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引っ越しを数日後に控えた日。
俺は、自分なりに「最高」だと思った城の設備をシズちゃんに披露した。
だが、返ってきたのは感嘆の声ではなく、冷ややかな視線だった。
キッチンに鎮座するのは、業務用の一歩手前のようなメタリックな超大型冷蔵庫と、コックピットのような液晶パネルがついた、無駄に喋るハイテクオーブンレンジと電気ポット。
シズカ「天利さん……。
天利さんは、これを使いこなせる自信がおありで?」
天利「いやいやいや!
俺は、おじさんだから機械音痴、デジタル音痴、ハイテク音痴の嫌な三段活用だよ。
でも、シズちゃんなら使いこなせるでしょ?」
シズカ「オーブンは既にあります!」
シズちゃんはガス台の下を指さしながら額を押さえ、深いため息をついた。
天利「ごめん……。
ちゃんと確認すれば良かったね……」
俺はこれまで、女の家に転がり込むか、新界の部屋の床を占領するか、あるいはホテル住まい。
料理は「兄貴分に殴られなければいい」、自炊は「安くて腹が満たせればいい」程度で、家事は下積み時代に「雑用」と「証拠隠滅」の一環として仕込まれた掃除・洗濯のスキルしかない。
「最新=最強」だと思っていた俺のズレた感覚が、シズちゃんの逆鱗に触れたらしい。
シズカ「あの……他の家電は……?」
天利「テレビは明日見に行こう。
他に欲しいものがあったら、それも……」
翌日。
俺たちは都内の大型家電量販店へ足を踏み入れた。
【調理家電:多機能 vs 直感】
炊飯器コーナーで、俺は1番高い「極め炊き(本炭釜)」を指差した。
天利「これ、スマホと連動して外から炊飯予約ができるらしいよ。ハイテクだね」
シズカ「却下ですわ。
私はお米の種類によって浸水時間を変えたいですし、そもそもスマホで炊飯ボタンを押す手間があるなら、その場でお釜をセットします。
それより、この土鍋コートの……」
結局、俺が勧める「AI搭載型」はすべて、シズちゃんの「私の手足として動かない機械はいりません」という料理人的理論で論破された。
だが、ここだけは譲れないと、イタリア製の重厚なマシンを指差した。
天利「シズちゃん、これだ。イタリア製の全自動コーヒーメーカー『エフルマ』。
ミルク泡立ても自動で、豆の挽き具合までスマホで調整できる。
……どうだい、この『プロ仕様』の佇まい」
シズカ「……」
シズちゃんは無言の圧をかけてくる。
天利「(たしかにシズちゃんの趣味ではないだろうし理解してもらおうとは思ってないけど、そんな顔しなくても良くないか?)」
シズカ「天利さん、それ、某有名YouTuberさんの動画で見たことがありますわ。
お値段も、機能も、お手入れの大変さも『規格外』のやつですわよね?」
天利「ああ、動画でやってたのか。やっぱり有名なんだな」
シズカ「天利さん……。
ご自分で『機械音痴の三段活用』だと仰っていませんでした?
毎日、内部ユニットを分解して洗浄し、石灰抜きのアラートが出るたびに説明書と格闘するおつもり?」
天利「……。
……それは、その、俺の舎弟……じゃなくて、俺が頑張るよ」
そういうとシズちゃんは深いため息をつく。
シズカ「人の趣味趣向に口出しする気はありませんが……。
もっと直感的に、美味しく飲める選択肢があるはずですわ。
例えば、こちらの『家庭用コーヒーサーバー』や『カプセル式の抽出機』ではダメなんですの?」
天利「それは、あの、カプセルを入れるやつ?」
シズカ「コチラのコーヒーサーバーは同じメーカーのインスタントの粉末を充填しておけば、ワンタッチで5種類以上のメニューが楽しめますし、コチラの抽出機ならカプセルを捨てるだけで、20種類以上の本格コーヒーやラテが楽しめますわ。
コーヒーを飲むだけなら、コチラのコーヒーサーバーで十分でしょう?」
天利「詳しいね、シズちゃん」
シズカ「実家に、数年前のモデルですがコチラのコーヒーサーバーがあるんですの。
母も私も毎朝コーヒーを飲むので。
知人から譲り受けたものですが、重宝しておりますわ」
天利「(……シズちゃんの実家、意外とハイテクなのか……?)」
シズカ「このコーヒーメーカーなら、私、メンテナンスも完璧にできますわよ。
パーツの分解も洗浄も、お任せください。
……天利さんが、その『巨大な精密機械』と心中するおつもりなら、止めはしませんけれど?」
天利「(……シズちゃんがメンテしてくれる家庭用コーヒーメーカー vs 自分で格闘する高級コーヒーメーカー……)」
俺の脳内にある天秤は、一瞬で傾いた。
イタリアの職人が作った高級機よりも、シズちゃんが手慣れた手つきでお手入れしてくれる家庭用の方が、何倍も贅沢で、何倍も美味いコーヒーが飲める気がしたのだ。
天利「……シズちゃん。こっちのコーヒーにしよう。
俺、やっぱり分かりやすいのが好きだし」
シズカ「賢明な判断ですわ。
……ふふ、毎朝私が淹れて差し上げますわね」
その笑顔に、俺の敗北感は完全に「幸福感」へと書き換えられた。
結局、俺の抵抗は「俺が高級機を欲しがったことで、シズちゃんの家庭的な一面を引き出した」という、これまた俺の勝手なポジティブ解釈で幕を閉じたのだった。
【洗濯機:外干し禁止の壁】
高層階のタワマンは、風が強いため外干しが禁止されている。
俺達の家にはベランダすらなく、かわりに洗濯専用の部屋(シズちゃん曰く「ラバンデリア」?というらしい)がある。
天利「なら、この最強の乾燥機能付きドラム式一択だろ。
洗剤も自動投入だし、何も考えなくていい」
シズカ「天利さん、お言葉ですが、私のデリケートな衣類やあなたの高級なシャツを、その『最強の熱風』で一網打尽にするおつもり?
縮んだらどう責任を取ってくださるの?」
天利「……。
……クリーニング出せばよくない?」
シズカ「何でもかんでも外注に出すのが美徳ではありませんわ。
基本は縦型でしっかり汚れを落とし、乾燥は除湿機と浴室乾燥を併用……店員さん、高層階の湿気対策に最適なモデルはどれかしら?」
店員を巻き込んだシズちゃんの「洗濯学」が始まり、俺は横で「自動投入……便利なのに……」と小さく呟くことしかできなかった。
【ロボット掃除機:美学の衝突】
天利「掃除はこいつに任せよう。名前をつけて可愛がってもいいし」
俺がル〇バの最新型を差し出すと、シズちゃんは冷徹に言い放った。
シズカ「却下です。
あの円盤が、あの美しいアンティークの脚の間をガツガツ叩きながら徘徊するなんて耐えられません。
第一、家の内装に合いませんわ。
掃除は、私がこのコードレスクリーナーとフロアワイパーで隅々まで行います」
天利「……。……俺がやるよ?」
シズカ「天利さんは、高いところの埃を払う係ですわ。
……ふふ、楽しみですわね」
一瞬見せた少女のような笑顔に、元々ゆるゆるだった俺の財布の紐は完全に消滅した。
天利「(掃除すらシズちゃんの采配の一部か……)」
【家電量販店:テレビコーナーの攻防】
家電フロアの最奥、まばゆい光を放つ巨大モニターが並ぶエリアへ足を踏み入れた。
天利「……シズちゃん。これを見てくれ。
100インチの8K超高画質プロフェッショナルモデルだ。
これなら映画館に行かなくても、自宅が劇場になるぞ」
俺が指差したのは、軽自動車が買えそうな値段の、壁一面を覆わんばかりの黒い巨躯だ。
シズカ「……天利さん、正気ですの?
私達の家のリビングは確かに広いですけれど、これではソファから画面までの距離が近すぎて、酔ってしまいますわ。
それに、ここまで大きいと……部屋のインテリアがすべて『テレビ』に食われてしまいます」
天利「大は小を兼ねるだろ?
最新のAIが画質を補正してくれるらしいし、音響もドルビーなんとかで……」
シズカ「却下ですわ。
リビングには、こちらの65インチの有機ELモデルで十分です。
薄型で圧迫感もありませんし、これ以上大きいと、掃除のたびに裏側のホコリを払う私の身にもなってくださいまし」
天利「……掃除か。
それは確かに、シズちゃんの負担になるな」
シズちゃんの「清掃効率」という最強のカードを出され、俺の劇場計画はあっけなく縮小された。
シズカ「……それと、天利さん。
もう1台、小さめのテレビも必要ですわ」
天利「え? 寝室用?」
シズカ「いえ。
……私の、書斎用です」
俺は少し意外に思った。シズちゃんは普段、スマホでレシピを見たり、タブレットでバレエの動画を確認したりしているが、自分の部屋にテレビを置きたいと言うのは初めてだったからだ。
天利「勉強熱心だね。
バレエの公演映像でも観るのかい? なら、そっちこそ最高画質の……」
シズカ「いえ!!普通のでいいんですの!
32インチ……いえ、40インチもあれば十分ですわ。
画質よりも、ブルーレイプレイヤーとの接続がスムーズで、……その、色が綺麗に見えるタイプなら、何でも」
シズちゃんの声が、なぜか一瞬だけ上ずった気がした。
天利「(……?
なんでそんなに必死なんだ?)」
天利「……わかった。
じゃあ、この43インチの、発色が鮮やかな最新モデルにしよう。
シズちゃんの部屋に置くなら、デザインもシュッとしたやつがいいしな」
シズカ「あ……ありがとうございます。
……それで、結構ですわ」
シズちゃんは、なぜか大事な宝物を隠すような、あるいは極秘任務を遂行中のような、妙に真剣な面持ちで配送伝票を見つめている。
天利「(……バレエの映像ってのは、そんなに集中して観るものなのか。
……邪魔しちゃ悪いな、彼女の『聖域』には不用意に踏み込まないようにしよう)」
俺は、シズちゃんがリビングで一緒に映画を観てくれる姿と、自分の部屋で1人、ストイックに研鑽を積む姿を想像し、改めて彼女への敬意を深くした。
……まさかその「聖域」で、彼女が『黒い執事』の推しキャラのまつ毛の描き込みを、一時停止しながらじっくり堪能しようとしているなど、この時の俺は微塵も疑っていなかったのだ。
─── ───
そのまま、生活雑貨のフロアへ。
そこでも俺たちの感覚の差は浮き彫りになった。
天利「このゴミ箱、カッコよくない?」
シズカ「天利さんのお部屋に置くならいいんじゃないですか?」
天利「洗濯ネットなんて100均でいいだろ」
シズカ「これだから素人は……!
ブラジャー用、刺繍入りブラウス用、ストッキング用、メッシュの細かさが全然違いますのよ!」
俺は、多種多様な洗濯ネットや、見たこともない形状のシリコンベラ、さらに「バストイレ用品」や「サニタリーボックス」に至るまで、シズちゃんの厳格な審査をパスしたものだけをカートに積み上げていった。
天利「(……生活って、こんなに細かい決まり事の上に成り立ってるのか)」
新界なら、きっともっとスマートにイタリア製の高機能ツールか厨二病全開の悪趣味な家具を選んでいたんだろうな……。
俺が選ぶのは、どうしても「男臭いもの」や「高いもの」、あるいは「機能が多すぎて意味不明なもの」になりがちだ。
カトラリーコーナーで、シズちゃんが1本の木製スプーンを手に取った。
シズカ「天利さん、これ、お揃いで使いません?
口当たりが良さそうですわ」
天利「……ああ。それがいい」
ようやく、俺の意見(というか返事)とシズちゃんの好みが一致した。
会計を済ませ、大量の配送伝票を書き終えた頃には、俺は組の抗争の後のような疲労感に包まれていた。
だが、隣で鼻歌を歌うシズちゃんを見ていると、悪くない。
天利「(……城を整えるのは俺の仕事だと思ってたけど。……本当の主は、もう決まってたみたいだな)」
俺は彼女の細い肩を引き寄せ、まだ見ぬ「日常」の重みを、心地よく感じていた。
【今回の戦利品メモ】
・縦型洗濯機(静音モデル)
・圧力IH炊飯器(操作がシンプルなやつ)
・スイス製家庭用コーヒーメーカー(シズカがメンテ可能な最新モデル)
・リビング用:65インチ有機ELテレビ(シズカ選定・掃除しやすい薄型)
・シズカ書斎用:43インチ4Kテレビ(天利選定・発色重視)
・最新型ブルーレイレコーダー(「録画ミスが一番怖いですもの」というシズカの強い希望により、3番組同時録画モデル)
・大量の洗濯ネット
・多種多様な調理器具と食器(カトラリー、器·皿、グラス)
・お揃いの木製スプーン
#天利組長