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「……まあ、そういう訳で、夢から覚めた少女は、訪れたおとぎの国の余韻にひたり……というような話で……」
「え?!夢?鼠の王様も、王子様も、花のワルツもですか?」
岩崎の説明に月子は驚きの声をあげた。
それでは、すべて消えさってしまうではないか。
月子が踊ったことも、王子様も……。
「いや、だから、はじめに言っただろう?」
月子の胸の内など知らない岩崎は、当然、大きな声で言っている。
「王子様は……」
「鼠の王様と戦う……のだったか?鼠を捕まえるのだったか?さて、どうだったかなぁ?」
むむ?と岩崎は考え込んでいる。
と、そこへ、ドンドン叩く音がして、お咲が体を使い必死にドアを開けていた。
「……月子。うちの鼠がやってきた」
岩崎のからかいに、お咲は、チューチューと鳴き真似しながら、
「月子様!ご飯だよ!」
と、ドアを押し開け、ほぼ乱入に近い勢いで月子の元へやって来る。
大きな盆を持った清子がそろそろと後を付いて来て、続きの間のテーブルへ行くと、中身を配膳し始めた。
見るからに豪華そうな洋食が皿に乗っている。もちろん、生の野菜もあった。
「にくー!!月子様!にくー!!」
お咲は、座っている月子の膝に飛び乗らんばかりの勢いで、肉、肉叫んでいる。
配膳している清子が呆れながら言った。
「お咲は、料理人から色々味見させられて……初めて食べたお肉に興奮しているんです」
「月子様!あとね!ぜいいーっていう、ぷりん、するって食べるのもある!」
「……そ、そう。凄いね、お咲ちゃん」
きゃっきゃと喜んでいるお咲の言うことは、月子にはまるきりわからなかったが、美味しい食べ物が揃っているのだろうと無理矢理理解した。
「なあ、月子」
隣に座る岩崎がボソリと言う。
「……やはり、神田の家へ戻るか?」
ここにいては、確かに人はいるが、大おじのような余計な来客もやって来る。そして、着なれないドレスを着たりしなければならなくなる。もちろん、諸々作法も加わっては、月子が落ち着かないのではないかと、岩崎は思ったようだった。
「うん、女中を誰か連れて帰れば、私が遅くなっても、月子も安心だろう」
お咲と二人きりよりは、安全だと岩崎なりに考えてはみたようだが……。
「京介様。そんな行ったり来たり……月子様を振り回さないでくださいまし」
清子がチクリと岩崎を非難する。
「いや、まあ、そうだがな!住み慣れた家の方が良いだろう?!」
「それは、京介様のお考えでは?月子様にとっては、ここも、神田のお宅も、言ってしまえば、余所の家じゃないですか?」
「え?!」
ためらう岩崎へ、
「とにかく、お食事を召し上がってからお話しなさいませ」
清子が、配膳を終えて、早くこちらへ座れと視線を送ってくる。
「ああ、月子様。ここは、京介様のお部屋ですからね、堅苦しいことは抜きですよ。お箸で召し上がってくださいましな?」
清子から、柔らかな笑みを手向けられ、月子は自分への配慮だと、その心配りに恐縮した。
「月子様!こっち!」
お咲に無理矢理案内されて、月子は立ち上がる。
「うわぁ!」
とたんに、お咲の歓声が上がった。
「月子様!きれー!」
きゃーとこれまた、大興奮するお咲だったが、座っている岩崎と目線が合ったとたん、たちまち静かになって、じっと岩崎を見た。
「なんだ?お咲」
「……髭。旦那様、髭は?!」
口髭が無いとお咲は、固まっている。
「あー、そうなんだ。お咲が、さっき、髭を抜いただろ?あれからだなぁー、全部抜けてしまったのだよ」
真顔で言う岩崎の言葉を、お咲は信じたのか……。
「ええ!お咲のせい?!」
などと、顔を強ばらせ後ずさるが、余りの驚きからか、足がもつれ、ステンと転げてしまう。
ゴンと、音がして頭をぶつけ床に転がるお咲の姿があった。
「きゃ!お咲ちゃん!」
「おい?!お咲大丈夫かっ!!」
月子も岩崎もあわてふためく。
そんな中、清子は、
「やっぱり、神田のお宅へ戻った方がよいのかしら?あちらの方が、皆でこじんまり暮らせるだろうし……」
などと、岩崎の提案を受けるべきかもと呟いていた。