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「なぁ、恵菜さん」
「はい」
不意に彼から名前を呼ばれ、恵菜の鼓動が弾む。
「前にも言ったけど、もし何かあったら、俺に遠慮しないで連絡してくれて構わない。愚痴でも何でも聞くから」
純が、フワリと包み込むような声音で、恵菜を気に掛ける。
思えば、彼と連絡先は交換したものの、自分から純に連絡した事はない。
職場近くの公園で、元夫の勇人に殴られそうになった所を純が助けてくれた日、連絡先を交換して一緒に電車で帰宅。
無事に自宅へ到着した事を知らせた内容と、直後に彼から食事に誘われて、返事をして以降、一度もやり取りをしていなかった。
「恵菜さん、何となくだけど、嫌な事があっても、心に溜め込んじゃうタイプかな、って思ってさ。心がキツいなって感じたら…………いつでも連絡して構わない。その代わり……」
純は、いたずらっぽい笑みを恵菜に覗かせる。
「俺も恵菜さんに、他愛のない事や、日常のどうでもいい事とか、メッセージさせてもらうよ。いいかな?」
「はっ……はい。もちろん、オッケーです……」
「良かった……! これで断られたら、どうしようって考えちゃったよ」
純が安堵したのか、面差しを崩した姿を見て、恵菜もフフッと笑った。
気付くと、既に日は西に傾き、あと少しで日没の時刻になろうとしていた。
「今日は天気もいいし、空気も澄んでいるから、夕暮れの海も凄く綺麗だと思うんだけど、恵菜さん、時間は大丈夫?」
「大丈夫です」
「じゃあ、もう少し歩こうか」
一歩一歩、砂浜の感触を確かめるように、恵菜と純は、ゆったりと歩みを進めていく。
不意に、白皙の小さな手が筋張った手に掴まれ、指を絡められた。
「たっ……谷岡さん……?」
恵菜が身体をビクっと震わせながら瞠目すると、純は立ち止まり、見下ろしながら温和な眼差しを向ける。
「こんな事を聞くの……俺らしくないって思うんだけど……俺と手を繋ぐの…………嫌?」
「いっ……嫌じゃない……です……」
恵菜の答えに、純は、良かった、と呟きながら前を向き、再び歩き始める。
彼女の歩調に合わせて歩いてくれる彼に、恵菜は絡め合わせている指先を、キュッと握った。