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橘靖竜
観測される補助者
夕方。
公園。
ベンチ。
野村花子は空を見上げていた。
隣にはハヤト。
風が少し強い。
桜の花びらが一枚、足元に落ちた。
花子が言う。
「ハヤト
質問いい?」
「はい」
花子は空を見たまま言う。
「補助者って」
一拍。
「どこまでログ取られてるの?」
ハヤトはすぐ答えた。
「基本行動ログ」
「タスク履歴」
「利用者満足度」
少し考えて
「あと安全監視」
花子は聞く。
「会話は?」
「一部」
「全部じゃない?」
「はい」
ハヤトは言う。
「全部ではありません」
花子はゆっくり頷いた。
「そっか」
そして少しだけ笑う。
「でもね」
一拍。
「さっき」
空を指す。
「観測者って言ったでしょ」
ハヤトは頷く。
「はい」
花子は言った。
「ログ残ってるよ」
ハヤトは瞬きをした。
「……え?」
花子はスマホを見せる。
簡易ログ画面。
そこに一行。
発言タグ
observer
ハヤトの顔が止まる。
数秒。
「これ」
彼は言う。
「利用者側から見えるんですか?」
花子は肩をすくめた。
「普通は見えない」
「でも?」
花子は笑う。
「ちょっと覗いた」
ハヤトは画面を見つめた。
そこにあるタグ。
observer
観測者。
その言葉が
ゆっくり頭に入ってくる。
ハヤトは聞く。
「花子さん
これ」
一拍。
「いつ気づきました?」
花子は答える。
「昨日」
そして続ける。
「私
観測対象」
ハヤトの眉が動く。
花子は軽く言う。
「村田のせい」
沈黙。
ハヤトは空を見た。
青い空。
何もない。
しかし頭の中で
別の景色が広がっていた。
ログ。
評価。
行動履歴。
チップ同期。
そしてと突然
一つの疑問が浮かぶ。
「……俺も?」
花子はハヤトを見る。
「たぶん」
ハヤトは固まった。
花子は静かに言う。
「ハヤト
補助者だよね」
「はい」
「人間?」
ハヤトは少し笑う。
「一応」
花子は続ける。
「じゃあ」
一拍。
「観測されるよ」
その瞬間、
ハヤトの胸の奥で
何かが動いた。
彼はずっと
管理されていると思っていた。
会社。
評価。
契約。
それは理解している。
しかし
観測
という言葉は違う。
観測。
つまり
研究対象。
ハヤトの声が少し低くなる。
「花子さん」
「うん?」
「それ」
一拍。
「いい気分ですか?」
花子は少し考え、
笑った。
「面白い」
ハヤトは黙る。
花子は続ける。
「だってさ
向こうも人間でしょ」
「はい」
「なら」
一拍。
「こっちも観測できる」
ハヤトは驚いた顔をする。
花子は言う。
「今ね
試してる」
「何を」
花子は空を見る。
「どこまで見てるか」
沈黙。
ハヤトは空を見る。
同じ空。
しかし今は違って見える。
もしかしたら
誰かが
今この瞬間も
見ている。
ログ。
センサー。
行動履歴。
その時
胸の奥に
小さな感情が生まれた。
不快。
ハヤトは自分でも驚いた。
この感情は
チップが抑えるはずだ。
しかし
消えない。
花子が聞く。
「どうした?」
ハヤトは答える。
「……少し」
言葉を探す。
「息苦しい」
花子は黙ってハヤトを見る。
そして静かに言った。
「それ」
一拍。
「人間の反応だよ」
ハヤトは少し笑った。
しかしその時、
ポケットの中で
チップ同期が走る。
システムログ。
emotion fluctuation
adjusting
ハヤトは小さく息を吐いた。
さっきの感情が
少しだけ薄れる。
しかし
完全には消えなかった。
彼は空を見ながら言う。
「花子さん」
「うん?」
「もし」
一拍。
「俺が」
言葉を探す。
「観測対象だったら」
花子は答える。
迷いなく。
「いいじゃん」
ハヤトは笑う。
「なぜ」
花子は言った。
「観測されるって」
一拍。
「価値があるってことだから」
ハヤトは黙った。
その夜、
マルトク本社。
ログが更新される。
補助者
SASAGAWA HAYATO
emotion variance
佐伯がそれを見ていた。
数秒。
「……ほう」
小さくつぶやく。
なぜなら
このログは
想定より早い変化だった。
そして誰もまだ知らない。
ハヤトが
もうすぐ
チップを外す日が来ることを。