コメント
2件
部屋の電気を消すころになって美沙は気づいた。閉めたはずの屋根裏部屋の入口の戸が、少しだけ空いていることに。
「あれ…?」
エアコンを効かせるために窓はぜんぶ閉めたし、風で空くことはないはずだ。しかも屋根裏は内側が密閉されている状態だから関係ないはず。
美沙はもういちど、屋根裏の戸をぴっちり閉めた。ふう、と溜息が出る。
電灯をオレンジ色の常夜灯にして、ベッドの上に寝転がる。今日も課題で疲弊してよく寝れそうだった。
突然、ゴン……と、重いものが壁にぶつかったような音がした。ネズミでもいるのだろうか?
だが、ネズミの類ではないらしい。ギイイイ……と何かがゆっくり動く音もはっきりと聞き取れた。
──部屋の中になにかがいる。
美沙はすぐさま明かりをつけ、部屋を隅々まで見渡した。
──誰なんだ、何がいるの。
何もいなかった。異変はない。屋根裏部屋の戸が少しだけ開いていることを除いては。
──まさか、この中に?
急速に心臓が高鳴った。充電ケーブルからスマホを抜き取ると、ライトを付けてゆっくりと屋根裏部屋に近づいた。
小さい隙間から、ゆっくり内部を照らしてみる。普段倉庫代わりに使われている場所だ。むかし使っていたおもちゃとか、夏場必要のないヒーター類とかがあるだけだ。なにもいるはずがない。
「入口の閉まりが悪くなったんだろうな……」
美沙は見える範囲に異変がないことを確認してから、もういちど戸を閉めた。
なんだか変な想像に駆り立てられる。もう他界したがかわいがってくれたおばあちゃん。少し前に付き合っていた元彼。単身赴任で県外にいるはずの父親……。──誰かが、わたしを怖がらせようとしてる?
その時だった。またも、ゴン……ギイイイ……と鈍い音が背後から聞こえた。美沙は寒気を感じながらも、自らに怖気付くなと言い聞かせ、振り向いた。
屋根裏部屋の戸が、少しだけ開いている。
美沙は恐る恐る、屋根裏部屋に近づいた。暗闇へ繋がっている境目。
さっきはざっぱに室内を照らし出しただけだったが、今度は把手に手をかけ、ゆっくりと戸を開いた。
刹那、中から黒い影が飛び出る。
「いやっ!」
だが、それは幽霊でも、まして生物でもなかった。身長60cmほどの人形だった。不気味なほどにっこり笑った顔で横たわっていた。
心臓が飛び出しそうなほど緊迫していた心は落ち着きを取り戻したが、手足はその反動でまだ震えていた。
「ふう……ダメでしょ、マリーちゃん。脅かさないでよ」
美沙は人形を抱き抱えると屋根裏部屋の中にそのまま持って入った。恐怖の正体が暴かれてもう安堵しきっていたのか、暗闇に抵抗はなかった。
屋根裏の奥まった部分に人形を横たえると、ゆっくりと屋根裏部屋を出て、ようやくベッドに身を横たえた。
──要は、人形が戸に寄りかかってただけだ。
これまで怖がっていた自分が馬鹿らしくて笑えてきた。部屋の電灯を落とし、眠りにつく準備が整った。
今日はとくにテスト勉強を頑張ったので早く眠りに落ちそうな気がしたものの、なんだか眠れなかった。──屋根裏部屋の問題は解決したし、もう恐れることは何もない。なのにどうして?
ゴン……ギイイイ……
飛び起きた。あの音だった。なんで。もう終わったはずなのに。
部屋の電灯をつけ、屋根裏部屋の方を見る。たしかに、僅かに開いている。
震える手でスマホのライトをオンにして、ゆっくりと屋根裏部屋の戸を開ける。少しずつ、少しずつ……。
屋根裏部屋の中には、とくに何もなかったものの、横たえたはずのあの人形が消えている。
「どうして……」
美沙は両目をうるませながら首を小さく横に振った。
空間に引き寄せられるように、美沙は屋根裏部屋の奥へと進んだ。人形の所在を確かめねばならない気がしたのだ。
ゴン!
突然、背後の扉が閉まった。その反動でスマホを落としてしまう。
美沙は入口の戸にかけ戻り、無我夢中で扉を押した。だが手応えはない。何度も何度も叩く。
ゴンゴンゴンゴン!
「助けてー! お母さん! 誰かー!」
ゴンゴンゴンゴン!
いやに静かな朝だった。
「美沙、いつまで寝てるの? 起きなきゃ遅刻よー!」
美沙の母親はそう言いながら美沙の部屋に入る。
そこには美沙はいなかった。エアコンがつけっぱなしであるにも関わらず、である。
「まったくあの子ったら……あいさつもしないで出たのかしら」
エアコンのスイッチを消し、母親は階下へ降りようとした。
ゴン……ギイイイ……
「ん?」
背後で奇妙な音が鳴ってふと振り返る。
屋根裏部屋の入口の戸が、ほんの僅かに開いていたのだ。
しかし彼女は気にとめず、1階に降りた。どうせ戸がゆるくなっているだけだと思ったからだ。
明るみと暗闇の境目の隙間には、にっこり笑った顔をしたままこと切れている、誰にも気づかれることのない、哀れな少女が倒れていた。