テラーノベル
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ドラマの撮影が始まると、番宣や雑誌の撮影が重なって、どんどん忙しくなっていった。ありがたいことではあるが、ゆっくりと自分の時間が取れないのは、なかなかに堪えた。
昼間も俺の仕事に着いてくるようになった生き霊のふっかだったが、ドラマ撮影の日だけは「行かない」と言って、ソファーの上でゴロゴロしながらテレビをぼーっと見ていた。
最近、リモコンには触れず、なんらかの自分の力を使って、テレビを点けてチャンネルも変えられるようになったそうだ。
おまけに俺が録画したものも見られるし、自分で勝手に録画の操作までできるようになったらしく、俺のテレビは身に覚えのない録画ばかりが溜まっていって、容量がパンパンになってしまっている。
本当に勘弁してほしいと思うが、俺は家を空けることも多いし、退屈そうなふっかの気晴らしになるならいいかと、三日前、ふっかにテレビの主導権を譲ったところだった。
今日は三話目の撮影がある。早朝に起きて、筋トレをしてから身支度を整えているのだが、いつも早く行こうと急かしてくるやつは、ぼけーっと先週放送されたそれスノの録画を見ていた。
「今日も来ないの?」
「うん、いい。今日はどんなシーン撮るの?」
「キスシーン」
「あ、無理無理。照がたくさんテレビ出てくれるのは嬉しいけど、そんなシーン間近で見ちゃったら俺発狂するもん。」
「そんなに俺のこと好きなの?」
「うん。すき。だからいつでもそばにいたいけど、これだけはだめ。つらい。」
「そっか。そのうちCM流れるようになると思うから、気をつけてね。」
「ご忠告どうも。」
「いってきます」
「あいあい、いってらっしゃーい」
ふっかはソファーの背もたれから、腕だけを出してひらひらと手を振っていた。
その手は昼間だからなのか、いつもより透明な気がした。
撮影は、俺が思うようにできなかった部分を撮り直していただいたり、監督からのリクエストでいくつかのパターンを撮ったりしたが、何度も何度も挑んだ割にはスムーズに終わった。
今日一緒に撮影していた俳優さんやエキストラの方へ挨拶をして、帰宅しようかと思っていたら、ヒロイン役の女優さんから夜ご飯のお誘いを受けた。
別に断る理由もなかったし、この人と仲良くなっていい作品を作りたい気持ちもあって、俺は二つ返事で了承した。
身支度を済ませて、現地集合で女優さんと個室の居酒屋さんへ入った。
「岩本くんは恋人いるの?」
「いや、いないですね」
「えー!勿体無い!」
「そうすか?」
「うん、せっかくいい顔なのに!」
「ここ最近は、ほんと仕事ばっかですね」
「そうなんだ、恋愛は生活のスパイスだと思うけどなぁ。…あ、それよりごめんね、あたしばっかり飲んでて…。お酒好きなのよ〜!」
「いえ、俺、今日車なだけなんで気にしないでください」
話題は恋愛のことについてではあるのだが、全くもって色気のない会話だった。その人の人柄でそういう雰囲気にならないからなのか、この人が俺に全く気がないからなのか、どちらにせよ、女優さんは俺の目の前で大ジョッキの生ビールを飲み干しながら、大きな声でよく喋った。
よく食べて、よく飲んで、よく喋る。なんだかサバサバした気持ちのいい方だと思った。俺より年上の方だけど、よく笑うし愛嬌のある人だから、誰からも好かれそうな人だし、今まで現場で会っていた時よりもだいぶ温和な印象を受けたその人に、俺の心も次第に打ち解けていった。
「気になる子とかもいないの?」
「気になる…うーん」
「お?思い当たる人いそうじゃない!」
「いや、でも、そんな好きとかって気持ちじゃない気がするんですよね。ただ、いつでもついてくるから、たまにそばにいない時は変な感じがするってだけで」
「ふーん…。一緒にいるのが当たり前なんて、いいじゃない。あたしなんて、かれこれもう二年くらい独りよ!?もうやんなっちゃうわ!」
「あははっ、俺はそういうさっぱりした方、素敵だと思いますよ。」
「あらそう?ありがとね。でもまぁ、想像してみることね。その子がいつか岩本くんから離れていっちゃったときのこと、その子が他の誰かのそばで笑うようになっちゃったときのこと。」
「想像ですか…」
「そうなってからじゃ遅いわよ?だから、そうなる前に、ちゃんと自分の気持ちを見つめてみることね。失ってもいいと思うなら、それもまた人のご縁だけどね。…やだ、ごめんなさいね?年取ると説教ババアみたいになって来ちゃって。いやね」
「いひひっ、そこまで歳変わんないじゃないですか」
面倒見のいい姉ができたような気持ちだった。
今後のドラマの展開や、おすすめのご飯屋さんの話など、話題は尽きることなく、時間はたくさん過ぎていった。お腹も楽しさも膨れたところで、その日は解散することになった。
女優さんはお酒が強いのだろう、呂律もしっかり回っているし、会話もできるけど、夜に女性が一人で歩くのは心配だった。お店の前までタクシーをつけてもらって、車に乗るまでは見送ろうと一緒に店を出た。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、急に誘っちゃってごめんね。こんな若い子と一緒なんて初めてだから、仲良くなっときたいなと思ったのよ!」
「だから、五歳しか変わらないじゃないですかって。」
「五歳って女からしたらなかなかに大きな溝なんだからね!ぅぉおおっ!?」
俺の言葉にくるっと振り返って女優さんは訴えるように話すと、その拍子にバランスを崩し、逞しい声をあげてよろけたから、俺は咄嗟にその人を抱き抱えた。
「っと、、大丈夫すか?」
「段差あるの気付かなかったわ…。死ぬかと思った。ありがとうね。じゃあタクシーも来てくれたし、またね。楽しい時間だったわ」
「はい、おやすみなさい」
女優さんはタクシーの窓から手を出して、角を曲がるまで振り続けていてくれた。
人情味があって、ちょっと男勝りで、面白い話し方をするいい人だった。
俺も近くに停めていた車を走らせて自分の家に帰った。
玄関のドアを開けると、目の前に生き霊のふっかが仁王立ちをして待っていた。
「ぅおおお……っくりした…。どうしたの?」
「どうしたの?じゃない!こんなに遅くまでどこ行ってたの!?」
「どこって、今ドラマ一緒にやってる相手の人とご飯行ってただけだけど…」
「ハッ…まさか、浮気!?俺という存在がありながら!?」
「何言ってんの、俺たちの間には何にもないでしょ?それにお前実体ないだろ」
「こういうやり取り一回やってみたかったんだよね〜!楽しい!」
「なんだそれ…」
「まぁまぁ、暇人の戯れに付き合ってよ。おかえり」
「ん。ただいま。」
荷物をソファーに置いて、洗面所で手を洗いながら、ふと考えた。
俺たちの間には何にもない、果たして本当にそうだろうか。
ふっかとの生活が続いて、もう何ヶ月も経つ。全く別々に存在している二人のふっかと、一日に一回はどちらかと必ず顔を合わせる日々の中で、こいつらといることは最早、息をすることと同じくらいに当たり前のことになっている。
今更この生活が無くなることなんて考えられない、そう思う自分がいる時点で、「何も無い」というのは、かなり白々しい気がした。
それに、さっき女優さんに言われたこと。
いつかふっかが俺のそばからいなくなってしまうこと、俺以外の誰かと笑い合う未来が来るかもしれないこと。想像してみようと頭の中で思い浮かべてみても、途切れ途切れで、うまくイメージできない。だけど、気持ちが下に沈むような感覚だけがどこかにあって、でも、それだけで。それ以上はうまく言葉に出来なかった。
答えの出ない考え事は苦手だし、頭の中も体もさっぱりさせたくてリビングにいるであろう生き霊のふっかに聞こえるように少し声を張って、「お風呂入ってくる」と伝えた。
お風呂から上がると、ふっかは歌番組の録画を勝手に点けて見ていた。
「今日はずっとテレビ見てたの?」と話しかけると、わずかにふっかの首が動いた。
「うん。今日もずっと照見てた。この録画、今日五回見てる」
「そんなに毎日見てて飽きない?」
「飽きないよ。それに、いつまで見られっかわかんないからね。今のうちに見れるだけ見とかないと」
「ふぅん。あれ、ふっか、ちょっと薄くなってない?」
「そう?気のせいじゃない?それより見て!ここの照めっちゃいい笑顔してるよ!」
「いちいち言わなくていいってば!」
自分の体のことなんてそっちのけで、俺のことばかり見るふっかに少し切なくなった。
でも、今俺の横で体を揺らしながら音楽を聴くふっかは、その話には踏み込んで欲しくなさそうで、俺はそれ以上深く追求することができなかった。
翌日はそれスノの収録だったこともあり、早朝からはしゃぐふっかに叩き起こされて現場に向かった。昨日、ドラマ撮影に行くと言った時の低すぎるテンションはどこに行ったんだと言うくらい、今日は元気だった。
「収録中は気が散るから、静かにしててね。俺の近くにいる分にはいいけど、その辺飛び回ったりしないでね」
「わぁーってるよ。それに今日は舘さんいるし、大人しくしてるよ」
「舘さん?なんでそこで舘さんが出てくるの?」
「多分だけど、舘さん、俺のこと見えてる。この間、絶対目合ってたもん」
「ほんとに?舘さん霊感あるんだ」
「ぽいね。お祓いしてやろうみたいな感じはしなかったけど、あんまり騒ぐと怒られそうだから、幽霊っぽくすみっこで静かにしてるよ」
マンションの地下駐車場で車に乗り込んでエンジンをかけると、ふっかは助手席のドアをすり抜けて乗り込んでくる。もうこの光景にも慣れた。
収録をするスタジオまで車を走らせて、 テレビ局の駐車場へ車を停めた。
楽屋がある階を目指してエレベーターに乗っていると、途中で止まってドアが開いた。
開いた扉の先には、舘さんがいて、お互いに少し驚いた顔をしながらも、舘さんはエレベーターに乗った。
「舘さんおはよ」
「うん、おはよう。」
「…」
「…今日は大人しいんだね」
「え?」
「後ろに引っ付いてる子。」
「やっぱり見えてるんだ」
「うん。だいぶ前から照の後ろにくっついてることは気付いてたよ。」
「すごいね、霊感あるんだ」
舘さんは、俺と会話をしつつも、俺の背後を見て、「そんなに警戒しないで?別に俺は何もしないから」と言った。
「照が困ってるなら、なんとかして助けようとも思ったけど、その子がいる時は、照に他の霊が寄ってこないし、危険からも守ってくれてるように見えたから。きっと照のこと、よっぽど好きなんだろうね。」
「そこまでわかんのかよ…。舘さんすげぇな」
「うん、わかるよ。それに、君の声もちゃんと聞こえる。随分と、うちのふっかに似た幽霊だね」
舘さんの目には、俺と同じくらいだいぶはっきりと、ふっかのことが見えているようだった。それに、ふっかの声もちゃんと聞こえているみたいで、生き霊のふっかと普通に会話をしていた。
ここまで事情を飲み込めている人ならと、思い切って生き霊のふっかのことについて舘さんに色々相談したくなったが、タイミング悪くエレベーターは到着してしまった。
そこまで残念そうにしてしまった覚えはないのだが、もうこの話はできないな、と思っていた俺に、舘さんはフォローをするように、「なにか困ったことがあったら、いつでも連絡して」と言って、エレベーターを降りていった。
「照」
「ん?」
「やっぱり舘さんってすごいね」
「俺もそう思う」
ふっかとそんな会話をしながら、俺たちは舘さんの後を着いていった。
いつも通り、みんなで楽しく収録して、生き霊のふっかは俺が座る足元に小さく座って、撮影は無事に終了した。
お疲れーと言い合いながら、阿部、目黒、佐久間、翔太、康二、舘さん、ラウールは次の現場に行くために早々に支度をして楽屋を出て行った。
広い楽屋の中には、二人のふっかと俺だけがぽつんと取り残されていた。
「照、次あんの?」
「いや、今日はこれでおしまい。ふっかは?」
「俺もこれで終わりー。」
なんだか、このままふっかと解散になるのが物寂しくて、なんとか繋ぎ止めようと、俺は苦し紛れに「じゃあ、またラーメンでも食べいく?」と尋ねた。
ところが、ふっかは苦い顔をしながら、「わり、今日先約あるんだわ」と言った。
ふっかも誰かと出かける約束をすることもあるのかと、俺は若干失礼なことを考えながら「珍しいね、誰と行くの?」と何の気なしに聞いてみた。
ふっかは「俺のこと好きって言ってくれてる人」とそれだけ答えた。
「なにそれ!なんなの!!」
「もー、それ何回目?俺耳にタコできそうなんだけど」
「だって!意味わかんない!俺よりもその好きって言ってくれてる人の方がいいわけ!?」
「知るかよ」
「お前ふっかでしょ!?今のあいつの気持ちとかわかんないわけ?」
「だーかーらー。そこは繋がんないって何回言ったらわかんのよ。照が好きー!ってあいつが思った瞬間から、俺たちは二つに分かれて、そのあとの気持ちはお互い違うベクトルで毎日生きてんの。今あいつが何を思ってどこの誰とデートしてるとか、全く知らないよ」
ふっかからご飯の誘いを断られたあと、俺はなんとも言えない不満を募らせながら帰宅して、そのまま冷蔵庫の中に入れていたビールを一気に飲み干した。
自分のことを好きだと言ってくれるやつと、一緒にご飯を食べにいくと言ったふっかに、俺は「そうなんだ」としか言えなかった。
悲しいのか、悔しいのか、寂しいのか、怒りたいのか、自分の気持ちが全部一緒くたになって、絵の具をぶちまけたパレットのように、俺の心はいろんな色で混ざり合って濁っているみたいだった。
いくら不満をこぼしたって、目の前の曇った気持ちが晴れることは無い。分かってはいても、次々に出てくる言葉を止められなくて、俺は何度も何度も「なんなんだ!」と言いながらビールの缶に口を付けた。
「お兄さん、もう6本も空いてるよー?そろそろやめにしたら?」
「やだ。まだ飲む。」
「寝っ転がって飲むなよ…ビールで溺れるよ?…ったく」
「…俺のことすきって、、いってたくせに………ん、すぅ……」
「あいつも血迷ってんなー。見てらんねぇけど、俺はどうすることもできないしな。…あ。結構薄くなってきてる。えいっ……テレビも点けらんなくなっちゃった。もー、照寝ちゃったし、俺暇じゃん!!…寝るか。」
「…俺、あと何回、お前におやすみって言えんのかな。」
喉が渇いて目を覚ますと、ひどい頭痛がした。
やけ酒なんてするものじゃない。いつも以上に酒に呑まれてしまうし、酩酊した体じゃ酒を飲むこと以外したいと思えなくなってくるから、あたりは荒れ放題だった。
帰ってきてから脱ぎ散らかした服と、そこかしこに転がる空いたビールの缶、ソファーで寝落ちてしまったから体も痛い。
最悪なコンディションでゆっくりと起き上がって時間を確認する。
まだ月の光が明るく部屋に差し込んでいて、時計の針は11時30を少し過ぎた頃を指していた。
リビングを見回したが、ふっかの姿がなかったから、重たい足取りで頭をさすりながら俺は寝室へ向かった。
「ふっか?いる?」
「あ、ひかる。おはよー」
「何してんの?」
「月見てた。今日もすごく綺麗だよ」
「そう。俺も見ようかな」
寝室に付いている大きな窓に向かってあぐらをかきながら、ふっかは静かに月を見上げていた。ふっかの体は、月の光を受けて、いつも以上に薄青く、銀色に輝いていて、なんだかすごく綺麗だった。
二人で床に座りながら、ただただ、月を見上げていると、唐突にふっかが話し始めた。
「なぁ、ひかる。俺が最初に部屋に現れた日のこと、覚えてる?」
「うん、めっちゃびっくりした。」
「ははっ、あの日のひかるの顔、俺も今でも覚えてるよ。全力で叫んでたなー」
「笑い事じゃないよ。あの時はふっかだってわからなくてほんとに怖かったんだから」
「ごめんって。でも、俺、ひかるとこうやって過ごせて、すげぇ楽しかったよ」
「なに、急にそんなこと言って」
「たまにはこういうロマンチックな夜も味わってみたかった的な?それに、もう、時間がないんだ。せめて最後に言いたいこと言っとこうと思ってさ」
「最後って…。そんなこと言って、明日もどうせここにいるんでしょ?」
「ううん。これで本当におしまい。」
その寂しそうな声に、俺は思わずふっかの方を見た。
刹那、俺は目を見開いた。
ふっかの体から、キラキラと輝く小さな白銀色の粒のようなものが次々に溢れて、上に舞い上がっていく。その度にふっかの体は薄くなっていった。
こいつは今日消えるんだ。
俺は瞬間的にそう直感した。
「まって、ふっか、やだ」
「聞いてあげたいけど、そのお願いばっかりは叶えてあげらんないかな」
「ほんとに消えちゃうの?」
「そうみたい。このままひかるが寝ててくれたら、何も言わずに消えられたんだけどな」
「そんな水臭いこと言わないでよ。やだ、まだ一緒にいようよ」
「ごめんな。俺も、もう少しひかると、一緒に、いた…かったよ」
「お前、話し方…最初の頃に戻ってる…」
「ひかる、、最後まで、そばにいて…くれる…?」
「うん、いるよ。ずっと、お前の隣にいるから」
「ありがと…ひか、る……だいすき、だ…よ………」
ふっかが喋るたびに、キラキラと粒子は溢れて、愛の言葉を最後にふっかの体はパッと消えてしまった。
俺はただ茫然と、さっきまでふっかがいたはずの床を見つめ続けていた。
濡れる頬が冷たくて、静かな部屋が寂しくて、誰もいない空間で、俺は意味のない言葉をずっと吐き続けた。
「喋ったらどんどん体無くなっちゃうんだから、黙ってろよ…最後まで喋りすぎだよ」
「早すぎるよ…おれ、やっと分かってきた気がしてたのに…」
「生き霊のお前も、現実のお前も、俺にとって大事だって」
「これからどうしたらいいんだよ…」
女優さんから言われたこと、もっとちゃんと考えておけばよかった。
いつか、生き霊のふっかが俺の目の前から消えてしまうこと。現実のふっかが俺以外の人と笑い合っている未来。
実際に、今、ふっかは俺以外の誰かとご飯を食べに行っているし、その人はどうやらふっかのことが好きらしいから、もしかしたら、ふっかは今日のうちにその人と付き合うのかもしれない。
誰にも渡したくない、でも、そんなこと言ったって、きっともう遅い。
今更後悔したって遅いのに。
気付くのが遅過ぎた。
ふっかの気持ちも、ふっか自身も、今日同時に、なにもかも失ってしまった。
生き霊のふっかが消えたってことは、きっと現実のふっかは俺への気持ちを無くしてしまったのだろう。
俺も、ふっかが好きだ。
でも、好きだと気付いた瞬間に俺の恋は終わったんだ。
失ってから気付くなんて、馬鹿みたいだ。
とめどない喪失感に打ちのめされて、その場から動けなくなっていると、不意に視界の端に、ふよふよと漂う白銀色の小さな光が見えた。
その光は、俺の周りをくるくると回ってから、俺の胸の辺りで留まった。
その動きはどこか懐かしくて、俺はよく回らない頭でその光に話し掛けた。
「ふっか?ふっかなの?」
「ねぇ、返事してよ…。俺、これからどうしたらいいの…?」
当たり前だが、その光は俺の言葉に反応することなく、ただ浮かび続けていた。
すると、突然、光は天井まで高く登っていって、そのまま寝室の出口あたりまで移動していった。
そいつはなんだか、着いて来てと俺に言っているみたいで、俺は昨日帰ってきてから中身も出さないまま放り投げた鞄を掴んで家を飛び出し、夢中でその光を追いかけ続けた。
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ひーくん間に合えー!!!🥹💛💜