恵菜の視界が揺らぎ、目尻に雫が溜まっていると感じた瞬間、頬を伝ってハラリと流れ落ちた。
(ヤバい……せっかく谷岡さんにドライブに連れてきてもらったのに……私……思いっきり空気壊してるよ……)
恵菜は純から背を向け、そっと指先で涙を掬い取ると、凪いでいるような海へ眼差しを向ける。
「ごっ…………ごめんなさい。楽しいドライブが……台無しになってしまいましたね。でも……湘南の広大な海を見てたら……自分の中にあった思いを、全部口に出せました」
彼女は笑顔を無理矢理に作り、顔に被せると、斜め上から視線が落とされているのに気付いていないフリをした。
純の視線が恵菜に絡みつき、身動きが取れず、目の前に広がる青い世界を、ただ眺めている事しかできない。
再び、恵菜と純を包む沈黙の空間と、寄せては返す波の音。
隣から、小さく息が零れ落ちるのを耳にした彼女は、おずおずと彼を見やった。
「まだ…………君の中には、離婚した時の心の傷が……根深く残っているんだと思う」
黙ったまま恵菜の胸の内を聞いていた純が、徐に口火を切る。
「でも、恵菜さんが抱えている過去や傷も含めて、君の全てを受け止めて守ってくれる男は…………きっといる。いや……」
彼の言葉と瞳の色に、熱が込められているのを感じ、恵菜は吸い込まれてしまうのではと思う。
「…………絶対にいるから」
彼の真っ直ぐな視線に射抜かれ、彼女の胸の奥がキューッと締め付けられていく。
ストレートに突き刺さる言葉を、純が放った後、恵菜は頬を桜に染めながら、唇に弧を描かせた。
「何だか私…………谷岡さんには助けられてばかりだし……励まされてばかりですね」
「…………」
はにかみながら笑う恵菜に、純は答えない。
唇を引き結んでいる彼が逡巡した後、真面目な表情で彼女と眼差しを交わしている。
「君は…………」
「…………え?」
「君は……笑っている方がいい。俺が…………海を見に行こうかって誘ったのは、落ち込んでいる恵菜さんが、少しでも気晴らしになって、壮大な海を見る事で、少しでも君が笑顔になれたらって思ったから」
真面目に話していた彼の面立ちが、少しずつ穏やかな顔つきに変化していく。
「さっき、恵菜さんが恋をするのが怖いって伝えてくれた時、俺は、気に障る事を言ってしまった、って後悔したんだ。でも、また君の笑顔が見られて…………良かったって思うし、俺も…………嬉しい」
これは、彼の本心なのだろうか? そのまま、いい意味で受け取っていいのだろうか?
胸の中に広がっていく甘い疼痛を宥めるように、恵菜は、白いコートの胸元をキュッと掴んだ。







