テラーノベル
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あれから3日ほど経ち、トラゾーに午後から会って話したいことがあるとメッセージを送った。
午前中はぺいんとと遊ぶということは聞いて知ってたから、楽しいのかかなかなか既読が付くことはなかったけど。
その後もメッセージを送ったり電話をかけたけど、トラゾーからの返信も電話に出られることもなかった。
「まぁ、そういうこともあるか…」
仲のいい2人の邪魔をするのもダメかと思ってスマホをテーブルに置く。
嫉妬してないといえば嘘になるけど。
「…コーヒーでも飲むか」
実家を出て、トラゾーと暮らそうと借りた部屋。
まだ物は少ないけど、気に入ってくれるんじゃないかと思ったソファー。
彼の好きな色。
お湯を沸かしている間、部屋を見渡す。
これからきっと物が増えていく。
そういうありきたりなことを共にしたいと思った。
何気ないことを一緒にしていきたいと思ったから。
誰よりも傍でそれを見ていたいから。
そこでカチッとお湯が沸いた。
マグカップにお湯を注いで粉末を溶かす。
「あちち…」
一口飲み、飲み慣れた苦味が広がる。
まだ少ない食器類も話をしながら増やしていきたい。
お揃いとかでなくても気に入ったものとかをここに置きたい。
「笑っててほしんだよな…」
トラゾーは守られるほど弱い人間ではないけど、それでも笑った顔は守りたい。
他でもない、俺が。
そう思いながら、コーヒーを半分ほど飲んだところでテーブルに置いていたスマホが短く何度か鳴る。
「ん?」
鳴り止んだスマホを手に取り誰からだろうと通知を確認する。
トラゾーのは音を変えてるから。
「ぺいんと?…どしたんだろ」
画面に並ぶ通知をタップする。
クロノアさん大至急!
来てください!
送られてきた短い動画。
『…らっだぁさん、お話ししたいことがあります。今から会えますか』
電話をするトラゾーの姿。
何が許せないって、相手だ。
「……は?」
ぺいんとが午後からどうするかと聞くと用事があるとやんわり言われたらしい。
電話してくると言ったトラゾーの表情があまりにも険しいものだったから様子を伺っていると、彼の名前が出た。
それで何かあると咄嗟に動画を回し俺に送ってきた、というのが事の顛末だ。
「らっだぁさん…」
なんとなく、俺と同じ想いをトラゾーに向けてる気がしていた。
まさか、最近俺を避けるようになった理由はらっだぁさんなのか。
「……」
あまりしたくなかったことだったけど、ことは一刻を争っている。
自身のスマホのGPSのアプリを開く。
開く前にLINEを見たりしたが、通知音が無い通りトラゾーからの返信はない。
既読もついていない。
「……行かなきゃ」
場所は分かった。
ぺいんとと別れて移動し止まった点を見て舌打ちする。
俺は最小限のものだけ持ってそこに向かうことにした。
「(あの人、俺らのこと分かっててしてんのか)」
胸の内に広がる昏い感情。
多分それはらっだぁさんじゃなくてトラゾーに向けてしまう。
タクシーの中、小さく息を吐く。
スマホを開き、もう一度送られた動画を見る。
「……話したいことってなに、?」
しばらくして運転手に着きましたと言われ帰りも乗ることを伝えて一旦降りる。
さっきまでは大通りから外れた裏の道っぽいところを指し示していた。
もう一度、アプリを開くと少し移動している。
「こっちかな」
人とぶつからないように小走りにそっちに向かった。
遠くに見慣れた姿がふたつ。
近付くにつれ、トラゾーのコロコロと変わる表情にぷつりとなにが切れた。
足を早め、目的の人物の腕を掴む。
「ぅわっ⁈」
驚いて振り向くトラゾー。
「な、ん…で?」
俺を見て明らかに焦っている。
「何ではこっちのセリフだよ。スマホ、見てない?」
「え?」
言われてスマホを開いたトラゾーは更に目を見開いた。
「ノアよくここって分かったな?」
「…とぼけるのはやめてくれます?」
「ぺいんとに言われて来たんか?」
「あいつは事情知ってますからね」
掴む腕を振り解かれないように強く握る。
「それにしたって、ピンポイントで場所わかるとかすげぇな」
「それに関してはノーコメントです」
「GPSでもトラに仕込んでんの?」
「黙秘します」
なんで分かるんだこの人。
トラゾーは挟んで言い合いをする俺らを困惑しながら交互に見ていた。
「トラゾー、とりあえず帰ろう」
「ぇ、あ、えっと…」
「話があるから、大事な」
大事な。
ちゃんと伝えなければならないことを。
「拒否権は…」
「ないね」
「……」
即答した。
拒否権なんてあげない。
今のこの状況も説明してもらわないといけないから。
なんの話をしていたのかは何となく予想はつくけど。
ちらりとらっだぁさんを見れば笑っていた。
「じゃあ、また。次に会う時はらっだぁさんにとって残念なお知らせをすると思います」
「さて?どうだろうね」
「いえ、絶対に」
「……言うようになったなノアも。まぁ、その時はちゃんとお祝いするよ」
どういうことか分からないトラゾーは眉を下げていた。
とにかくここから早く離れなければ。
腕を引き進むと律儀なトラゾーは振り向いて、肩の荷が少しおりたかのように呑気に挨拶していた。
「あっ、らっだぁさん今日はありがとうございましたっ!また、俺とも遊んでください」
「おー、いつでもいいぞ。俺はな」
「…行くよトラゾー」
苛立ち思わず舌打ちをした。
びくりと顔を俺に向け、複雑な表情をしていた。
らっだぁさんといた時に見せていたものと違いすぎて手に力が入る。
「わっ、待っ、…」
足が縺れながらも俺に着いてくるトラゾー。
ちらりと視線だけ振り向けば手を振るらっだぁさんがいて、トラゾーは真面目に会釈を返していた。
それにまた舌打ちをした俺は歩みを早めタクシーを待たせている大通りに向かった。
──────────────、
マンションに付き、代金を払ったタクシーは去っていった。
「……」
無言になりマンションを見上げるトラゾーはひどく傷付いた顔をしていた。
何も言わずに連れてきたけど、その顔を見ても腕を離す気にはならなかった。
「……」
オートロックを外して中に入る俺にトラゾーは着いてくる。
「……」
「……」
お互いエレベーターで上がっていく道中も一言も発さない。
トラゾーはまだ泣きそうな顔をしている。
無理やり連れてきたせいだろうか。
「(傷付けることしできねぇや)」
自室に着きドアの鍵を開けた俺はトラゾーの方に振り向く。
「……入って」
「ぇ、で、も…」
戸惑ってる。
説明もなしに連れて来られればそうなるだろうけど、俺にもさっきのことを聞く権利はある。
「…入ろっか?」
笑顔で促したつもりだ。
「は…い、…」
おそるおそる中に入るトラゾーを見て鍵をかける。
防犯の為に、と言うのは建前ですぐに逃げられないようにするというのが本音だ。
「っ、…」
息を呑んだ彼の背中に触れる。
「こっち」
そのまま押して、中へ誘導した。
さっきまでいた簡素なリビング。
困っているトラゾーの背中をまた押す。
「まだ何も無いけど、座って」
「失礼、します…」
例のソファーに座ってもらう。
「お茶しかないけど、飲むかい?」
「え、あ…お言葉に甘えて…」
冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出してコップに入れる。
そうしながらも座るトラゾーは視界の中に捉えたままだ。
「はい、どうぞ」
「あ、りがとう…ございま、す…」
真隣に座わり、トラゾーの顔を覗き込む。
「それで?なんでらっだぁさんといたの?」
まどろっこしいことは聞かない。
「!、そ…それは…」
ビクッと言い当てられたのか体が強張った。
「俺に隠し事してる?」
「そんな…っ!」
顔を上げた緑色が俺を見ていた。
「俺に隠れて、あの人の何の話してたの?」
「ぃ、いや、…えっと…」
「言えないこと?」
顔を近付け、後ろに下がるトラゾーを追い詰めていく。
「トラゾー」
「ぁ、う…」
ソファーの肘置きに背中が当たってそれ以上下がれなくなったのをいいことに更に距離を詰めた。
「言わなきゃ力づくで吐かせるようにするけど」
肩を押さえつけて上に乗る。
これ以上は逃げ場がない。
流石のトラゾーも観念したのか、口を開いた。
「……こ、恋人になって欲しいと、頼まれました」
「あ?」
予想はしていた。
だけど実際トラゾーの口からそれを聞いた瞬間、出したことがないくらいドスのある低い声が出てしまった。
案の定、驚いてびくりと体を跳ねさせたトラゾー。
俺だって驚いている。
「…で?トラゾーは何で答えたの?」
有無を言わさように先を促す。
トラゾーは蛇に睨まれた蛙のように固まる。
「答えて?」
「こ、断りました…」
「…そう」
その答えに安心した。
直接会って断りを入れたのはトラゾーらしい。
真面目が故に、深読みしすぎた。
「クロノアさん、こそ…俺に言わなきゃ、いけないことあるんじゃ…?」
そう俺を見上げるトラゾーは何を言われてもいいと言わんばかりの顔をしていた。
「あぁ…そうだね」
多分、もう逃げないだろうと思ってトラゾーから退けて立ち上がる。
「ちょっと待っててくれる?」
彼を座りなおさせ、目的の物を取りに行く為に。
「……はい」
間を空けて返事をしたトラゾーはぎゅっと手を握りしめていた。
一瞬、離れた瞬間逃げられるのではないかと考えがよぎった。
「……いや、もう逃げるのはダメだ」
リビングを出る寸前、俺の思考を読んだようにトラゾーからそんな呟きが聞こえた。
目的の小さな箱を持ってリビングに戻る。
静かにドアを開けると俯いて小さく震えるトラゾーがいた。
「トラゾー…?」
声をかけると顔を上げたトラゾーが泣いていた。
「なんで泣いて…?」
慌てて近寄り屈んで顔を覗き込んだ。
すると更に涙がボロボロと大粒になって落ちていく。
「(怖がらせちゃったからか…?)」
そう思ったら服の裾をぎゅっと握られた。
「トラゾー…?」
「やです…クロノアさん、他の人と、結婚しないでください…」
「他の人…?」
どういうことかと疑問符が浮かぶ。
「…あっ……いえ、ごめん、なさい…っ」
何だかとんでもない勘違いをされてる気がし始める。
「(そんなことより)」
止まらない涙をごしごしと袖で拭うトラゾーの手を止める。
「擦れちゃうよ」
痛くないように優しく目元を撫でると、トラゾーからぶわりとまた涙が溢れ出る。
「っ、ごめ、なさ…ッ」
こんなに泣くなんて。
ふと、俺の意地の悪い部分が顔を出す。
「…いいよ。……ね、トラゾーは俺が他の人と結婚するの嫌?」
こくりと頷かれた。
だけど、すぐに首を横に振られた。
「クロノアさん、には…普通に幸せッ、…になって…ほしいです…だか、ら、…っ、俺のことはもう、切り捨て、てください…ッ」
再び俯くトラゾー。
ボタボタと落ちる涙は彼のズボンに大きなシミを作っていた。
「……トラゾー」
「、…っ…」
顔を上げてくれない。
「トラゾー」
頬を包んで顔を上げる。
「普通ってなんなの」
「だ、って…クロノアさ、…結婚、するんでしょ…?」
やっぱり勘違いをしている。
でも、俺が他人と結婚すると思ってるトラゾーの緑は揺れている。
涙のせいだけではないと思う。
「普通って何?女の人と結婚して、子供できて、死ぬまで一緒にいてってこと?それならトラゾーでもいいじゃん。何が違うの?俺にとっての普通はトラゾーとがいい、トラゾーじゃなきゃ嫌だ。俺は君を切り捨てることなんてできない。俺が求めてるのはトラゾーなんだよ」
「…へ…?」
わけが分からない。
そんな顔。
別の人と一緒になることが嫌と思ってくれてるトラゾーに笑う。
「手、出して?左手」
「…?」
その意味に気付いていないトラゾーら素直に左手を出した。
その手に俺の手を添える。
「?、…!、っっ⁈」
「トラゾー、俺の話ちゃんと聞いてなかったでしょ」
左手の薬指にはめたもの。
「さっきも言ったけど、トラゾーの言う普通を俺は君と共にしたい。俺はトラゾーと一生、一緒にいたいんだよ」
トラゾーからぽろっと涙が一粒落ちて、それはぴたりと止まった。
「で、も…結婚式呼んでって言った時に当たり前だよって…」
「あれってぺいんとたちのことじゃないの?」
「え…?」
まだ把握しきれてないトラゾーは首を傾げている。
「……やっぱり勘違いしてたんだ。…通りで急に避けられたり話が合わないなって思ったんだ…」
隣に座り直して俺はトラゾーの左手を握る。
「トラゾー、作業に集中してたしね…俺も言うタイミング悪かったって思うよ」
「待っ……、そもそも、俺たちって、付き合ってたんですか…?」
「は?え、まさかそこから…?嘘だろ」
「え」
信じられないと、はぁと溜息をつく。
恨みがましくトラゾーのことをじっと見る。
「鈍感もここまでくれば、ある意味すごいな」
「すみませ…」
「いや、はっきり言ってない俺も悪いね」
トラゾーの左手に俺の右手が絡む。
「トラゾー、俺と結婚する為に付き合って」
「っ!」
「と言うか、これを受け取った時点でもうトラゾーに拒否権はないよ」
薬指にはまる光るものを指で撫でる。
「トラゾー、答えは?」
「…クロノアさん、他の人と…結婚し、ない、ってことですか…?」
「俺はずっとトラゾーしかいないよ。勘違いされてたけどね」
苦笑いすると、トラゾーから力が抜けた。
「おれ、と…?」
「うん、そうだよ」
「ょか…った…ッ」
無防備で、心から安心したと言わんばかりの幸せそうな笑った顔。
それを見て、これをずっと守っていきたいと思った。
「トラゾー、好き。大好きだよ」
溢れる気持ちを伝える。
「俺も、クロノアさんのこと、大好きです…っ」
やっと聞けたトラゾーの想い。
「なら、返事は?」
「もちろん、はい、です…ッ」
ようやく聞けたトラゾーの答え。
嬉しくて左手を引いて抱きしめる。
「やっと、抱きしめれた」
「ごめんなさい…俺…」
そういう接触は避けられてきた。
俺だって男だし、好きな人は触りたい。
でも、俺の一方的な思いだけではしたくなかったから。
我慢することにしていた。
「いいよ、これからいっぱい触るから」
「ひ、ぇ…ッ⁈」
耳元で囁いてやればトラゾーの肩が跳ねる。
「勘違いさせてた分も、傷付けてた分も、泣かせてた分も、ね」
「っっ〜⁈」
「勿論、俺は我慢させられてた分、もうしないからその辺りは覚悟しといて」
「!!?」
そういう意味だと察したのか顔が真っ赤になっている。
「目元以外も真っ赤になっちゃったね」
「えっ、ぁ、う…ッ」
「可愛い」
そうわざと低く囁く。
そして、そこでキャパオーバーしたトラゾーは気を失った。
コメント
5件
ッ〜〜〜!!!✨️(←言葉にならない気持ち) ほんっっと最高です!お互いの気持ちの違いがとても面白くて勘違いが解けてく感じがたまりません! 今後どうなるのが楽しみです!! (書いてくれませんかね?|´-`)チラッわがままばっかですいません!!)
話し出すの速すぎてありがとうございます!もうほんとに色んな人目線で見れるの最高です!今回もお疲れ様です!🙇🏻♀️