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村についてからはや十分、俺はフランチェスカが”皆の王子様”と称される所以を痛い程見せつけられていた。フランチェスカの両腕にうず高く積まれた村人達からの贈り物の数々によって、物理的に。

村に着いてからというものの、俺には一切目もくれずに村人達はフランチェスカに次々と声をかけにかけ、それに合わせて贈り物が積まれに積まれていった。このままだと何も払わずとも昼飯はおろか、夜の分の食材まで事足りそうだ。というか、放置したらおそらく明日の昼の分まで積み上がるだろう。一見するとありがたいことだが、そうなると一人で処分する俺の負担がまずい。

ずいと腕を伸ばしてフランチェスカの荷物を半ば強引に奪い取る。そら、俺も居るぞ。

俺のアピールによってやっと存在に気付き、途端にざわめく村人達。よしよし、贈り物攻撃は止まったな。ふぅと一息つく俺をじっと見上げていた フランチェスカが、突然そっと耳打ちした。

「求婚者が多くて困っているとお聞きしました」

「は。おい、どこでそれを…」

「私に良い案がございます」

人の話を遮るのはどうやら通常運転らしい。俺が微妙な顔をしているのを不安がっているとでも捉えたのだろう。フランチェスカは続けて言った。

「この私にお任せください」

ぱちりとウインクしたフランチェスカに、嫌な予感がぶわりと噴き出すのを感じる。昨日と今日の行動から察するに猪突猛進な節があり過ぎる程ある女だ、多分碌な事しねぇぞこいつ。

止めようとした瞬間突然頬に手がそっと添えられ、驚いている間にされるがままついと顔を引き寄せられる。そのまま頬に微かな熱と柔らかな感触が当たって、そして離れていった。

ん?

ぱっと顔を向けると、至近距離で目の合ったフランチェスカが悠然と笑う。

「実はこの通り、私はアメシスの魔女殿にアプローチしている真っ只中なんだ。しかし、この村の皆に比べたら私と彼の人の共有する時間はあまりにも短い。だから、しばらくの間は私のターン…ということにしてもいいかな?」

あ、これ終わったな。

一層ざわめく村人達と、にこにこ微笑むフランチェスカ、そして死んだ目をした俺という地獄のような空気感の中、突如として一人の少女の声が上がった。

「あんたが、魔法を使ったんだ」

震える声は決して張り上げられたものではなかったが、何故か酷く明瞭に俺の耳に届いた。

「フランシス様の心を、魔法で操っているんだ」

少女の声は他の人の耳にも届いたらしい。いつの間にか周囲の喧騒は止み、固唾を呑んで俺達二人を見つめている。

「フランシス様は皆の王子様なんだから…っ、最低!フランシス様を返して!返してよ!」

彼女は十中八九、フランチェスカ…いや、フランシスに好意を抱いている。けれども相手は”皆の王子様”。不可侵の不文律でもあったのだろう。それが突然俺に掻っさらわれた、と。正体もよく分からないような俺を糾弾するとは、あの少女はなかなかに勇気がある。が、悲しいかな知識はない。まぁ、仕方がないことなんだろうが。

静かに踵を返して少女に背を向ける。俺が視線を向けると、集まっていた村人達がさっと分かれてあっという間に道ができた。

「………」

無言のままその道をすたすたと歩いていく。誰とも目が合わないよう、誰も魅了なんてしないよう、ただ前だけを見据えて。俺に魅了魔法なんて使えやしないのに。

山道に入ってしばらくしてから、やっと無意識に止めていた息を吐き出した。嗅ぎ慣れた森の匂いに少しだけ気分が和らぐ。

「誰が他人の心なんざ変えるかよ」

ぼそりとそう溢す。

正直言うと、禁呪を使えば過去も年齢も運命も、なんだって変えてしまえる。けれど心は…心だけは、何をどうしたって変えられない。だからこそ魔術師や呪術師は何より心を大切にする。

「…くそが」

固く握り締めた拳にぎりぎりと爪が食い込む。強く噛んだ唇からはじわりと鉄の味がした。

「アンブローズ様!」

「っ!」

ぱっと拳を開く。幸い、手のひらに血が流れているような感覚はしなかった。振り返るとそこには小走りで走り寄ってくるフランチェスカの姿があった。

足を止めた俺に追いつき次第、フランチェスカは慌てた様子で口を開いた。いつもの笑顔ではなく、どこまでも心配そうな顔で。

「彼女は何も知らなかっただけで、決して悪気があった理由では…」

「知ってる」

好きな人を取られて、感情的になってしまっただけ。でも、だからこそ、心の根本にある考え方が露呈した。本当に、たったそれだけの話。

「この程度のことをいちいち気にすんな」

魔術師も呪術師もよく知られていないし、よく知らない物は誰だって怖い。恋だけならば上っ面だけでもできるが、思い遣りというと話は別だ。まぁ、詰まる所そういうことなのだ。

「でも」

「おら、さっさと帰るぞ。昼飯食っていくんだろ」

「……はい」

俺が無理矢理急かせば、言いかけた言葉をぐっと呑み込んでついて来る。そう、それでいい。今は、これ以上は踏み込ませない。

今の俺達のような名前の無い関係は、一番不明確で一番頼りない。いつか必ず、ふつりと縁が切れる日が来る。そのいつかの日に、あやふやなライン引きのせいで苦しむのは御免だ。

始まってからたったの2日しか経っていないこの関係は、一体いつまで続くのだろう。

魅了の魔女と皆の王子様

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