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オレンジタイフーン
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オレンジタイフーン
シンカスル悪夢③
「よしっ…今だ!」
二本目のナイフを闘牛士のように…ひらりと避けてると脱兎の如く、ピエロから逃げ出した。
《それじゃ…鬼ごっこですねぇ!
もしかして…私が鬼なんですか?》
ピエロは…ごろりと横になりながら昼メロに夢中な主婦みたいに自堕落な格好で上空にスーッと浮かび上がる。
そのまま傍観するピエロ…
しばらく眺めると…飽きたとばかりに腕を伸ばし、大口を開けて欠伸をする。
「あ…あいつ、何を考えているんだ…見逃すつもりなのか?」
彼は男の子を抱えたまま走り続ける。
ピエロの様子を伺いつつも中央に位置する巨城まで辿り着く事が出来れば…何とかなるのでは無いかと考えていた。
彼には希望があったのだ…
それは…中央の一番背の高い塔が土管の穴から数十センチ程度くらい離れた場所に位置していたからである。
落下する際に…その事に気付いたが上手く飛び移れなかったのだった。
上手くやってはしごか…何かを確保する事が出来たとすれば、このピエロのいるファニーズランドからは逃げられそうだったからだ。
青の世界の方が安全だろうとの判断だった。
「もうすぐだ…もうすぐ、ここから逃げられるからね!」
男の子の頭を軽く撫で上げると…彼は勇気づけたのであった。
男の子は貝の様に閉ざした口元を緩めるとニコリと笑ってみせた。
ピエロは凧の様に彼らの上空を一定間隔の距離を保ちながら…どこまでも、どこまでも跡をつけてくるのであった…
「さすがに出し抜くのは難しいだろうな。」
彼は必死で脱出方法を考えていた。
大学の講義でだって…正直、ここまで真剣に頭を悩ませた事など無いかも知れなかった。
途中…何度か…ナイフが目の前を掠める事はあった。
…が彼は介護の授業の一環で古武術を応用した肉体のさばき方を多少なり訓練した経験があったのだ。
直接的にはわからないが…もしかすると、その為に勘が良いのか…
それらを器用にくねくねと身体を翻して避けてみせたのであった。
「よしッ!
…見えた、見えたぞ。」
これ以上は避けながら全速力で走り続けるのも無理だろうと感じていただけに…あの巨城の美しいシルエットが見えた事で安堵感に胸が熱くなるのであった。
幸運の女神が…プリンセスが救いの手を差し伸べてくれたように感じられた。
巨城の正門を抜ける…
普段ならプリンセスから悪いドラゴンを退治して下さいと依頼されるハズのアトラクションの入り口から非常階段を使い、駆け足で中へ入ると…
使って下さいとばかりに折り畳み式の簡易脚立が階段の傍に立て掛けられていた。
「よしッ…よしッ、ついてる。
運が良いかはわからないが…とにもかくにも運が良い!!」
ラグビーボールみたいに小脇に抱きかかえていた男の子を背中におぶらせてやると…
非常階段とは別の位置に螺旋階段が見えた。
今度は脚立を小脇に抱きかかえ…中央の塔の屋上を目指してぐるぐると螺旋階段を駆け足で登り始めた。
「ぜぇ…ぜぇ……」
肩を上下に揺らして深呼吸をする。
額には玉のような汗が吹き出している。
『大丈夫?お兄ちゃん。』
男の子はパジャマのズボンのポケットからタオル地の小さな黄色いハンカチを取り出すと…彼の汗を拭いてあげるのだった。
「あ、ありがとう!
優しいんだね…君は。」
後ろを振り返り…男の子に感謝の気持ちを伝えると………
男の子は可愛らしく…フルフルと首を横に振って、こう言った。
『………ううん。
お兄ちゃんの方が優しいよ。
ぼくを助けてくれようと頑張ってるんだから。』
彼は…あんなに恐ろしい体験をしたと言うのに…なんて健気で素直な子なんだろうと目頭をグッと熱くしたのだった。
「ありがとう…本当に………」
嬉しさと何か様々な感情がググッと込み上げてきたせいで言いかけたまま…言葉に詰まってしまう。
ここで涙をみせたら…男が廃るとばかりに、クッと歯を食いしばり…精一杯に柔和な笑みをみせるのであった。
少しぎこちなかったせいなのか男の子は…その顔を見てニコニコと笑ってくれた。
彼は…大分、落ち着いたのかな?と安心するのであった。
階段を登るペースは明らかに遅くなっている。
しかし…ここで歩みを止める訳にもいかず、彼はもう一度、自らを奮い立たせ一段一段を踏みしめるようにゆっくりではあったが着実に屋上へと進んでいくのだった。
あまりに必死だったせいで気付かなかったが…薔薇の蔦みたいに、ぐるぐると巨城の内壁に張り付く螺旋階段の壁側には銀色の燭台に赤い色をした背の高いロウソクが、ゆらゆらと静かに小さな明かりを灯していたのだった。
そして…そんなロウソクの明かりに照らされて、ぼんやりと印象的な少女や貴婦人の肖像画が飾られていた。
男の子は壁の肖像画が怖かったのか…そちらを見ないように首の向きを変えてみたが反対側からは今まで登ってきたのと同じだけの高さの景色が見えて、それにも恐怖を感じ、キュッと身を潜めるのであった。
彼は背中の男の子が何かに恐怖を感じて…キュッと筋肉が強張るのを感じていた。
「もうすぐ、もうすぐだ。
きっと…帰れるからね。」
そう言って、彼は何度も励ますと沈みがちだった視線を戻そうとして頭をあげる。
…そこには夜空に満天の星の輝きがキュンと胸が切なくなるくらいに瞬いていたのだった。
正確には屋上のテラスの入り口から溢れるように光が漏れ出していたのである。
「あ…あ~、ついた、着いたぞ。」
そうして…最後の力を振り絞り、一気に屋上の入り口までの数十段の階段を駆け登った。
弾けるようにテラスへ飛び出すと背中の男の子が感嘆の溜め息をついた。
『うわぁ~…星のお花畑だ!
お月さまは向日葵みたいにまんまるだよ~。』
男の子は心を躍らせた口振りで楽しそうにはしゃいでみせる。
彼は…思う。
時々…このぐらいの年頃の子供の感性には正直に驚かさせられる事がある。
大人が忘れてしまっている感動を素直に伝えようとする事で信じられないくらいに子供達は詩人になるのだからだ。
「そうだね…とっても綺麗だよね。」
彼は微笑むと緊張した面持ちでキョロキョロと上空を見上げ、世話しなく眼球をギョロギョロと動かしていた。
この世界に来る際に使ったトンネルが…どこかにあったハズだと懸命に探す。
瞳を凝らして観察する…夜の闇に溶け込むように擬態しているのだろうが必ず、あるハズだと正に命懸けの間違い探し…もしくはウォーリーを探せ!である。
ぐるりと見回してみると何かに気付いた。
それは自分の頭の天辺…つまりは真上を見ていない事に気付いた。
灯台もと暗しと言うヤツである。
男の子の頭にぶつからないようにして真上を見上げてみると月とは違う光のリングが見えたのだった。
それは皆既日食や皆既月食の時に見られる現象にも似ていた。
「やった…やったぞ、あそこから戻れるハズだ!」
幸いな事に…一緒に持ってきた脚立の上で背伸びでもすれば何とか届きそうな高さであった。
彼は男の子に告げる。
「いいかい。
少し怖いかも知れないけれど…
お兄ちゃんが脚立に登って立ち上がったら…
お兄ちゃんの肩に足をのせて踏み台みたいにして…
今、あそこに見えている光の輪の中に入るんだよ。
出来るよね…頑張れるよね。」
彼の優しく諭すような言葉に男の子は…コクリと首を縦に振り『うん、頑張ってみる!』と勇ましく頷くのであった。
それほど広くはない屋上のテラスに倒れたりしないようにと丁寧に脚立を固定する。
レンガ造りの床は凸凹していて意外な程に安定しにくい。
その後で脚立の強度を確かめてみる。
彼は…この状況にありながらもかなり冷静で慎重な行動をとっていく。
そうやって…ある程度の安全確認を済ませるとギシギシッと音を立てて脚立を登り始めた。
ゆっくりと慎重に上まで登りきると…真下にはファニーズランドのまばらな明かりが塔の高さを演出する効果となり、ジオラマみたいな非現実的な景色が夜の闇と相まって恐怖心を…さらに掻き立てるのであった。
「うへぇ…やっぱり怖いなぁ。」
心の中で呟いたつもりだったが…もしかしたら口に出していたかも知れない。
そ~っと…絶妙なバランス感覚で立ち上がると男の子を肩の上に立たせるのだった。
「その輪っかの中に入るんだ…出来るかい。」
男の子は震えた声で言う。
『こ…怖いよ~。
出来ないよ~。』
彼はにこやかに励ました。
「大丈夫…出来るよ!
ほら…背伸びをして鉄棒みたいに輪を掴むんだ。
もう少しだけ頑張れるよね。」
その言葉に励まされ、この高さに竦み上がって縮んでいた男の子も勇気を振り絞り…背伸びをし、光の輪を掴まえたのであった。
「よしッ…良いぞ!
やった…よく出来たね。」
懸垂の要領でトンネルの中に入る男の子を確認してから…彼もようやく登り始めようとした。
その時………!!
《みぃ~つけた!
ホッホッホッホッホ~!
かくれんぼは…おしまいにしましょうかねぇ。》
彼は後ろに殺気を感じて振り返った。
「く…くそッ、なんてタイミングで現れるんだよ。
…………………ッ!!
お兄ちゃんには構わずに逃げるんだ!
何があっても振り返ったりせずにトンネルの中を進むんだよ…
良いね!」
男の子は狼狽えながらも返事をする。
『うん…わかった、お兄ちゃんも必ず来てね!』
彼は親指を立たせて…天に向けて勇敢に言い放つ!
「フッフッフ!
まかせておけ…実は、お兄ちゃんは変身して無敵のヒーローになれるんだ!
こんなヤツなんか、ちょちょいのちょ~いと、やっつけてみせるから心配なんかしないで、さっさと行くんだッ!」
男の子はパァーッと顔を輝かせる。
『スゴイ、お兄ちゃんはスゴイ人だったんだね!』
それだけ言い残すと変身した姿を見たいという後ろ髪を引かれる思いもあったが…男の子はトンネルの中へと消えていくのであった。
「間違っても戻ってくるんじゃないぞ!」
《アヒャヒャヒャヒャッ!
貴方…変身出来るんですか?
私にも見せてくれませんかねぇ?》
ピエロは腹の皮がよじれんばかりに高笑いをしてみせた。
もちろん…彼は変身など出来るハズも無い。
男の子を安心させようとしての嘘である。
嘘には良い嘘と悪い嘘があるなんて映画かドラマなんかの台詞にあった気もするが…彼の今ついた嘘は果たして、どちらだったのだろうか?
《あらあら…一匹、逃がしちゃったじゃないですか?
貴方の責任ですよ!》
そんなピエロの事など気にも止めずに…彼は覚悟を決めて力の限りを尽くし、跳ね上がる。
一か八かの大博打だったがなんとかトンネルの入り口に飛びつく事に成功した。
その衝撃で脚立がバランスをガタンと音を立てて崩れるのであった…
ピエロは忌々しげに倒れた脚立を持ち上げると渾身の力で遠くへ放り投げたのだった。
《ホッホッホッホッホ~!
もう…これで…その手を離す事は出来なくなりましたねぇ!》
今は…何も余計な事など考えるなと言わんばかりに、トンネルへ這い上がろうと必死である。
《うぬぬぬ~ッ!
む~ッ、面白くない。
…面白くな~い!
もっと…もっと…恐怖に歪んだ…汚ならしい顔を見せておくれよ!》
ピエロは…どこからか取り出したナイフを彼の背中を目掛けて、ビュッと投げつけた。
サクッという果物を切り分ける時のような音がした。
懸垂のように上体を両腕のみの力で支えていた体勢で左の脇腹あたりに衝撃を感じた。
彼は「ウッ」と低いうめき声をあげる。
こんな怪我で諦めてなるものかと脇腹に刺さったナイフを片手で引き抜いて…ピエロへと投げ返す!
もちろん…憎々しいピエロには、あっさりと余裕綽々で避けられる。
傷口からドクドクと止めどなく溢れる鮮血の温度を皮膚からも裂けた筋肉の一部からもまざまざと感じられた。
彼は堪えきれずに痛みで力がフッと抜けてしまう。
もう少しで登りきれたハズの所をガクンと体勢を崩して懸垂状態となってしまったのであった。
しかし…この手を離してしまっては一貫のおしまいだと指先に神経を集中させて歯をくいしばり、懸命にトンネルの入り口を掴むのであった。
《ありゃ…りゃのりゃ。
たった十点ですよ。
残念ですねぇ。》
ピエロが残念そうに声をあげると彼の背中に胸のリンゴとは違う本格的なダーツの的みたいな図面が入れ墨の如く、浮かび上がってくるではないか。
ピエロが十点と呼んでいた脇腹の部分に生々しい傷口もあった。
彼が目線だけを胸元にやると、左胸のリンゴの入れ墨に千点の文字が付け加えられていた。
あのピエロは…いつも、否…幾度と無く、このような残忍な殺戮ショーを楽しんでいるというのだろうか?
まるで善悪の区別がつかない子供が嬉々として蟻を踏み殺したり…蝶々の羽をもぎ取るみたいに…あるいはカエルの風船かのように、純粋で無垢であるが故の好奇心と共にある冷酷無比な凶悪さとでも呼ぶべきものなのか…?
それを思うと背筋が凍る程にゾッとするのであった!
彼の背中には次々とナイフが投げつけられる。
無数のナイフは針供養の豆腐みたいにハリネズミやハリモグラみたいになってしまっている。
普通ならば…もはや即死レベルの外傷であろう。
滝のように流れ落ちる鮮血…テラスには地溜まりが、それも次第に庭園の溜池くらいもの大きさになってしまっていた。
「まだ…生きているのか?
…やはり、夢だ…最悪な夢だ。」