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「全然大丈夫です。昨日、コンビニに行ったついでに買ったんで気にしないで下さい。いつか父が来たら飲むと思うので、たまに買い置きしてるんです。その銘柄は父が好きなビールなんです」
「お父さんが来たときのために、置いておかなくてもいいの?」
「またいつでも買えますから。どうぞ飲んでください」
「そっか……。なら、せっかくだから、もらう……」
私はうなづいた。
リビングのローテーブルに両手をついて立ち上がり、冷蔵庫に向かった。
ビールを出して、グラスに移そうとしたら、
「いい、そのままで」
「あっ、はい」
私は、よく冷えたビールを缶のまま本宮さんに手渡した。
「ありがとう。いただきます」
「はい、どうぞ」
プルトップを開けて、美味しそうにゴクゴク飲んだ。
本宮さんの喉が動く。
その姿も絵になっていて、どんな当たり前の行動も、この人にかかると美しく見えるからすごい。
本宮さんは、ようやく上の服も着てくれた。
ホッとした……ような、ほんの少し残念なような……不思議な気持ちになる。
いや、ホッとした方が断然、比重が大きい。
私は、帰りにスーパーで買ったお弁当を温めた。
「すみません、お弁当ですけど。食べてください」
「ありがとう。一緒に食べよう」
「はい」
いつもは1人なのに、今日は2人――
しかも、恋愛映画やドラマで主演をはれそうなくらいのイケメンがすぐ目の前にいる。
日常からかけ離れたこの状況が不思議で仕方ない。
お風呂上がりの男性に冷えたビールを手渡しする感じも、まるで夫婦みたいなやり取りだと思った。
お父さんとお母さんがいつもしていたのを思い出す。
当たり前のようなやりとりを見て、子どもながらに微笑ましいなと感じていた。
「ごちそうさまでした。じゃあ、私もお風呂入ってきます。あの……スッピンになりますけど、引かないで下さいね」
私は苦笑いした。
そう、正直、これが一番嫌だった。
「気にするな。そんなこと」
だから、気にするなと言われても気にしてしまう。
一応、私も女性だから。
「気にしますよ、やっぱり」
「恭香は、どんな姿でも恭香だから」
「……あっ、あの、そんなこと簡単に言いますけど、本宮さんは自分がカッコイイからそんなことが言えるんです。極普通の私の気持ちなんてわからないんですよ」
なぜか、ムキになって言い返してしまった。
「俺って……カッコ良いの?」
本宮さんはニヤリと笑った。
「あ、あの……」
「今、俺のことカッコ良いって言ったよな? 恭香は、そう思ってるってこと?」
「えっ……あ、いや、その……なんていうか」
「俺は普通の男だ。カッコ良いのは嶋津君みたいな男性を言うんじゃないのか?」
「えっ」
一弥さんの名前が出てきてドキッとした。
まさかこのタイミングで出てくるなんて……
確かに、一弥さんは眼鏡の良く似合うかなりのイケメン。
だけれど、それについて今は触れたくなかった。
それにしても、自分のことを普通だなんて……
もしあなたが普通なら、世の中の男性はみんなどうなるのだろう?
本宮さんの感覚は絶対におかしい。
「と、とにかく、お風呂入ってきます。ゆっくりしててくださいね」
「ああ、ありがとう」
私は、また、逃げるようにお風呂場に走った。
自分の部屋なのにさっきから全然落ち着かない。
ちょっと疲れる……
いや、かなり疲れている。
これから毎日こんな感じが続くのだろうか。
とにかく、私は、洋服を脱いでお湯に浸かった。
本宮さんが入った残り湯。
お父さん以外の男性の後のお風呂なんて、入ったことなかったけれど……
特にいやな気持ちになることはなかった。
わざわざ入れ替えるのももったいないし……
このままでいいか……と自分を納得させた。
私は少し長めに入浴した後、お風呂から上がって鏡を見た。
うわ……
このスッピンを本宮さんに見せるなんて……
なんの罰ゲームなのか。
すごく憂鬱だ。
菜々子先輩や梨花ちゃん、夏希も……そんなこと気にしなくても全然平気なんだろう。
美人や可愛い女性は得だ。
とにかく、美容液、化粧水などいつものように保湿をし、髪を乾かして、とりあえず準備はできた。
今まで男性に素顔を見せたことなんてなかったから、しばらく躊躇したけれど、いよいよ決意した。
よし!と、自分に気合いを入れて――
本宮さんのいるリビングに、深呼吸してから向かった。
何かの戦いにでも行くようで、正直ちょっとバカな自分にあきれてしまった。
リビングに戻って部屋の中に視線をやると、そこには壁にもたれ、さっきと同じ場所に座って携帯を見ている本宮さんがいた。
私に気づいてサッと顔をあげた瞬間、心臓のバクバクが最高潮に達した。
お願い、できることなら見ないでほしい――
私は思わず、下唇を噛んで下を向いてしまった。