テラーノベル
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「ええ加減にせえよ…。」
塁は片手で桜子の体を力強く押し返した。
自分の気持ちを理解してもらえない苛立ちと、桜子の強引なやり方に遂に怒りを爆発させた。
「…金貸しは女とは一緒にならん…ワシは聞き分けの悪い女は好かんて前に言うたはずや…。」
怒鳴るでもなく静かに地を這うような低い声で桜子に冷たい視線を送りながらそう口にした塁。
「またや…そうやってすぐ金貸しとか肩書き使って逃げようとする…。私は…塁の本当の気持ちが知りたいねん!」
「ワシが…逃げとるやと…?本当の気持ちて何や…そんなもんワシは知らん…。」
そう訴える塁の瞳はどこか空虚で桜子を見ているようで何か違うものを見ているようだった…。
桜子はそのガラス玉のような瞳を見つめ、塁の心の奥底に巣食って払い去れない闇を見た気がした…
「…ずっと自分の事…責め続けてるんやな…塁。」
桜子は塁の中のタブーへ踏み込んだ…
借金取りに追われ、家族を救えなかったのは全て自分のせいだと塁は己を責め続けている…だからお金に執着する。
その言葉が桜子の口から零れた瞬間、塁の表情から一切の感情が削ぎ落とされ能面のようになった。
そのまま無表情で口を開く…
「…人間、何か一つ得よう思ったら他のもん辛抱せなあかんのや。ワシは金貸しに命かけとる…それだけや…。」
「何なんそれ…。そんな決まり誰が決めたん…。じゃあ、塁は何のために金貸しやってんの?何を守りたいん?何をそんなに恐れてるん…!?」
「黙れ、黙れ…… ………やめろ!!!」
…………!
塁の一際大きな怒号が部屋に響いた。
桜子に核心をつかれるような問いをされ、塁はうつむき、肩で息をしている。
自分の中に長い間閉じ込めていた感情が溢れ出して抑えられなくなったようだった…。
…………
少し間をおき、塁は唇を震わせながら口を開いた…
「ワシがどんなもん失くして、どんな事して生きてきたか…お前に分かるんか…。ワシは闇金やぞ…分かっててこんな事しとんのか…。」
塁は震える声でそうポツリとこぼした。
初めて聞く塁の弱気な発言に桜子は僅かに目を見開いた。
いつも何事にも動じず感情に動かされない塁が自分の弱さをさらけ出している…
借金に追われ家族や住む家、安らげる場所を失った塁の癒えない傷が見えた気がして…その事をどうする事もできない自分がもどかしくなり桜子は胸の奥が締め付けられるような気持ちになった。
……………
「…お前は銭のほんまの怖さを分かってないんや……そやから…こんな事出来るんや…。」
その言葉に桜子は首を横に振った。
桜子自身の生い立ち… 妾の子として産まれお金だけで繋がる父親と愛人である母親の関係…。 そして、夜の女として働く中で、金を持つことで生まれる人間の欲望と残酷さがどんなものなのかを桜子自身の目で嫌というほど見てきたからだ。
「私だって…人間のドロドロした汚いとこ、今まで生きてきて嫌んなるほど見てきた。騙されもした…お金で人がどう変わるかも知ってる…だからこそ…それを知ってる塁が…好きやねん。」
「…………っ。」
塁は桜子のその言葉に目を見開き沈黙する…。
…………
…………
…………
「お前の事…自分の欲満たすためだけのどうでもええ女や思っとったら、今頃…手出して抱いとるわ。そやけど……お前の事、傷物には出来ん。ワシかて男の理性、必死に保っとんのや…頼むから…分かってくれへんか…。」
………!
塁は僅かに瞳を潤ませながら消え入りそうな声で桜子の目を真っ直ぐに見据えそう言った。
鬼と呼ばれている男が涙を浮かべながら、真剣に自分と向き合い正直な思いを伝えてくれている… それまで泣き言は言わず弱気な発言は絶対にしてこなかった塁。
だが、その胸のうちにしまっていた過去の孤独や傷、どこにもぶつけようのない感情を少しだけさらけ出してくれた気がして、 桜子はそれが嬉しくてたまらなかった。
桜子の目にも涙が溢れる。
「なんでお前が泣くねん…。」
「そう言う塁だってさっきちょっと泣きそうになってたやん…。」
「そんなんと違う…。」
「またそうやって強がるんやから。」
「強がってへん。」
「ふふ、なんか…私ら小学生の頃と全然変わってへんね。」
桜子は小学生の時に塁とあの約束をした日、同じようなやりとりをした事を思い出した。
桜子に差し伸べられた手を突っぱね続ける塁。
必死に強くあろうとする少年の姿が鮮明に思い出された。
人の優しさを受け入れるのが怖くて、自分が強くある事で頑なに自分を守ってきたのだと思うと。
桜子は塁の事が愛しくてたまらなくなった。 と、同時に自分自身も塁と似たような生き方をしてきた事に気付いた。
「…お前はあの頃から強引やったな…。後先の事何も考えんと勢いだけで突っ走って…ドツボ嵌って…。」
塁は呆れたように、でもどこかそんな桜子の姿を懐かしむような目でポツリ、ポツリと言葉を絞り出した。
「確かに…、でも…あの頃、塁はいつも私のそばにおってくれたよな…。私な…家族に捨てられて今までずっと一人で生きてきたって思ってたけど…そんな事無かったって今気付いたわ…。」
「…何言うてんねん…人間どうせみんな一人やぞ…。」
どこか諦めたような表情でそう答えた塁に桜子は少しだけ体を近づけた。
「ううん、そんな事ないよ。…私が大阪に帰ってきたのは、あの日の約束破ってしまった塁とまた会いたいって思ったから。…苦しいこともあったけど色んな人に助けてもらってそこで人の優しさ知れた。 自分の店開こうと思ったのも、塁と再会してもっと強くなろうって思えたから。そう思ったら…私って全然一人じゃないなって気付いた…。」
「米原…。」
「私、アホやから…。こんな強引なやり方しかできんくてほんまにごめん…。」
そう言うと桜子はお互いの手首にかけられていた手錠の鍵を外した。
カチャッ…
手錠を外された手首に視線を落とし軽く振りながら
「ていうか、なんでお前手錠なんか持っとるんや…。」
それまで張り詰めていた空気がその拍子抜けした塁のひと言で少しだけ緩んだ。
「あ…いやそれはその…。どうしても塁の側に居たいと思ってつい……。 私が今こうなれてるのも塁のおかげやから。」
「あ、アホか…。やめろ。わしは別に何もしとらん…。」
「私が勝手にそう思ってるだけやからいいねん。」
…………
グイッ…
塁はそう言った桜子の腕を掴み、力強く自分の方へ引き寄せた…
「……!」
気付けば桜子は塁の腕の中に包まれていた。突然のことに固まる桜子の体。
あれだけ抱かれたいと望んだ塁の腕の中にいざ包まれると頭が真っ白になり何も考えられなくなった…。
「る…塁……。」
石のように固まっている桜子の様子を察したのか、塁は桜子の頭の上に手を乗せ、まるで子供を宥めるようにポンポンと優しく撫でた。
「今のお前は自分の力で強うなってきたんや。わしのおかげなんかやない。そやから…もっと自分の力に自信持たんかい…。」
塁は桜子を抱きしめながら、不器用にいつもとは違う優しい声色でそう言った。
これまで色んな事を経験してきた自分の努力を塁は全て分かってくれている…そんな気がして それが嬉しくて再び泣き出す桜子。
「そうやってすぐ泣くとこはやっぱり好かんけどな…。」
塁は呆れたように桜子を抱きしめながら頭を撫で慰めた。
「ゔぅ、もうやめてよ…。そんなんされたら…余計に一緒にいたくなってしまう…。」
桜子は突き離すように塁の体をグイと押し返す…が、塁はそれを許さない…むしろ桜子を抱いている腕の力は強くなった…。
「”自分は一人やなかったって気付いた”てさっき自分で言うとったやないか。別にワシの側でずっと一緒におることだけが…お互いを思っとる事の証明やないやろ……?」
「ゔぅ…。だじがにぞうやげどぉ… (翻訳:確かにそうやけど)」
「それに…。」
「それに何…?」
次に紡がれる言葉を求めるように桜子は潤んだ瞳で塁を見上げた。
その瞳に射抜かれて僅かに瞳を揺らした塁が少し恥じらいながら口を開いた……
「わしはどこにも行かへん。 そ、そやから…心配すな…。」
………!
桜子はその言葉に答えるように自分を抱きしめている塁の背中に腕を回しきつく抱きしめ返した。
「でも…、一緒になってくれへんのやな…。」
「……今のわしにはそれは出来ひん。」
その言葉が胸に刺さり、桜子は塁のスーツの布地をギュッと握り締めた…。
暫く二人はそうしていた…
痛いほどの沈黙が部屋を満たす。
時計のカチカチという音だけが答えを急かすように二人の間で鳴っている…
そして、ようやく桜子が覚悟を決めたように口を開いた…
「分かった…。私も自分のお店頑張る……。 」
塁は桜子のその言葉にフッと息を漏らした。
「……おう。それでこそ米原や。」
塁は本気で自分のことを思ってくれてる。桜子を見つめる塁の目からその思いが伝わってきた。例え一緒になれなくても、 その思いさえお互いが感じて知っていればもうそれでいいのかもしれない… 塁の目を見ているとそんな風に思えた…
「塁の気持ちも考えんと、いっつも強引な事ばっかり…ほんまにごめん…。」
「ほんまじゃ…こっちの気持ちも知らんと…。」
「だってほんまに好きやから…。」
「他にもっとまともなやり方あるやろ…。」
「たしかに…笑。 塁……また会えてほんまに良かった…。」
塁は少し視線を逸らし………
「おう…。もう何処にも…行くなや…。」
不器用に紡がれた塁のその言葉が桜子の全てとなった…。
何よりほんの僅かでも塁のぶ厚く覆われていた心の中の気持ちを知れた事…自分は何よりそれを求めていたのかもしれない…桜子はそう思った。 一緒になって常に側にいる事だけが全てじゃない。 それぞれが納得した時に…
一緒になれたらいい。
“また会おう”
まだ小学生だった2人がしたあの日の何気ない約束。
それが忘れられない約束になり…
18年の時を経て、この瞬間、ようやく本当の意味でその約束が果たされたのだった…。
コメント
1件
もう、すごかったです…。塁が初めて感情をさらけ出したシーン、胸が締め付けられました。あれだけ強がっていた男が「ワシかて男の理性、必死に保っとんのや」って泣きそうになりながら言うところ、泣けました。桜子の「塁の本当の気持ちが知りたい」という執着も、塁の過去を知れば知るほど納得で。小学生の頃の約束がようやく果たされたラスト、じんわりきました。この不器用さがたまらないです。
ruruha
785
#マフィア
らむらむ
497
13
あおい
1,153