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〜序章〜
―淡い光に包まれて―
穏やかな小鳥のさえずり。涼しげな小川のせせらぎ。
そんな心地よさを感じながら眺める、丘の上にちょこんと建っている我が家。その玄関口で母がどこか寂しそうに手を振っている。少し申し訳ない気持ちになりながらも手を振り返し、普段よりも重みのある鞄を手に歩を進める。
次、ここに戻ってくるのはいつになるのかな。まだちょっとだけ、怖いかも…まさかこんなに早くここを発てると思ってなかったから。
「この村を出てみたい」。そう母に伝えたのはちょうど一週間前のことだった。それを聞いた母は一瞬目を丸くしたが、最終的には俺のわがままを聞いてくれた。それから母は、一生懸命俺が旅に出るための準備をしてくれた。
そして昨日ついに準備が終わって、今日、俺は一人で旅に出る。正直不安なことだらけ。でも母がこんなに協力してくれたんだから、とどうにか自分を奮い立たせた。村を出ると、胸に「やっぱり戻りたい」という気持ちが押し寄せてくる。でもそれをぐっと堪え、前を向く。もう親に頼りっぱなしの俺とは決別するんだ。もうすぐ18になるんだから。しっかりしろ。
そう深く心に刻んで道なりに進んでいくと、ものすごく水が綺麗で透き通っている湖があった。そのあまりの美しさに水面を覗き込むと、少し違和感を覚えた。そこに映る俺自身の目。俺は、生まれつき両目ともラピスラズリのような濃い青色なのだが、右目だけ少し色が違うように見えた。元の青に加えて赤みを帯び、青紫のような色に変化している。でもそんなこと考えても仕方ないので、光の加減かな、と気にしないことにした。
肩で風を切りながら、またしばらく歩く。すると町が見えた。宿でも探そうとそこに足を向ける。着くとそこは、特別大きな町というわけではなかったが、にぎやかな雰囲気に包まれていてとても居心地が良かった。ある程度寝床や食料も確保できそうだ。辺りを見渡すと、宿屋らしきものが目についた。まだまだお昼で寝る時間ではないけど、他に行くあてもないから入ることに。そのドアを開くと、耳をついて中から怒鳴り声が聞こえてきた。
「だからさぁ!何回言ったらわかるんだよ、元貴ってほんと馬鹿。」
「その言葉そっくりそのままお返しするけど?まず声でかすぎ。迷惑になってんの気づかない?」
どうやらここは宿屋兼バーとしてやっているらしく、そのバーの客席で男二人が何か言い争いをしているみたいだ。どうすれば良いのかわからずぼーっと立ち尽くしていると、店主が寄ってきた。
「あれ、お前さん見ねぇ顔だな。珍しい。この町の奴じゃねえだろ?一杯飲んでくか?酒じゃねえのもあるからよ」
こんな状況だから正直乗り気ではなかったけど、断るのも気が引けたのでお願いします、とお茶を頼んだ。注いでくるから適当な席に座っとけと言われ空席を探すと、あの二人組のテーブルの横を通らないと行くことができない位置だった。
まだまだ口喧嘩は終わっていないようなので、恐る恐るその横を通ろうとした。でもタイミングが悪く、その男の片方と肩がぶつかってしまった。するとそいつは目つきを変えて俺の方を睨んだ。
「…何?お前。」
俺は恐怖で何も言えず、彼の方を見ることしかできなかった。彼と目が合うと、男は少し目を見開いて驚いたような表情を浮かべた。そして何か見間違いをしたかのように俺の目を凝視する。そのままそいつも黙ってしまって、数秒沈黙が流れた。それをもう片方の男が破る。
「おい若井、落ち着け。しかもなんだよ急に黙って…」
そう口にしながら俺の方を見たその男も、先ほどの彼と同じような反応をした。俺の顔を見てきょとんとしたような表情をしている。彼も黙ってしまった。この気まずい雰囲気に耐えられず口を開く。
「…あ、えっと…すみませんでした…もう、いいですか?」
そう言ってここを去ろうとすると、彼らが慌てた様子で言葉を紡ぐ。
「お、おいっ、ちょっと待て、」
「お前、名前は?」
「えっ、藤澤です…藤澤、涼架…」
名前なんてこんな危なっかしい奴らに教えない方が良いのだろうが、その剣幕に押されて答えてしまった。
「…藤澤…」
なぜか彼は俺の言葉を反芻した。まるで何か確認をするように。
「じゃあ藤澤、さっきはこいつがぶつかって悪かった、ゆっくり話さない?」
彼は、荷物置きにしていたらしい余りの椅子を引きながら言った。誘導されるがまま席につく。すると、まず今話していた男が先ほどまでの不機嫌が嘘だったかのように、申し訳なさそうな口ぶりで言った。
「改めてごめんね。でも先に自己紹介だけさせてもらうと、」
「俺、大森元貴。適当に元貴とでも呼んで。で、こいつが若井滉斗。俺は若井って呼んでる。」
「は、はぁ…」
向かって左の彼…今喋っている男は、大森元貴と名乗った。向かって右の、最初にぶつかった男、若井滉斗よりひとまわり背丈が低い。俺から見て左から右へ向かって前髪を流していて、左目が見えるか見えないかといったところ。全体的に重めのヘアスタイルで、その無造作に散らされている髪の毛が彼のミステリアスな雰囲気をより鮮明に醸し出す。服装はブラック基調で装飾もなくシンプルで、ダボッとしたオーバーサイズのシャツとズボンを見事に着こなしている。
次、向かって右。若井滉斗。身長は俺と同じか、俺より少し低いぐらい。全体的に大森とは対照的な外見で、まず前髪。彼も大森同様前髪を流しているが、大森と逆向き…向かって右から左へ流していて、また大森よりも前髪が長く、右目が完全に隠れている。後ろ髪も、カジュアルだった大森に対して、シュッと形が綺麗にまとまっている。そして服装。薄いブルーのデニムジャケットの下にブラックのパーカーを合わせていて、ボトムスにはブラックのカーゴパンツ。こちらもブラック主体のコーディネートだが、カーゴパンツのポケットなど装飾がある分、大森よりも活発そうな印象を受ける。
「…えっと、元貴くん、と若井くん、でいいかな、?なんでわざわざ呼び止めたの?」
「なんでって…なんとなく、藤澤の顔、どこかで見たことあるような気がして。あ、あとくん付けじゃなくていいよ。呼び捨てで。」
大森に続いて若井が口を開く。
「それに、なんか…他の人と違って見えた。こう…具体的にどこが、とかじゃなくて…雰囲気っていうの?」
そんなに特徴的な雰囲気出してるか…?俺…?
少し疑問を抱きつつも、なんだかんだ彼らと言葉を交わす。最初は怒りっぽそうで怖かったが、いざ話してみると意外に打ち解けやすく、会話もはずんだ。そこで、二人は昼食を取ろうとしていたところだったということなので、一緒に食べようと誘ってくれた。
せっかくだから場所を変えよう、と二人に案内されたのは、この町のはずれにある湖畔だった。
「すごい…綺麗だね、ここ…」
爽やかな風が吹き抜けていくのを感じながら、芝生にちょうど大きなりんごの木が生えていたのでその下に腰を下ろした。
元貴くん…いや元貴がくれたおにぎりを頬張りながら再度会話を重ねていくと、やはり馬が合うように感じ、まるで昔からの知り合いだったかのような安心感を覚えた。それに木漏れ日に照らされると、二人の姿が少し神秘的に見えて、これが運命の出会いだったのではないかと錯覚してしまいそうになる。だが彼らに特別な感情を抱けば抱くほど、刻一刻と近づいている別れが名残惜しく思えてしまう。
「そういえば、なんで二人はあのバーにいたの?この町に住んでるの?」
「実は俺たち二人で旅しててさ。これね、元貴が言い出したんだよ。意外じゃない?元貴も子供らしいとこあるんだ〜って感じだよね。」
「うるさいな。若井の方が子供でしょ。あ、旅って言ってもそんなすごいのじゃないよ。ちょっとスケールの大きい散歩みたいなもん。」
へぇ、と言葉を漏らしつつ、心に淡い期待が湧いてしまう。
ついて行っちゃ、だめかな…
「じゃあ逆に藤澤は?なんであのバーに来たの?」
「えっ、俺?」
少し…いやかなり素っ頓狂な声をあげてしまった。
「俺は一人旅してんの!…今日からだけど笑」
「今日からって笑」
「それ旅『してる』じゃなくて『始めた』じゃない?笑」
一気に場が笑いに包まれた。自分の発言で笑われると少し恥ずかしい気もするが、二人を笑顔にできるなら悪くないかも…なんて一人で考えていると、若井が口を開いた。
「ね、藤澤は目的地とか決まってんの?」
「いや、特にないかなぁ…」
「じゃあさ!今日からは一緒に旅しない?元貴も良いでしょ?」
「もちろ〜ん。」
「えっいいの!?」
考えるよりも先に言葉が出た。
初対面だけど、二人とだったら楽しい時間を過ごせると思った。
「旅したい!二人と一緒に!」
「じゃあ決まり!これからよろしくね、藤澤。」
…藤澤ってなんか…距離感じる…
「…藤澤じゃなくて涼ちゃんって呼んで、?地元だとそう呼ばれてたからさ。」
「涼ちゃんね?わかった。」
「よろしく〜涼ちゃん!」
言った側が驚くくらいの即答だった。もはや食い気味。でもそんなところも嬉しかったりする。
すると元貴がはい、と手を叩いて場を仕切った。
「じゃ、改めてこれから一緒に旅しよっか。もし途中で行きたい方向が合わなかったら、そんときはもうバイバイ。これで良いよって人〜?」
俺と若井がは〜いと返事をし、各々立ち上がって横に並んで歩き出す。他愛のない会話をする俺たちを陽の光が照らし、その影がどんどん前へと伸びていく。永遠に続くわけではないからこそ、そのちょっとした瞬間すらも大切に思えた。
でも___
この頃の俺は、思いもしなかった。彼らが、この旅が俺の人生をここまで変えることになるなんて。
コメント
2件
❤さんと💙さんの服装かっこかわいい!!フェ1かな?好(ハオ)