梅子が、包みを開けたとたん、皆は一斉にどよめき、竹皮に包まれる芋羊羹へ釘付けになった。
「い、い、い、いもーー!!」
お咲が興奮しきり、手を伸ばす。
「お咲!駄目だよ!お咲は女中だろ?月子様が先だよ!!」
梅子に厳しく言われたお咲は、びくりと肩を揺らして手を引っ込める。
梅子は素知らぬ顔で、羊羹を取り皿へ移し始め、一皿をお咲きに差し出した。
「月子様の分。お咲、持って行く!」
「は、はい!お咲は、女中だから!月子様の女中だから!」
梅子から取り皿を受け取ったお咲は、ぎこちなく月子へ皿を渡した。
「月子様。これは躾なんです。お咲ちゃんは、確かに小さいですけど、岩崎男爵家の使用人ですから、それなりの振る舞いが出来ないと男爵家の家名に泥を塗る事になります。私達は、お咲ちゃんをしっかり躾る様に言われているんです。それに、行儀作法が身に付くから、結局、お咲ちゃんのためでもあるんですよ」
梅子は、お咲へ厳しくした態度に驚いている月子へ事情を語った。
言われてみれば、もっともな事だった。
食べ物も手掴みで食べる状況では、お咲自身が困ることになるだろう。
皆、先々の事、細々とした事までちゃんと考えているのだと、月子は感心しつつも、梅子の言いつけに従っているお咲が、少し不憫に思えた。
梅子に悪気はないのは十分に分かっている。しかし、月子はつい、自身の過去、西条家でキツイ口調で命じられていた日々を思いだし重ねてしまっていた。
お咲の場合と自分は異なると分かっていても、長年受けてきた事が月子の中でくすぶっていた。
「お咲ちゃん、ありがとう。立派な女中さんだね……」
道理は通っていることでも、お咲に辛いと思わせたくないと思った月子は、皿を受けとると、
「はい、女中さんにご褒美。あーん」
一口大に芋羊羹を楊枝で切り分け、お咲へ食べさせてやる。
月子に言われたまま、嬉しそうにあーんと口を開けるお咲は、芋羊羹を与えてもらったとたん、うううう、と、唸りだし、
「つ、月子様!!」
美味しいと目に涙を溜めて月子へしがみついた。
「え?!そんなに、美味しいの?!」
取り皿に残っている芋羊羹は、黄金色に輝いて、確かに美味しそうに見えた。
「そう、そう!ほんと、唸ってしまうぐらい美味しいんですよ!船橋屋の芋羊羹って!自分達で作っても、あの、しっとり感と上品な甘さはだせないんですよー」
梅子が笑いながら、さあさあ、と、月子へ勧めつつ、岩崎と二代目へ皿を渡そうとするが……。
「え?!なんですか?!お二人とも!!田口屋さんはわかるんだけど、なんで、京介様まで?!あーんって、お咲ちゃんと一緒になって口開けてるんですかぁっ?!」
「え?!梅ちゃん、お咲は、月子ちゃんに、あーんされてんだよ?羨ましいだろ?」
「はあ?だからって、田口屋さん?おあずけくらっている犬みたいに、ポカーンと口開ける事ないと思いますけどねぇー」
半ば呆れながら、梅子は二代目を見た。
「梅ちゃんに、男の夢ってものは、わかんねぇーだろうなぁ」
二代目は腕組みし、遠くを望んで考え深げに頷いている。
「え?あーん、の一つや二つ、私がやってあげますよ?だから、田口屋さん、私と一緒になりませんか?」
「おお!そうかい、梅ちゃんが、あーん、してくれるのかい?って、はぁぁぁ?で、一緒になるってぇぇ?!」
突然の梅子の申し出に、二代目は声を裏返し驚くが、それは、岩崎も月子も同じくだった。
何を言っているのかと固まり切る皆の事など気にならない様で、梅子は、ニカリと笑っていた。
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