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旅立ちの日を控えたある日。私は喫茶店の厨房で、山積みにされた甘みの強い果実――ポノを見つめていた。
ポノは甘くて柔らかい。生で食べれば瑞々しく、口いっぱいに幸福を広げてくれる。だが難点もある。熟すのが早すぎて、三日も経てば傷んでしまうのだ。旅の食料としていくつか持って行くがこれでは腐ってしまう。
「保存が効く形にしないと、、」
私はそう呟いて、エプロンの紐をきゅっと結んだ。
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1、乾燥保存の試み
まず思いついたのは干すこと。
私は輪切りにしたポノを竹の簀に並べ、外の軒下に吊るした。夏の暑さを感じる。
陽の光を浴びれば、水分が飛び、甘さが凝縮されるはずだ。
「アイビー、見張っててね」
隣で丸まっていた猫のアイビーが、尻尾をぱたぱた振って答える。
、、、三日後。
表面は少し硬くなり、飴色の半透明に変わっていた。指でつまむと、ねっとりとした感触。
口に入れてみると――。
「、、甘い。けど、ちょっと酸味が強いかな」
噛めば噛むほど甘さが広がるが、人によっては渋みが気になるかもしれない。
「そのままではお土産にするには弱い」
上手くいけば、売りたい。
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二、砂糖漬けの工程
次に思いついたのは、砂糖漬けにしてから干す方法。
念の為、王都で買い置きしていたものだ。
鍋に水と砂糖を入れ、ゆっくりと火を通す。そこへ半分に切ったポノを沈めた。
ことこと、、ことこと、、、。
甘い香りが広がって、店の奥からフェムル様が鼻をひくつかせて覗いてきた。
「、、また何かやってるな」
「保存食です。これなら旅に持っていけますし、売り物にもなると思います」
「ふむ、、」
彼は腕を組み、無言で頷いて出て行った。こういう時の反応は、悪くない証拠だ。
、、、それから。
一晩砂糖に漬け込んだポノを、再び干す。
翌朝、飴色に輝く実を口に含むと――。
「おお、、これは!」
砂糖が表面をコーティングし、外はカリッ、中はしっとり。酸味は抑えられ、蜂蜜に似た深い甘さになっている。
私は思わず笑みを零した。
「これなら、、お菓子としても売れる!」
、、、作るためには砂糖を仕入れるべきだが。
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三、粉末化の発想
だが旅先での携帯性を考えると、もっと軽くて簡単な形が良い。
私はさらに一歩踏み込んでみた。
干したポノをすり鉢で潰し、粉状にしてみる。
香りは芳醇。少量を舐めてみると、砂糖よりも柔らかい甘み。
「これを焼き菓子に混ぜたら、、」
小麦粉と混ぜ、試しに小さな丸いクッキーを焼いてみた。
焼き上がったそれは、ほんのり赤みを帯び、噛めばふんわりと果実の甘さが広がる。
「うん、美味しい。これなら王都でも十分勝負できる」
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四、領民たちとの実験
その日の夕方、私は出来上がった干しポノと焼き菓子を住民に配った。
「わぁ、、あまい!」
「これなら子どもでも食べやすいな」
「干した方は酒のつまみにもなりそうだ」
様々な反応が返ってくる。特に宿屋の女将さんは目を輝かせた。
「旅人相手に出せば、きっと喜ばれるわよ!」
皆が口々に喜んでくれる。
悪くないようで安心した。
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五、主様の反応
夜。報告のため、フェムルは主様のもとを訪ねた。仮面の奥の視線はいつも鋭い。
「、、また妙なものを」
「保存の効くお菓子だそうです」
フェムルは干しポノとクッキーを差し出した。
主様は渋々手を伸ばし、一口。
「、、」
「どうですか?」
少しの沈黙の後、低い声が返ってきた。
「……くだらない」
「、、、」
フェムルは残りを処分行おうとしたが、
「下がれ、、、」
そう言われたので置いたままにした。
また一つ口に放り込む。
小さく笑った。誰もいないところで二つ目を食べる、それが何よりの答えだ。
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六、名付けと準備
商品化にあたり、私は名前を考えた。
干したポノは「陽だまりポノ」。
焼き菓子は「ポノサブレ」。
「覚えやすくて、旅人にも親しみやすいでしょ?」
そう笑うと、フェムル様は「安直だな」と呟いたが、口元は少し緩んでいた。
こうして、ポノを使った保存食の試作は形となった。
この品が、きっと領地の未来を開く第一歩になる――私はそう信じている。
翌日。旅立ちの荷に干しポノと焼き菓子を詰め込む。
応援してくれる皆の顔を思い浮かべながら、私は深呼吸した。
「よし、、行こう、アイビー」
「ニャー」
甘くて温かな香りが、背中をそっと押してくれていた。