「二代目!学生達の発表の場にサクラを用意するとわっ!何ごとだっ!」
激怒した岩崎の声が響き渡った。
「……月子、大変だろうけど、あちらの部屋へ行った方が良いいんじゃないの?」
隣の部屋の騒ぎに、月子の母も流石にまずいと思ったようだ。
「……月子が顔を出せば、お二方とも、取りあえず落ち着かれるんじゃないのかねぇ?」
そんなものなのか?と、月子は思いつつも、確かにそろそろ言い合いを止める頃合いではある。
しかし、月子が行ったから収まるとも思えなかった。
「そのうち、梅子さんも戻って来るし……」
母は、梅子一人をあの喧騒の中へ放り込むのはいただけないと思っているようだった。
そうかもしれない。お茶の準備をした梅子がもどってもあの調子では……。月子もいれば、何かしら変わるかもしれないし、少なくとも、梅子一人巻き込まれることは避けられる。
「うん。私、行ってみる。母さん、船橋屋の芋羊羹、後で持って来るね。とても美味しいんでしょ?」
船橋屋とは、浅草にある老舗の羊羹屋だ。
西条家にも、手土産として店の練羊羹が度々持ち込まれていた。
月子も、名前だけは知っていたがむろん食べたことはなかった。
有名店の羊羹が食べられるのだと割り切り、月子は隣の部屋へ踏み込む覚悟を決めた。
「だから!それは、岩崎の旦那からの依頼!!うちは、仕事を引き受けただけ!!サクラだろうが、ザクロだろうがっ知るかっ!!こっちは仕事だっ!!」
二代目の罵声が、見事に月子を迎えてくれる。
「二代目、なんだ!そのザクロというのわっ!!」
「うっせぇーよ!!若者のシャレだよっ!おっさんには、わからねぇのかっ!!」
これは無理だ。
月子は入り口で立ちすくむしかなかった。
「……い……いも……」
そこへ、涙目のお咲が呟いた。
「あ!お咲ちゃん!食べたいのよね!!」
男二人に挟まれ、頭上で怒鳴り散らされているお咲は、床に座り込んで、芋が、芋羊羹が食べられるとじっと待っていた。
が、いつまでたっても、怒鳴り会うだけの男達に、お咲は、ついに我慢出来なくなったようだった。
「そうですよ!何を怒鳴りあってるんですかぁ?!お茶の用意できました!田口屋さん!早く!芋羊羹!お咲ちゃん待ちくたびれて、泣いちゃってますよぉ!」
茶を乗せた盆を持って梅子が、づかづか入り込んで来る。
「さあ!月子様も食べましょう!」
その一言で、男二人は佇んでいる月子に気が付いた。
「月子ちゃん!芋羊羹食ったら俺と来なっ!!」
二代目が、何故か、必死に叫ぶ。
「二代目!だから、月子は、関係ないだろ!どうして、月子なんだっ!」
「そりゃ、京さんが一番分かってるだろっ!!まだ、あんたは、昔のことを引きずって!!月子ちゃんに、何も、月子ちゃんの前で、昔のあれこれぶり返すようなことすることねぇーだろうがっ!!」
そんな男といても月子は、幸せにはならない。だから、自分と一緒になる方が絶対幸せになるるのだと、これまた、どうしてそこに繋げるのかと驚くほど強引な言い分を二代目が押し通してくる。
「月子は、私が幸せにする。それは、互いに了解済みだ」
岩崎が、じろりと二代目を睨み付けた。
「えーー!なんです!その月子様の取り合い!もう、それは、よそでやってください!田口屋さん!いいから、芋羊羹さっさと渡してっ!!」
梅子は、梅子で、茶が冷めてしまうと苛立っている。
「あのな、梅ちゃん!このおっさんは、昔のゴタゴタをまだ持ち出して来て、いわくつきの演奏なんぞしてんだぜ?!」
さっき男爵夫婦に聞いたのだと二代目は、ぷっとほっぺを膨らませ、不服そうに言っている。
「ああ、なんとかいう曲ですか?お咲ちゃんも上手でしたけど?それが?」
「それ、それが、問題なのよ!岩崎の旦那も、プンプン!夫人は、キィーキィー言ってるしさぁ!」
「でも、田口屋さん。月子様は喜んでましたけど?私も良い曲だと思いました。ってことで、さあ!!!」
梅子は、二代目へにじり寄り、芋羊羹を早く差し出せと怒鳴り付けた。
その勢いに、二代目は、目を丸くし、ついでに岩崎も、唖然としている。
「月子様、こちらへお座りになって!食べましょう!食べましょう!」
二代目から奪い取った包みを開けながら、梅子が見事にその場を仕切った。
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