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「私に……私に勉強を教えてください!!」
私はこの黒宮仁という一人の人間のことをもっと理解したいと思い、何の考えもなしにそんなお願いをした。
正直なところ、私は勉強なんかしたくない。したくないどころか、授業中もずっと『早く休み時間になれ』と、呪詛のように心の中で連呼している程の勉強嫌いだ。
なのに、私は黒宮さんにそれをお願いしてしまった。自分でも理解不能だ。だけど、勉強が嫌いだという事実よりも、黒宮さんのことをもっともっと知りたいという気持ちの方が優ったのだろう。
この気持ちが何なのか、今の私では理解できない。そういう意味では、黒宮さんのことだけではなく、私は私自身のことも知りたいと思っているのだ。
それだけは確信を持つことができた。
これだけ気持ちを込めてお願いしたんだ。きっとオーケーしてくれるに違いない。
が、やっぱり黒宮さんは黒宮さんだった。
「は? どうして俺がお前なんかに勉強を教えなきゃならねえんだ。こっちは忙しいんだよ。悪いがお断りだ」
ええ……と、私は心中で溜め息混じりに落胆。でも、やっぱりこういう展開になるか……。一筋縄ではいかない。
でも、まあ黒宮さんだからなあ。と、納得してしまう私も私だけど。
だけど、私はそんな簡単には諦めない。こうなったら奥の手を使うまでだ!
一体、どういう奥の手かと言うと、これである。
「黒宮様! お願いします! 成績の悪い私のために、どうか、どうかこの通り!! 勉強を教えてください!!」
地面に両膝を付き、そのままそこに頭を擦り付けるが如く必死の低頭。つまりは土下座だ。
しかし、奥の手が土下座って……。私、やっぱりバカなのかな。うん。バカなんだろう。だって、黒宮さんが眉間に皺を寄せながら黙ってしまったし。恐らく、悩んでいるか、呆れているかのどちらかだろう。
「あ、あのー、黒宮さん? ここまでしてお願いしてるんですから何か言ってくださいよ。土下座ですよ? 私のなけなしのプライドを捨ててまでの土下座に情けくらいにかけてくれたっていいじゃないですか」
「いや、そりゃそうだが。それ以上に、お前にプライドがあったことに驚きだよ」
「あるに決まってるじゃないですか! 小さいですけど……」
「小さいって、お前のプライドはどれくらいの大きさなんだ?」
「東京ドーム一個分です」
「全然小さくねえ……。おい、ガマガエル。中間とか期末とかの成績はどんな感じだったんだ?」
「え? 中間? 期末? い、いえ。私まだ入学したばっかりなので、そういう試験は受けてなくて……あ、でも! ちょ、ちょっと待っててくださいね!」
私は一度、土下座を解除。そしていそいそと通学用のカバンから数枚の用紙を取り出し、そしてそれを黒宮さんに手渡した。
「なんだこれは」
「はい! 今まで受けた小テストの結果です!」
「なるほどな。じゃあちょっと見せてもら――」
黒宮さん、絶句。しかも珍しく口を開いたまま唖然としてる。あれ? もしかしてこれ、私の作戦勝ち? 意外と上手くいくかも?
「が、ガマガエル、お前……」
「ど、どうでしょうか?」
「どうでしょうか、じゃねえよ……。どうやったらこんな点数取れんだよ……」
まあ、そんな反応になってしまうのは分かる。私自身もそう思っていたから。そして、黒宮さんはそのテストの点数を口に出した。
「3点、5点、3点、れ、0点……!? 0点なんて生まれて初めて目にしたわ」
「でしょ? 私もびっくりですよ」
「開き直ってんじゃねえよ……。ガマガエル、お前って本当にバカだったのか。そりゃ土下座もするわ」
「てへっ♪」
「舌を出して可愛子ぶってんじゃじゃねえ! だ、お前。どうしてこれらを常にカバンの中に入れてあったんだ?」
「だって、家に置きっぱなしだったら親に見つかっちゃうじゃないですか。そうしたら怒られちゃうじゃないですか? そんなことも分からないなんて、黒宮さんって実はバカ?」
「お前が言うな!!」
深い溜め息を「はあーっ」とついて、肩をガクリと落としてしまった。長い黒髪が垂れて顔が隠れてしまう程に。
「ガマガエル。お前、このままじゃ間違いなく留年するぞ?」
「りゅ、留年!!?」
そして今度は私の番。黒宮さんよろしく、深い溜め息をついて肩を落とした。りゅ、留年のことなんか全く頭になかった……。
訪れる、沈黙。永遠に続くのではないのかと思える程に、長い時間だと感じた。実際はほんの一〜二分間だったはずなのに。
そして、その沈黙を終わらせてくれたのは他の誰でもない。
黒宮さんだった。
「――分かった。今日から勉強を教えてやる」
私は心の中で叫んだ。『よっしゃー!』と。
でも、私を見る黒宮さんの目がやけに優しいのが気になって仕方がない。いや、違うな。そうじゃないな、この目は。私を哀れんでるだけだ。
う……なんか妙な精神的ダメージが。
しかし、それが功を奏したのか、黒宮さんが思いがけない提案を口にした。
「勉強は教えてやる。その代わり、交換条件を付けさせてもらうぞ」
「はあ。交換条件ですか? もしかして私の体目当て――」
「お前の体なんて交換条件にもなりゃしねえよ。手羽先みたいな体じゃねえか、ガマガエルは」
「て、てば……」
正直、ムカついた。華ちゃんだってそこまで酷いことを言ったことがないのに、男子が女子に向かって手羽先みたいな体とか。普通言わないだろ! バカにすんなこのクソ黒宮!
「じゃあ手羽先かどうか確認します? 私って結構あれですよ? 脱いだらすごい的な」
「ああ、すごいだろうな。色んな意味で。ていうかお前、恥じらいってもんはねえのかよ」
「もちろんありますよ! でも、まあその……見てから判断しろよこの野郎! って感じです」
「俺は一体何を判断すりゃいいんだよ……。呆れて言葉が見つからねえ。女子だったら女子らしくしろ。言動も行動も」
「あれー? おっかしいなあー。黒宮さん、私のことをさっき両生類が何とかって言ってませんでしたっけ? やっぱり私の裸を見たいだけじゃないんですか?」
「ねえ。それはねえ。お前の裸なんか見たら目が潰れるか腐るわ」
そこまで言うかこの人は!
しかし、今は我慢だ我慢。黒宮さんは何かしらの条件付きみたいだけど勉強を教えてくれると言ってくれた。ここでまた癇癪を起こしてしまったら、その話は流れて私が恥を晒しただけになってしまう。
「……なんですか、交換条件は」
「なんで不機嫌そうにしてんだよ。お前、今度の土日は予定あるか?」
「いえ、ないですけど。今のところ」
「今のところってどういう意味だ? いきなり予定が入りましたじゃ困るんだけどよ」
「あ、いえ。大丈夫です。もしかしたら誰かが私をデートに誘ってくるかもしれないってだけですから」
「……そうか。じゃあ空いてるな」
「いや、だからですね。もしかしたらデートの予定が入る――」
「黙れ。絶対にそんなことはねえ。あり得ねえ。とにかく、土日のどちらかで俺の手伝いをしろ。そしたら今日から勉強を教えてやる」
なんでそこまで『ない』って言い切れるのかな? いや、そういえば華ちゃんにも以前同じことを言われたっけ。分からないじゃんそんなの!
……て言っても、そんなこと一度もなかったし。黒宮さんと華ちゃんの方が正解か。認めたくないけど。
「分かりました。予定が入ったとしてもその日は断るようにします。それで、黒宮さんのお手伝いで、私は一体どこに行くことになるのかくらいは教えてくださいよ」
この後、正直驚いた。あまりにも予想外だったから。私が抱いていた黒宮さんの印象と全く違ったから。
そして、彼は口にした。
この人には全く似合わない、とある『単語』を。
「ボランティア活動だよ」
『第11話 白は黒を知りたい【2】』
終わり