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殺す者は本来信条的にユカリ派で、しかし大王国が所有していた使い魔だ。ラーガがレモニカを暗殺しようとしたとはソラマリアにはとても信じがたいことだった。黒幕が何者なのか、それは口に戸を立てられない使い魔に聞くのが手っ取り早い。
「すまないね。剥がされたのは砦内で次に貼られた時には砦外にいたのだが、何者だったのかは分からない。死角から剥がされ、貼られた時もすぐに【命令】を与えられて姿を見ることができなかったんだ。だが、声は分かる。ラーガ王子でないのは確かだが、戦士たち全員の声を知っているわけでもないしな」
それが殺す者の言い分であり、念のために【命令】によって吐かされた偽らざる事実だ。
机に貼られて改めて顕現した殺す者は三人の女に囲まれ、申し訳なさそうに縮こまっている。
「決して私から離れないでください」とソラマリアはレモニカに忠告する。
「まるで用心棒ね。私も欲しいな」とリューデシアは呑気に言う。
「お兄さまを疑っているの? ソラマリア」とレモニカは悲しそうに呟く。
「使われた凶器の所有者を疑うのは当然です」とソラマリアはにべもなく答える。「ただ動機が思いつきません。レモニカ様を脅威と思うはずがありませんし」
「貴女が欲しいとか?」とリューデシアがソラマリアを指さして言う。
「まさか。レモニカ様を殺したところでラーガ殿下が私の人事権を得られるわけではない。何より私は主を殺した者に傅いたりはしない。たとえ大王家の人間であろうとも」とソラマリアは思わず昔の口調で返す。「とにかくまずはユカリたちに報告しましょう。魔導書の気配で分かるかもしれません」
窓辺のリューデシアが何かに気づいた様子で外を覗き込む。
「何かあったみたい。人が集まってる。兄上と妙な服を着た女の子? それにたぶん使い魔たち」
「そんなことがあったなんて! ごめん! 私がもっと早く気付けば!」
広場へとやって来たソラマリアに事件を聞いた魔法少女ユカリがレモニカに抱き着くと、その呪いが一時的に解け、レモニカ本来の姿に変身する。
「こちらは大丈夫です。そちらでは何があったのですか?」とレモニカが尋ねる。
「要塞を出入りする魔導書の気配に気づいたんだよ。でもここの区別はつかないし、気配が多すぎて総数までは把握できないからラーガ殿下に使い魔たちを集めてもらった」
お陰で要塞内広場には沢山のがらくたが転がっていた。丸太や岩石、人形、櫃、衣装。広場に呼び出された使い魔たちが順番に、念のために封印を剥がされていた。万が一何者かに貼り直されて【命令】が与えられていたとしても、これで初期化されたという訳だ。
そして全ての魔導書が集まった時、ユカリが東の方角を指さす。「あっちに逃げてる。こっちの対処に気づいたんだ。そう遠くない。先行くね」そう言って、ユカリは杖に跨り、流星のように紫の光の尾を引いて飛んで行った。
「我が妹を殺めんとした不貞の輩を捕らえろよ! 不滅の魔導書とて恐れるな! 所詮は背を向けて逃げ出した鼠よ!」
ラーガの命令に戦士たちは鬨の声を上げ、城門へと殺到する。
「ソラマリアも追って」と本来のレモニカから妬まれしレモニカに変身したレモニカに命じられ、反論を試みる前に耳元で囁かれる。「お兄さまへの疑いは晴れたでしょ」
すぐに大王国の戦士たちを追い抜き、寒さから身を守るように縮こまった丘を越え、去り行く秋を寿ぐように黄に染まった木立を抜け、しばらくして既に冬の裾に触れて枯れきった野原に行き着き、ソラマリアはユカリに追いついた。と、同時に接敵した。
やはり使い魔だ。亀の甲羅のような鈍色の大鎧。全身を覆う甲冑の他は二振りの剣を両手に握り、待ち構えていた。何故か鎧の隙間から絶えず水が漏れ出ており、足元の水溜まりは広がり続けていた。
「こいつは時間稼ぎじゃないか?」とソラマリアがユカリに訊く。
「はい。他にもまだいます。そっちを追いますね」
「ああ、任せた」
ユカリは再び飛び立ち、亀のような使い魔の頭上を飛び過ぎる。使い魔がユカリに気を取られている内に、ソラマリアは抜刀し、一足に距離を詰め、斬りかかる。が、剣で防がれる。その強さは一太刀で察せられた。まるで鉄塊を打ち据えたようにびくともせず、そのまま押し返される。
「レモニカ様を殺そうとしたのはお前たちか?」
「違うと言えば、退いてくれるのか?」
「そういう訳にもいかないな」
力強さだけではない。ソラマリアの閃きの如き太刀筋は悠々と見切られ、返すように放たれる二筋の剣捌きは電光の如く迸り、守勢を強いる。二匹の蛇の如く、反りのある剣は自在に繰り出され、一度として同じ軌跡を描くことなく、また繰り出す調子も微妙に変化し続け、ソラマリアを翻弄する。
しかしその丁々発止を見たものがいたならば、そしてその者が剣による戦いに通じていないならば、まるでソラマリアが押しているように見えただろう。それもそのはず、斬り合いは確かにソラマリアが後塵を拝しているはずだが、使い魔は徐々に後退っているのだ。相手が強者でないならば、早く逃げたい一心がそうさせるのだ、と理解できるが、使い魔は決して遅れを取っていない。であれば、攻めに攻めて決着を急いだ方が他の追っ手に囲まれる可能性は低いはずだが、振る舞いはその逆なのだ。
事実、火花を散らし、立ち回りを重ねる内に、ラーガの戦士たちが追い付いた。しかしソラマリアは加勢しようとする戦士たちにユカリを追うように求める。
「ユカリが追っている相手が一人とは限らない。そっちを頼む。ああ、全員だ」
戦士たちが走り去り、使い魔は剣を止ませることなく叫ぶようにして疑問をぶつける。
「さすがに俺を舐めすぎじゃないか!?」
二振りの剣が蛇の顎の如くソラマリアの剣に食らいつき、その刃を断った。ソラマリアは直ぐに冷たく凍り付くような呪文を唱え、氷の剣を生成する。
「舐めているのはお前だろう。あるいはそれがお前の力なのか。端から私を足止めすることに力を尽くすばかりで、殺す気概が感じられない。それでいながら後退るのは、その力の源たる魔術に条件でもあるのか」
「意外だぜ。思ったより洞察力があるんだな」
「私が相手取ることになるかもだろう使い魔は把握している。護る者だな?」
「ご名答。だが分かったところで結果は変わらないぜ?」
氷の剣と二振りの剣が克ち合う。氷の剣は易々と断ち折られ、しかし次々に生成される。それでいて今度こそ本当にソラマリアが押していた。氷剣は幾本も折られるが、護る者が甲冑を身に着けていなければ、生身の人間ならば命に至っただろう刃の数もまた増えてゆく。そしてとうとうその瞬間がやって来る。
二振りの剣が弾き飛ばされ、弧を描いて枯草の向こうへ消え、護る者は鎧の重みに耐えかねたかのように背後に倒れた。
「護る相手の距離で強さが変わるといったところか?」とソラマリアは推測する。
「またまたご名答。俺が負けた時、それは対象を逃がしきった時って訳だ」
ソラマリアは使い魔の膝当ての裏に隠されていた封印を剥がし、ユカリを追う。そしてそう離れていない距離、小高い丘の向こうからユカリの悲鳴が聞こえてきた。ソラマリアは全力で丘を駆け上がり、その頂上で冷たい風を浴びると同時に甘い匂いに包まれた。
ユカリは野原に身を投じて縮こまり、ラーガの戦士たちはまるで悪霊のような黒い靄に襲われ、七転八倒している。