テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
8話目もよろしくお願いします!
スタートヽ(*^ω^*)ノ
――キヨの記憶。
俺には、愛してやまない恋人がいる。
……いや、いた、と言う方が正しいのかもしれない。
好きなものへの執着が、とにかく強い人だった。
部屋はいつも、自分の「好き」で溢れていて、
それら一つ一つに、ちゃんと意味と物語があった。
こだわりが強くて、
でもそれは頑固さじゃなくて、
大切なものを簡単に手放さない優しさだった。
感情の起伏は激しくて、
さっきまで笑っていたと思ったら、
急に黙り込んだり、ふいに泣いたり。
表情がころころ変わる、その全部が愛おしいと思える。
笑うときは、少し目を細めて。
困ったときは、無意識に唇を噛む。
照れると、耳まで赤くなる。
――本当に、可愛い人だった。
あの人は、俺の世界のすべてだった。
誕生日の日は、決まってスターチスの花束を贈っていた。
派手な花じゃないけれど、 それでもレトさんには絶対これを贈りたいと最初から思っていた。
花束に添えるカードには、いつも同じ言葉を書く。
――誕生日おめでとう。
言葉は多くなくていい。
想いは、花に託せばいい。
ある年の誕生日だったと思う。
花束を受け取ったあの人が、不思議そうに首を傾げて言った。
「ねえ、なんでいつもこの花なの?」
少し照れたように笑いながら問いかけてきた。
俺は一瞬だけ言葉に詰まって、
それから、ゆっくりと答えた。
『スターチスの花言葉、知ってる?』
首を横に振るのを見て、
俺は続けた。
『“変わらぬ心”とか、“永遠の愛”って意味なんだ』
『枯れても、色がほとんど変わらない花なんだよ。どれだけ 時間が経っても、レトさんへの想いは色褪せる事なく続く』
レトルトは少し驚いたように目を見開いて、
それから、困ったみたいに笑った。
「キヨくん…重いわ!」
そう言いながらも、
花束を抱きしめる腕は、やけに大事そうだった。
俺は、その横顔を見ながら思った。
――たとえ、何があっても。
――時間がどれだけ流れても。
この想いだけは、変わらない。
変わらぬ心。
永遠の愛。
それは、花言葉であると同時に、
俺があの人に誓った、ただ一つの真実だった。
◉キヨ視点◉
――俺が死んだ日。
その日は、凄く天気が良くて気持ちのいい日だった気がする。
レトさんは朝から上機嫌で、
「欲しいフィギュアがあるんだよね」って、
子どもみたいに目を輝かせていた。
「キヨくん、一緒に行かへん?」
そう誘われただけで、胸の奥が温かくなった。
断る理由なんて、どこにもなかった。
並んで歩きながら、
レトさんは少し前を、軽やかに歩いていた。
楽しそうに笑って、振り返って、
「早くしないと売り切れちゃうやん!」
って笑いながら言ってた。
その背中が、愛おしくて。
俺は笑いながら、
そんなレトさんを見ていた。
――横断歩道を渡っていたときだった。
突然、世界が歪んだ。
エンジン音。
ブレーキの悲鳴。
視界の端で、制御を失った車が突っ込んでくるのが見えた。
一直線に、
レトさんめがけて。
考える暇なんて、なかった。
『レトさん――!』
叫びながら、身体が勝手に動いた。
腕を伸ばして、思いきり突き飛ばす。
驚いた顔。
レトさんは前に飛ばされて、倒れた。
次の瞬間、
衝撃が、全身を打ち抜いた。
身体が浮く。
景色が回る。
息が、肺から一気に抜けていく。
地面に叩きつけられながら、
それでも俺の目は、レトさんを探していた。
倒れたまま、こちらを見ている。
無事だと、分かる。
――ああ、よかった。
その瞬間、
不思議なくらい、怖くなかった。
痛みよりも、
後悔よりも、
胸にあったのは、ただ一つ。
「守れた」という確信。
最後に見えたのは、
泣きそうな顔で、俺の名前を呼ぶレトさん。
俺は、あの選択を後悔していない。
レトさんが生きている世界が続くなら――
それでいい。
愛する人が生きていてくれるなら….。
そして、今。
俺は、不思議なことにレトさんを見ている。
すぐそばにいるのに、
どれだけ近づいても、レトさんの視線が俺を捉えることはない。
……見えないみたいだ。
声をかけても、
名前を呼んでも、
俺の存在は、風みたいにすり抜けていく。
事故のあとのことを俺は側で見ていた。
レトさんは、あのとき柱に頭を強く打っていた。
そして――
目の前で、俺が死んだという事実。
その衝撃はあまりにもレトさんには大きすぎた。
脳が、自分を守るために選んだのは、
「忘れる」ことだったらしい。
俺と過ごした時間。
笑い合った日々。
誕生日にスターチスを贈ったことも。
手を繋いで歩いた帰り道も。
――全部。
俺に関する記憶だけが、
きれいに、まるで最初から存在しなかったみたいに、
抜け落ちてしまった。
それを知ったとき、
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
でも、不思議と怒りはなかった。
だって、レトさんは生きている。
ちゃんと、息をして、歩いて、笑っている。
それだけで、十分だと思えた。
ただ――
たまに、胸が痛む。
理由も分からないまま、
スターチスの花を見つめて悲しそうに立ち止まるレトさん。
誰かを探すように、
空を見上げて、少しだけ寂しそうな顔をするレトさん。
俺は、そっと見守ることしかできない。
触れられないし、声も届かない。
それでも、ここにいる。
今日も俺は、
レトさんのすぐ隣で、静かに歩いている。
見えなくても。
忘れられていても。
――愛してる、って気持ちだけは、
何ひとつ、失っていない。
続く