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部活がない日が重なるのは中学校よりも多く、一緒に下校する時間は増えたような気がした。
(まあ、俺の場合はサボっているって言ったほうが正しいか)
高校から、空澄の家までさほど距離はないが、道中何があるか分からない為、一緒に下校したほうがいいだろうと、俺が勝手にそう決めてやっているのであって、空澄の提案ではない。別に俺も提案などしていなく、「部活やる気分じゃないから一緒に帰る」とだけ言って隣を歩く。それに関しては空澄も何も言わないので、聞いてこないことをいいことに一緒に下校しているのだ。
「あずみん、帰りにどっかよってこぜ!」
「金がない」
「俺様が出してやるから」
いや、お前の金じゃないだろう、と心の中で突っ込みを入れ、それでも空澄におごってもらうなど絶対に嫌だと俺は言う。生活が困窮しているから友人に娯楽代を出してもらうとか最低だと思う。
生活が困窮まではいかないが、それなりに節約生活を強いられている。それで満足しているため、別に不満はない。
だが、空澄と関わるとかなり金が飛ぶことはわかっており、色々付き合わされると、バイトのできるような時間もないため、依頼料をかさましするとかそういうのを考えないといけない。大体は、依頼人の提示した金額で依頼を受けているが。
(先生は俺なんかより稼いでいるし、それが本職だろうから……俺も)
俺も暗殺業に専念すれば金が稼げるのではないかと一瞬思ってしまった。だがそれは同時に、空澄との時間を削る事であり、こいつとまた世界が離れていく気がして俺は選べずにいた。先生は俺に才能があるという。俺も才能があると少なからず思っている。先生に褒められたからそれが自信につながっているだけで、自惚れなのかもしれないが、狙撃の腕には今でもやはり自信があった。俺の腕を買ってくれている人が多くいるわけだし、顔も見えない相手からの声は信用ならないが、こうして依頼が来るところを見ると、俺の腕はそこそこなものらしい。
だが、最近本当にこれでいいのかとも思ってきている。
(空澄が望む普通になるためには、こんなことをしている場合じゃないんだがな)
空澄は、普通を望んだ。一般的な生活を。だが、財閥の御曹司であるがゆえに、命を狙われる存在であるがゆえに、普通の生活が出来ないでいる。周りの人間も自分の家柄を見て寄ってくると、少しの人間不信もあり、友人は少ない。けれど、普通をあきらめきれずにいる。そんな友人の1人である俺が暗殺業から足を洗わなければ、あいつの普通は成立しないと思った。
そう、また迷いが生まれてきている。
「えーでも、せっかくだし、どこか寄っていきたいよな」
「金が」
「クレープとか、タピオカとか飲みたい!」
「……」
人の話を聞かない癖は相変わらずで、俺の腕を強引に引っ張っていく。考えるだけ無駄化と、あいつの能天気を考えると馬鹿馬鹿しくなってくる。合わせて普通にならなくてもいいんじゃないかとも。今のところ、暗殺業しかなれるものがないと思っているし、なりたいものも見つかっていない。このまま見つからなければ、その道を選ぶほかないだろうと思っている。実際何が一番いいかは、俺にはわからない。
久しぶりにふと見上げた空は、灰色がかっていて雨が降りそうだった。
「あずみん?」
「えっと、どうした?」
「ぼうっとしてたから、俺様の話聞いてたか?」
「あーえっと、クレープ食べるんだったか」
そうだぞ。と俺が答えると嬉しそうに笑う空澄。たかがクレープでこんなに喜べる空澄が羨ましかった。こいつなら、そこら辺のキッチンカーや店舗で売っているクレープなんかよりもずっといいものを食えるはずなのに。俺に合わせてくれているのか、それともそれが男子高校生の普通だと思っているのか。考えるだけ時間の無駄だが。
そうやって、空澄を見ていると、不意に見慣れた白髪が視界の隅に映り、俺はその人物を凝視してしまった。
(綴……?)
制服姿ではなかったが、それは紛れもなく転校生の綴だった。あいつは転向初日以降はクラスに静かに溶け込んでおり、昼になると1人でどこかに行ってしまう。俺よりもボッチが激しいような奴だと、だが愛想はいいためなにも苦労はしてなさそうだった。ただ、孤独を好んでいるという風にしか見えない。自らそれを選んでいるのだろうが、クラスメイトを値踏みしているような目はいただけなかった。
そんな綴が、白い服に紫色の派手なマフラーをリボンのように巻いて路地裏に入っていくところが見えた。あんなに目立つのに、周りは一切気にしていない。まあ、他人に興味はそこまでないだろうしということで片付けられるだろうが、それにしても空気に溶け込んでいるという感じだった。目を凝らして神経を研ぎすませていないと気づかないような。
「あずみん、どうした?」
「い、いや……なんでも」
見間違いじゃない。そう思いつつ、目で追えばもう綴の姿はなく、いやな胸騒ぎがしつつも、俺は空澄の手を握り返した。
(……やっぱり、そうなのか?)
そう考えていると、途端に雨が降り出し、土砂降りになり、俺達は近くにあったコンビニに駆け込んだ。
「あずみん、またぼうっとしてる」
空澄に指摘され、意識を戻すと、空澄は呆れたというようにふぅと息を吐いた。空澄でもそんな顔をするのかと、いつものあほ面ではない顔を見て珍しく思いつつも、やはり意識はそれてしまう。
最近気になって仕方がない。
隣で授業を受ける綴を見て、どうも意識がそっちに持っていかれてしまうのだ。何もおかしな行動をしていない、ただの同級生を疑うのもおかしい話だが、あの日、路地裏に入っていく綴を見かけてから、疑惑の念は膨らんでいくばかりだった。だからと言って、直接直球に「お前は同業者か?」とも聞けず、俺はただ行動を監視するしかなかった。
それは、空澄のためにもなると自分に言い聞かせて。
だが、実際のところ、同い年の人間に同じ境遇のものが、同じ世界で生きるものがいるかもしれないという親近感や、仲間なんじゃないかという感覚も芽生えてきており、俺もたいがいだなと思った。同じ仲間を見つけて、安堵している。よかったと、俺の辛さを理解してくれるんじゃないかという淡い期待を。
「あずみん、学食!」
「あ、ああ……」
チャイムが鳴り、空澄は俺の手を引っ張った。俺はされるがままに立ち上がったが、教室を出ていこうとする綴が気になって、つい呼び止めてしまった。
「綴」
俺がそう呼べば、彼はすぐに立ち止まり俺の方を見た。
「何? 梓弓クン」
「……学食、一緒に行かないか。お前、いっつも一人だろ」
自分でも驚いた。こんな言葉が出てくるとは思わず、俺は自分でも困惑する。
綴は、俺の言葉を受けて物珍し気に「ふーん」と俺を見る。
「いいけど、空澄が一緒だったらいやかな?」
「は?」
「あっ、でも梓弓クン、空澄にべったりだもんね。僕のことは気にせず、二人で行ってきなよ。いつ、『一緒』に食べられなくなるかわかんないし。僕のことは気にしないで」
「お、おいちょっと待て」
そう呼び止めたが、俺の制止も聞かず、綴は教室を出て行ってしまった。取り残されたような感覚になり、俺は呆然とその場に立ち尽くす。空澄を敵視するような言葉と、最後綴が言い放った言葉に引っ掛かりを覚える。空澄は嫌われるようなタイプでも、恨みを買うようなタイプでもない。そもそも、空澄と綴には接点がない。なのに、何故?
「あ、あずみん?」
「……」
(まあ、いい……拒絶されてるのならそれまでの話だ)
俺は、その後空澄に意識を戻し「学食に行こう」と誘う。空澄は、少し違和感を覚えたようだったが、なんてとなくいつもの調子でその後時の授業もいつも通り受けていた。
帰りのホームルームが終わり、部活も終わって帰ろうかと空澄を探したが教室にも部室の方にもいず、俺は校内を駆け回った。白瑛コースと、普通コースの教室は別棟になっており、普段関わることはない。だが、すぐ迷子になる空澄のことだからと普通コースの教室も探しに行った。だがいなかった。ホームルームまでは一緒だったのだが、部活動で別々になったし、先に帰った……ということも考えられなくはないが、空澄が俺を置いて帰るとは思わない。嫌な胸騒ぎがすると、頭の中で警鐘が鳴っていた。
俺は取り敢えず玄関に行き、靴がないことを確認したのち校門まで出て空澄を探した。だが、どこかにいる様子もなく、結局見つけることはできなかった。
諦めて帰るかと、そう思った時、校門の前に真っ黒な縦に長い車が見えた。空澄のところのだろうかと思ったが、周りに空澄がいる気配もない。なら、いったい誰だろうと、この学校には空澄には劣るが金持ちが通っているわけだし、そういう奴らのかと、思ったがそれもまた違った。車から降りてきたのは黒服の男たちで、ただならぬ気配に目を細める。
「梓弓クン」
「……ッ」
名を呼ばれ、とっさに振り向くとそこには綴がいた。いつもの笑顔を張り付けてはいたものの、完全に目が「あちら側」の人間のようで、殺意が漏れ出していた。
「……お前」
「空澄囮は僕らが預かっている。場所はここ、時間までに絶対来てよ。僕からの招待状」
と、俺の胸ポケットに小さな紙きれを入れ込む。
いったい何のつもりかと綴を引き留めようとしたが、スカッと彼の服をつかむことが出来ず、伸ばした手は空を切った。
空澄がいない、つまり、こいつらに拉致されたのだと理解する。
俺がついていながら不甲斐ない。そう思うと同時に、空澄をこんなことに巻き込んでしまった怒りと、拉致した奴らへの復讐心が募る。感情的になってはいけないと抑えつつも、空澄を拉致して俺をあぶりだす理由がわからなかった。これだけ準備が出来ているとしたら、すでに殺せているはずなのだ。それをしないのはどうしてだろうか。空澄財閥の金が目的なのか、そうではないのか……なら、俺を呼び出す理由はないはずだ。
足りない頭で考えたところで答えは出なかった。
綴は俺の方を振り返り手を振るとあの黒い車に乗って走り去ってしまう。
取り残された俺は、綴から受け取った紙を取り出し場所を確認すると、ぐしゃりとその紙を握りつぶした。