リアンと焔が階段を降りて行くと、一階にある居間の様なスペースでソフィアがお茶の用意をしていた。テーブルには二人分の新しい湯呑みが置いてあり、緑茶の様な香りが室内を和風テイストにし、焔にとってとても心地いい空間へと変えている。昨日のような茶菓子的物までは無かったが、その代わりに鉱石の塊が何種類か置いてある。多分これらは昨夜の収穫物の一部を自慢する為に出してあるのだろう。
『おはようございます、主人。丁度今起こしに行こうかと思っていた所だったんですよ』
「あぁ、おはよう。お茶を淹れてくれたんだな、ありがたい」
「ありがとうございます、ソフィアさん」
椅子に座りながら焔達が挨拶と共に礼を言う。リアンは焔の向かい側に座ると、早速並んでいる鉱石の一つを手に取った。
「綺麗な水晶ですね。昨夜取って来た物ですか?」
『えぇ、そうです。昨夜入った洞窟の中で沢山採取が出来まして。大型の蠍や蜘蛛、蛇などがわんさかいましたが、幸いワタクシは敵認定されずに済んだのでやりたい放題でしたよ』
なんでも昨夜のソフィアは、重量オーバーでこれ以上持てなくなるまで採取し、ログハウスに戻って来て荷物を置いては、また洞窟へ戻り——の、繰り返しをして来たそうだ。蜘蛛の糸や鉄鉱石といった別の素材も大量に取れたらしいく、ソフィアはホクホク顔をしていそうな空気を漂わせている。
「よかったな、またクラフト作業が進みそうじゃないか」
アレだけ昨日散々クラフト作業を楽しんでやっておきながら、ちょっと他人事気味に言い、焔が湯呑みを手に持ってお茶を飲む。彼は濃いめに淹れられた緑茶の味を存分に楽しむと、ほっと息を吐いた。
『そういえば、今朝は着物ではないのですね、主人』
「あぁ、リアンが用意してくれたんだ——」とまで言って、「……あ」と焔が小声で一言こぼした。
コイツの作った物は着ない方が良いと昨日判断したばかりなのに、寝起きでぼけっとしていたとはいえ、いとも簡単にアッサリと用意されていた服を着込んでしまった。しかも、最も穿くものかと思っていた下着を含めて。
男が服を贈るのは、最終的に脱がせる楽しみがあるからだとかいう話をまた思い出し、まさか今夜も、昨夜の様な目に遭うのか?と思っただけでたらりと嫌な汗が額を伝う。
嫌な予感を抱えながら焔がチラリとリアンの様子を伺ったが、何か他意がありそうな雰囲気はまるで無く、「私の着ていた服を分解して一度素材に戻し、それらを元に作り替えてみたのです」と普通に返事をしている。
(……んー。俺の考え過ぎ、か?)
本心を丸隠ししながら爽やかな笑顔を浮かべているリアンからは怪しい匂いは感じられない。嘘を見抜けなくなっている焔の現状では、雰囲気から読み取る能力すらも低下しているのだが、やっぱりその事に気が付く事は出来ないでいる。
「衣類を染めた染料は昨日主人が作った物を勝手に使わせて頂いたのですが……すみません、事後報告になってしまって」
「あ、いや……それは別にいい。此処にある物は全て共有財産だろ。だが、私物を分解はせずとも良かったのに」
「その件は蒸し返しちゃ駄目ですよ、主人。コレは私がやりたくてやった事なんですからね」
ニコッと微笑み、その件はもう終わりですよと暗に伝える。
「……わかった。ありがとう」
焔はそう言って頷くと、一番小さな鉄鉱石の塊を手に取ってじっと見詰めた。『これで何を作れるのだろうか?』と、レシピ一覧を全く記憶していない為不思議でならない。『多分武器の類、だよなぁ』と考えていると、ソフィアが二人に声を掛けてきた。
『主人のそのブレスレットと衣装は宝石付きの物なのですね。お綺麗ですよ、とっても』
焔の着ている服の胸元には赤い宝石が飾られている。手首にはめているブレスレットも同様だ。どちらにも魔術系スキルが備わっており、魔法攻撃力アップの効果が付与されているとても貴重な物なのだが……『召喚士』である焔は『黒魔道士』とは違って攻撃魔法を本人が使う事は出来ないので、完全に宝の持ち腐れだ。
「まぁ、確かに綺麗だな」
自身の胸元を見て、装飾してある宝石を改めて確認する。色的にどうやらこの宝石はガーネットの様だが、綺麗な物は大好きでも、目利きでは無い焔は確信を持てなかった。
「えぇ、とても綺麗ですよね。まるで主人の瞳のい——」
突然、リアンの言葉が途中で途切れた。『主人の瞳の色の様だ』と続けようとしていたのだが、 どうして自分が、そうだと思ったのかがわからない。焔の目元には布でしっかりと目隠しがされていて一度も瞳を見る機会などは無かった。日常だけではなく、風呂や寝る時ですら常に隠されていて、無断で解いたりもしていない為知りようがないのだ。
(待て、待て待て待て!俺は何で、そうだと思ったんだ?……一度も見た事が無いのに)
わからないせいで焦り、動揺する。
「そ、そう言えば!今日は、毛皮集めをするのですよね?」
とにかく今は話を逸らそうと、リアンは別の話題を持ち出した。そして、絶対に自分が知らないはずの事を確信を持ってしまう理由探しはひとまず後にしようとリアンが心に決める。
「そうだな、茶を飲んだら早速行こうか」
『外にはタヌキやウサギ、鳥類もいましたし、あとは狐なども見かけましたので狩り放題ですね』
「狐は駄目だ」
「狐はやめておきましょう!」
焔とリアンの声が綺麗に被り、内容まで同じだった。
『はい!狐は駄目、絶対ですね』
本来の主人であるオウガノミコトが七尾の『狐』なので素直にソフィアも同意する。異世界の狐であろうとも後味の悪さはきっと元の世界で感じるものと大差はなさそうなので正直ありがたい。
「……リアンは狐が苦手なのか?」
「いいえ。苦手というよりは、むしろ好きな方ですね」
「そうか、なら余計に毛皮欲しさ程度では攻撃出来ないな」
「どうせ時間が経てば復活してまた同じ場所をウロウロしだすのですけど、それでも気分の良い物では無いです」
ははっと乾いた笑いをリアンが浮かべる。
「ゲームがベースの世界だとはいえ、『好きなモノ』を狩るのに抵抗があるのは普通の事じゃないか?何も、狐からでなければ手に入らない物も無いのだろう?」
「そうですね、どの獣からも取れるのは“毛皮”や“生肉”くらいですから」
「なら問題は無い。狐狩りだけはしないでおこう」
『了解しました、主人。では外出の用意を致しましょうか』
「それでしたら、今回は私が一人で行って来ましょう。全員で行って大量に狩る必要も無いでしょうし、小物相手ならこの周辺だけで事足りると思うので」
スクッと椅子から立ち上がり、リアンが腕まくりをして「いや、俺も一緒に——」と言う焔の言葉をまともに聞かずそのまま出口へと歩いて行く。 少しの間一人になって、知らないはずの事を知っている理由をリアンは考えたい様だ。
「すぐに戻りますから、留守番をお願いします」
きちんとした理由を話す事も無く、ただ簡単にそれだけを言って軽装のままリアンが扉を開けて早々に外へ出て行ってしまった。
「……まぁいいか。一緒でなければならん理由も無いよな」
焔がぽつりと呟き、ぬるくなり始めた茶をすすっているとソフィアがふわりと浮かんだ体を軽く傾けた。
『リアン様は一体どうしたのでしょうね?なんだか焦って出掛けた様にも見えますが』
「『狐は狩らない』と言ったが、信用されていないとかじゃないか?鬼相手では信じられんと思われても無理は無いからな」
『そう、でしょうか。リアン様は主人をちゃんと信用していらっしゃるように思えますが』
「なら嬉しいがな。召喚魔に信用されていない召喚士なんぞ、刃物を取り上げられた冒険者と変わらんからな」
『主人でしたら、刃物を持たずとも全く問題は無いですけどね』
「まぁそうだな。だけどなぁ、この世界は本物のゲームとは違って、どんな相手だろうが意思や考え、理念や心がある様だからな。対抗出来る力があろうが油断は出来ないぞ」
『それに関しては同意致します。いわゆるNPCという者は居ないと思っておいた方が良いでしょうから』
「……えぬぴぃ……ん?」
『あ、きっちりとわかっての発言では無かったのですね。「ノンプレイヤーキャラクター」を指す語の事です。決まった行動や発言しか出来ない、意思を持って操作する中身がいないキャラクターなどをそう呼ぶのですよ』
半端な知識で真面目に語った主人が可愛く思え、ソフィアがほっこりとした気持ちになり、ふふっと楽しそうに笑い声をこぼす。
「そう笑うな。正式名は知らなかったが、存在だけはちゃんと理解していたぞ?」
『すみません。愛らしいなとつい思ってしまいまして』
(……それにしても、さっきリアンは何と言いかけて止めたのだろうか?)
ソフィアと笑いながら話す焔だったが、頭の片隅では、リアンの言った『主人の瞳』という言葉がどうにも引っ掛かる。赤い宝石の話をしているタイミングだったので、余計にだった。
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