払い必死になっている。
そんな、二人の姿に、困惑する者がいた。
先程から、縁で控えている、若者だった。
「あれ?薬院《やくいん》様?!」
守恵子の枕元で、紗奈が言う。
「あっ、薬院殿、いかがなされました?!」
常春が、柱の影から飛び出して、若者の元へ駆け寄るが、
「紗奈!!!どうゆうことだーーー!!!も、守恵子様がっーーーー!!!」
座所で、横になる守恵子の姿に、常春は驚いた。
「あっ、姫君は、池ヘ落ちられ、わたくしが、お助けしたのです」
紗奈とも常春とも、顔見知りのような若者は、そわそわしながら、言った。