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ハイ・ローキュストの討伐からさらに一週間後……
本格的に暑くなり始めた頃、ロバウム侯爵様への
『お土産』の用意が滞りなく完了。
・醤油×100本
・魚醤×50本
・1年熟成(と同様)のお酒・各種30本ずつ
・その他保存の効く甘味等
これらを複数の馬車に乗せ―――
侯爵様は護衛のナッシュさん・クローザーさんと
一緒に、マルズ国へと帰国の途についた。
同時に……
入れ替わるようにして、チエゴ国から旧知の人間が
来たのだった。
「シン殿~!!
どうか協力してくださいー!!
約束しましたよね!?」
金髪のミドルヘアーの、いかにも女騎士といった
女性が、私に泣きつくようにして声を上げ、
その隣には―――
同じくブロンドの短髪をした、精悍な顔つきの
青年が、困ったような表情で座る。
冒険者ギルド支部・応接室で……
私はチエゴ国・辺境伯のセシリア様と、
その婚約者であるミハエルさんに相談を
持ち掛けられていた。
「まあ確かに、間が悪かったねー」
「とはいえ、こればかりはのう……」
「ピュ~」
彼女の話によると……
ウィンベル王国と新生『アノーミア』連邦との
間に起こった事件について―――
そして留学組の経過報告がチエゴ国に
伝えられたのだが、
その報告者であるアンナ・ミエリツィア伯爵令嬢と
ワイバーン『ムサシ』君の、
『結婚を前提としたお付き合い』について、
国中が上へ下への大騒ぎとなったという。
最終的に―――
戦力としてのワイバーンは非常に魅力的であり、
ウィンベル王国と同様にワイバーン騎士隊の導入を
渇望していたチエゴ国は二人の交際を了承。
さらに人間化したムサシ君は、人間の女性基準で
見ても、イケメン美少年であったため……
それに先立つ、獣人族のティーダ君とフェンリルの
ルクレセントさんの婚約もあって、セシリア様と
ミハエルさんの結婚は、非常に話題性が薄いものに
なってしまったそうだ。
「何ていうか、その」
「申し訳ございません……」
私たちが座るソファの横の方で、青みがかった
短髪を持つ少年と、その隣のパープルの長い
ウェービーヘアーを持つ少女が同時に頭を下げる。
そこでミハエルさんとセシリア様がいったん
そちらへ振り向き、
「いや、君たちの責任では」
「ただもう準備はしてありまして、いつやるかと
いう事になっていましたが……
ティーダとルクレセント様の婚約の話題が
落ち着いてきたと思っていたところに、
でしたので」
つくづく、タイミングが悪かったとしか
言いようがない。
「……準備は出来ていると仰いましたが、
もし結婚式を行うとすれば、最短でどれくらいに
なりますか?」
そこで婚約者の二人は顔を見合わせ、
「じ、実は……
すでに招待状も送付済で、10日後には。
これ以上となると、夏を飛ばして秋に……
という事になってしまいますし、どちらにしろ
近日中に―――
シン殿に協力を頼みに来る予定だったのです」
「だってだって!
まさかこんな時に、ワイバーンが人の姿になって
ウチの国の人間と恋仲になっているなんて
思わなかったんだもん!!」
テーブルに突っ伏して泣き言を話すセシリア様を、
ミハエルさんがなだめる。
「そうなりますと―――
チエゴ国まではアルテリーゼがいれば
1日で着くから……
準備も含めて3日前にはチエゴ国入りして、
それまでにあまり練習や物資が必要ない、
その上で印象の強い何かが出来れば……」
私が条件を確認するようにつぶやくと家族が、
「いやあるのそんなの」
「かなり厳しいのう」
「ピュ~……」
妻二人もラッチも難しい表情になる。
そこで私はワイバーンの少年の方を向いて、
「―――ムサシ君。
ワイバーンは風魔法が得意という話でしたが、
人間の姿になった場合はどうですか?」
「ウィンドカッターによる攻撃魔法なら
使えます」
質問に対し彼はすぐに答える。
私は首を左右に振って、
「あ、いえ。
攻撃になるまで強力なものは必要ありません。
微調整は効きますか?
例えば、そよ風から強風を出す程度に」
その問いに彼は考え込み、
「『強く』ではなく逆に『弱く』、ですか……
難しいですね」
悩む彼の隣の恋人の少女が腕をつかみ、
「一瞬だけ、というのは出来る?
ずっと放つんじゃなくて」
あ、なるほど。
突風でも瞬間的なものなら、すぐに消える。
あとはその余力の風の流れを利用出来れば。
「いいですね、その考え頂きましょう」
「あの、シン殿はいったい何をしようと?」
セシリア様は不安と期待半ばの視線を私へ
向けてくるが、
「シンの事だから、もう何か思いついたんでしょ」
「何か手伝う事はあるかの?」
「ピュッ?」
家族の言葉に私はソファから腰を浮かせ、
「セシリア様、ミハエルさん。
ちょっと明日付き合ってください。
結婚式の予行練習と思って―――
ムサシ君はご兄弟の誰かを呼んでもらえるかな」
次いでメルとアルテリーゼの方を交互に向いて、
「2人は―――
児童預かり所に行ってある物を用意して
欲しい。
それは……」
こうして、セシリア様とミハエルさんの結婚式の
『サプライズ』を実現するべく―――
私たちは動き始めた。
翌朝―――
児童預かり所の一番大きな部屋で……
まずムサシ君と彼の兄弟がもう一人、両側の壁を
背にしてスタンバイ。
その前に、それぞれ子供たちが並び、
その中心を、セシリア様とミハエルさんが進む、
という段取りにした。
「練習ですから緊張なさらずに。
ミハエルさんとセシリア様は―――
ただ真っすぐ中央を歩いてください。
子供たちは合図と同時に……いいですね?
その後にムサシ君たち、お願いします」
両側に並んだ子供たちを見て、チエゴ国の二人は
戸惑うも、
「あ、歩けばいいだけ……ですよね?」
「じゃ、じゃあ行くわよ!
ミハエル……様」
二人が歩き出し、数歩進んだところで……
子供たちがそれぞれ持っていたものを使う。
次いで、ムサシ君たちが風を起こし―――
「お疲れ様でした。
いかがでしたか?
これは、演出としてはまだ見た事が無い
ものだと―――」
リハーサルを何度か行った後、感想をお二人に
聞きにいったところ、
「まるで夢の中にいるみたいでした……!
これなら、どんな結婚式にも負けません!!」
「シン殿ー!!
やはりあなたにお願いして正解でした!!」
ミハエルさんとセシリア様が、抱き着くように
私に感謝を伝えてきた。
「シン、昨日どこに行ってたのかと思ったら」
「これを作ってもらっておったのか」
「ピュ~」
演出に使われた『それ』を、家族が興味深そうに
ながめ、
「魔導具じゃないんですよね、コレ!?」
「こんな棒みたいな物で……
あんな物が出来るなんて」
アンナ様とムサシ君も見た事が無い―――
いや、多分この世界では初だろう。
「シンおじさん!
これ、外でやってきてもいーい?」
子供の一人が、『それ』を持ちながら駆けて
くるが、
「ん~……
もうちょっとだけガマンして。
このお2人の結婚式で初披露するから、
それまではなるべく隠しておきたい。
この人たちの幸せのため―――
協力してくれるかな?」
男の子たちは不満そうだったが、女の子たちは
そんな彼らをたしなめる。
そして当事者の二人に再び振り返り、
「これは誰でも出来ますし、練習も必要
ありませんが……
両側に何名かいてもらう必要があります。
あと、外では風の制御が難しいと思いますので、
室内でやった方がいいでしょう。
ですので、親戚か誰か頼める人に」
「もちろんです!」
「こんな素晴らしいものがあるなんて―――
成功、間違い無しですわ!」
こうして、ある『演出』と共に……
私たち家族はチエゴ国へ出張する事になった。
「というわけで、チエゴ国へ行ってきます」
「おう、頑張れ」
「お土産よろしく頼むぜ」
リハーサルから二日ほどして―――
冒険者ギルド支部で、私は白髪交じりの
アラフィフの筋肉質の男性と、同じように
グレーの白髪交じりの男を前に、事情を
説明していた。
「あのー……
あっさり快諾してくれるのはいいんですけど、
他国へ行くのにその、問題とかは」
マルズ国へ行った時も、やれ領土侵犯だ何だと
ケチを付けられたのだ。
それに今回は緊急事態というわけでもない。
手続きとか許可証とか無いのだろうか、と
思っていると、
「チエゴ国の、ナルガ辺境伯サマの領地へ
行くんだろ?
そこの領主筋の人間が直々に迎えに
来ているのに、何の問題があるんだよ」
ジャンさんの言葉に、それもそうかと
納得する。
「呼ばれた理由も結婚式だしなあ。
しかもお前は見知っている仲だし。
まあただの平民じゃねぇんだ。
そこまで厳しくはねぇだろう」
ライさんはまた何かの書類とにらめっこ
しながら、説明する。
「そういえばライさん……
王都本部は大丈夫なんですか?
こんなに空けてしまっても」
私の質問に、ようやく書類から顔を上げて、
「大丈夫だろ。
一応、陛下の命令でマルズ国及び、
新生『アノーミア』連邦の対策を『依頼』
されているって事になっているからな。
しかしまあ……
こんなに空ける事になるとは思わなかったが」
フー、と彼は一息つく。
確かに、今はマルズ国の『返事』を待っている
状態だ。
その状況で王都へ行ったり来たりするより―――
王族であるライさんがせっかく公都に留まって
いるのだから、その方が都合はいい。
そして私はギルド支部を後にし……
数時間後、メル、ムサシ君、そしてチエゴ国の
メンバーと共に、空の乗客となった。
―――ナルガ辺境伯家・結婚式当日。
すでに同国の各地は元より、各国の招待客も
招かれた中で、滞りなく始まったが……
後に、フェンリルやワイバーンとの結婚が
行われる国というイメージが強く、
招待客に取っては『予行演習』……
その後の『つなぎ』のため、という印象が
ぬぐえなかった。
「やはりというか、地味だな」
「『剣聖の姫・セシリア』と、
『貫く者・ミハエル』の結婚式―――
そこにいろいろと求めるのは無粋であろう」
ヒソヒソと、嘲笑と陰口がささやかれる。
「しょせん辺境の一領主。
ま、こんな程度であろう」
「チエゴ国の作法に慣れておくものだと思えば
ちょうどいいわ。
……アレ? 何かしら」
司祭か司教を前にしての宗教的儀式として、
結婚の誓いが終わり、
参列者を前にして再び、新郎新婦がその歩みを
進めようとした時、
両側に何人か並ぶように出てきた。
そして―――
「……え? ええっ!?」
「何だ、あの透明な球体は―――」
「すごく……綺麗……!!」
それは聖堂の中を埋め尽くすように無数に、
新郎新婦といわず、招待客も巻き込み、
「あっ、き、消えた……?」
「水……?
でも、すごくいい香りが」
「夢じゃないわよね、コレ……?」
その光景に目を見張る中、粛々とミハエルと
セシリアは進んでいき、
「こ、これが……
ナルガ辺境伯の結婚式……!」
「どんな魔法を使えば、このような見事な
水の球体が作れるのだ!?」
「なんて幻想的……
お父様、わたくしの結婚式でも
是非これを……!」
招待客の陰口は称賛に変わり―――
その後のパーティーでも、『演出』について
持ち切りで、ナルガ辺境伯家当主と関係者は、
その賛辞と対応に追われるのだった。
「シン殿!!」
「大成功でしたわ!
一生忘れられない式になりました!!」
厨房で料理を担当していた私のところへ、
ミハエルさんとセシリア様がやって来た。
「お嬢様!」
「我々も交代で見に行きましたぞ!
とても良い結婚式でございました……!」
料理人たちが二人を出迎え、そして―――
「お疲れ様でした。
そして、おめでとうございます」
料理を担当とはいっても、暑くなってきた事も
あって、スイーツに専念させてもらった。
アイスキャンデーやシャーベット……
パンケーキ、メレンゲ、プリン、葛餅、ジャム。
そして各種フルーツを使って、色とりどりの冷えた
デザートを作っていたのである。
「はい、プリンとカットフルーツの
盛り合わせでーす」
「まずは食べて休むがよい」
「ピュウ」
二人はメルとアルテリーゼからそれを受け取り、
「ありがとうございます。
しかし今頃―――
お義父様や側近は質問攻めでしょうね」
「可愛い娘とその婿のために頑張って
もらいましょう!
はー、冷たくてオイシー♪」
ミハエルさんとセシリア様はイスに腰かけて、
デザートを口にする。
「本当に素敵な結婚式でした……
私たちの時も絶対アレやろうね、ムサシ君」
「そうだね、アンナ。
でも石鹸水は普段から使っていましたけど、
まさかこんな使い道があるなんて」
貴族令嬢とワイバーンのカップルは―――
小さな容器に入った、半透明の液体を見つめる。
そう、結婚式で使った『演出』とは、
シャボン玉の事だ。
石鹸水はすでにあるので、あとは吹く用の
ストローっぽい物を作ってもらえば簡単に
出来た。
ただ、セッケンの代用品である『アオパラの実』は
商品であった事もあって、玩具として使える事を
失念していたのだ。
それに、改良されて香り付けに成功したからこそ、
今回のように演出で使う事が出来たのである。
「まあ今回は、料理で腕を振るうというわけにも
いきませんでしたし」
公都『ヤマト』での結婚式以降、新作料理は
増えていたのだが、
「寒い時期だったら、アリだったかも
知れないけどね」
「ソースも醤油もカレーも……
匂いが強烈だからのう。
味噌も独特の匂いがあるし」
「ピュー」
家族も補足するように、メインを担当しなかった
理由を説明する。
「カレーですか……
確かに結婚式どころではなくなるでしょうね。
あんな香りがただよってきたら……」
「ウチの領地でもどんどん導入しますからねー。
バンバン持ってきてください!」
新しく夫婦になった二人が、さっそく新作料理を
要請する。
ラーナ辺境伯様もそうだったけど、実益重視の
ところは偏見無く貪欲なのかも。
「それについてはバッチリでさあ、お嬢!」
「『料理神』様と奥さん2人から、直々に
教えて頂きました!」
「これからはカレーでもうどんでもソバでも、
ラーメン・パスタでも何でも来い、ですぜ!!」
実際、ナルガ辺境伯家の屋敷に到着したのは
三日ほど前で―――
その間にシャボン玉演出の人材選定を行い、
料理人たちに指導を是非にと頼まれ、
彼らに新作料理の数々を教えていたのである。
「しかし、一番助かったのはコレかも知れません」
ミハエルさんはそう言うと、自分の腰のあたりに
視線を向ける。
上着の上からではわからないが―――
その背中の下あたりには、円形の装置が
取り付けられていた。
「これのおかげで、化粧も全然崩れません
でしたわ……!
夏場に向けて、これは欠かせなくなります」
次いでセシリア様も、同じように装着していた
それを絶賛する。
「いやお嬢、俺たちもそれ着てますけど、
すごく涼しいです」
「この暑さでも料理が全く苦になりません
でしたからね」
彼らが言っているのは―――
指が入らないように、網状のフタが両側に
取り付けられ、三枚の羽が回転して風を送る
魔導具である。
チエゴ国はウィンベル王国よりも北方にあり、
暑さはそれほどもないが、今は夏真っ盛り。
それなりに汗がにじむ。
そこで以前、重曹を作る係の人用に、
地球でいうところの空調服を発注・準備した事が
あるのだが……
(78話 はじめての せいれい参照)
魔物鳥『プルラン』の生息地巡りをするメンバーの
ために、大量発注しており―――
そのいくつかを進呈したのだ。
「シン殿、お久しぶりです」
そこへ―――
普通の人間よりはやや体毛が濃い、獣人族の男性が
入ってきた。
ブラウンの立派な口ひげをたくわえた、
60代くらいの、かつて私とも対戦した事のある
相手。
「ゲルトさん、お久しぶりです」
私が頭を下げると、彼の後ろから三名ほど
続いて姿を現し、
「お、ティーダ君じゃない。
奥さんもお久しぶりですー」
「ルクレセントもおるのう。
元気でやっておるか?」
「ピュ?」
家族の言葉に、やや褐色の黒髪の少年が、
恥ずかしそうに犬耳と巻き尻尾を揺らし、
婚約者の、切れ長の目をした銀のロングヘアーの
女性と、まだ三十代に見える若い母親に
挟まれていた。
「忙しいところありがとう。
ルクレセント様も―――」
「よいよい。
ウチであれば、王都までひとっ飛びだし」
セシリア様がゲルトさん一家とルクレさんに
一礼する。
「ルクレセント―――
何か忙しい事でもあるのか?」
アルテリーゼの問いに彼女は首を横に振り、
「ここのお偉いさんがさー、なるべく王都に
いてくださいってウルサイんよー。
ティーダの頼みでもあるし、お義母さまにも
お世話して頂いているから不便は無いんだけど。
だからこの後すぐ、王都に発つ予定」
それからゲルトさん一家に事情を聞いたところ、
例のアンナ嬢とムサシ君の婚約の一件以来、
ルクレさんの元には引っ切り無しに、国の
重鎮やら重役が訪れているとの事。
流れとしては国益に沿っているのだが―――
先に婚約している手前、気に障ったり、何かしら
問題があるか、それを恐れているのだろうと。
「ちょーっと神経質だと思うんだけどね。
誰が誰と結婚したとしても―――
ウチの知ったこっちゃないっての」
ルクレさんが肩をすくめて話すと、
「んー、でもルーちゃん前科があるし」
「……我らの旦那に手を出そうとしたお前が
言う事かや?」
(66話 はじめての ふぇんりる参照)
メルとアルテリーゼがジト目で彼女をにらむ。
「だってアルテリーゼとウチは……
何度も言うようだけど、
健やかなる時も、病めるときも、
喜びのときも、悲しみのときも、
それはともかくとして結婚するのは、
お互い相手が見つかるまで待とうねって
誓った仲だったのに……」
「何度も言うようだが、そんな誓いをした
覚えは無いわ!!」
「ピュッ!!」
ドラゴンとフェンリルの会話を、周囲の
人間と獣人族とワイバーンは、どんな顔を
したらいいのかわからずに、ただ見つめる。
なお、この後―――
『ドラゴンとフェンリルが夫として奪い合った男』
という噂が加わる事になるのだが……
この時の私はまだ知る由も無かった。
「相談?」
結婚式の翌日……
ルクレさんはティーダ君と母親を乗せて王都へ、
ゲルトさんは領地に残り―――
私たちは新婚のミハエル夫妻の頼みもあって、
帰りは明日にして今日一日は残り、料理に腕を
振るう事にしたのだが、
昼食と夕食の間くらいのタイミングで、
セシリア様が夫と共に申し訳なさそうな顔で、
私たちに割り当てられた部屋へとやって来た。
「私事で申し訳ないのですが―――
チエゴ国の隣国に、クワイ国という国が
あります。
友好国なので、今回の結婚式の招待客にも
何人かいたのですが……
その中でも、ナルガ辺境伯家と所縁の深い
同じ辺境伯家がありまして。
ケンダル家というのですが、話を聞いてやって
頂けないでしょうか」
「それは構いませんが、相談内容は」
私が聞き返すとミハエルさんは、
「それが、会ってからという事で……
私どもの顔を立てて、どうか一度会って
頂ければと」
夫婦揃ってのお願いに、私と妻は一度顔を
見合わせて、
「それは、あの―――
やっぱシンだから?」
「『万能冒険者』として、という事かの?」
「ピュウ」
メルとアルテリーゼの問いに目前の二人は、
「多分そうであろうと思われます」
「父が招待客に質問攻めに遭う中で、ポロっと
シン殿の事を言ってしまったせいかと」
う~ん……
しかし貴族様の頼みでもあるし、せっかくの
結婚式に不安を残していくのもなあ。
「わかりました。
お会いしますよ。
それでいつ行けばいいですか?」
こうして―――
夕食後、そのケンダル辺境伯家とやらの
相談に乗る運びとなった。
「あなたがシン殿ですか。
ご高名はかねがね伺っております」
泊まっているお屋敷と同じ―――
辺境伯家に割り当てられたその部屋に向かうと、
入口で細身の執事らしき男性にあいさつされた。
「ええと、ウィンベル王国の平民、
冒険者ギルド所属、シンです。
本日はお招きに預かりまして」
私が頭を下げると―――
その薄茶の短髪をした執事らしき人は、
扉の前で動かず、
「おい、ジェイド!」
「何を―――」
他にも数名いた執事が彼に注意を促すが、
「『万能冒険者』―――
その噂は知っております。
もう何人が、その名を騙り当家を訪れた事か。
失礼ですが、あなたが『万能冒険者』である
証拠はおありですか?」
そこでメルとアルテリーゼがムッとして、
「私たちは呼ばれたんですけど?」
「ナルガ辺境伯家から聞いておらぬのか?」
私はまあまあ、と妻たちをなだめ―――
同時に小声でつぶやく。
「魔法や魔力を使う
・・・・・
人間の男性など、
・・・・・
あり得ない」
そこで改めてジェイドと呼ばれた青年へ振り向き、
「証拠、ですか……
では、何か魔法を使って頂けますか?」
「?」
彼は人差し指を立てると、
「火魔法……
―――!?」
『無効化』したので、当然何も起こる事はなく。
周囲の護衛兼使用人らしき人も、確認するように
魔法を発動させようとしたのだろう。しかし、
「だ、ダメだ!
身体強化すら出来ないぞ!?」
「お、俺もだ……!
水魔法も……」
彼は目を見開いて、自分の手と私を交互に
見ていたが、
「私は『抵抗魔法』も使えるんですよ。
魔法が使えなくなったわけではありません。
発動した瞬間に消しているだけで……
これで信用して頂けますか?」
「そ、そんな『抵抗魔法』なんて聞いた事も―――
……大変失礼いたしました。
『万能冒険者』殿、どうかこちらへ」
彼が門を開けるために背中を向けると、
私は小声で、
「魔法や魔力は、この世界では
・・・・・
当たり前だ」
そうつぶやいて―――
元に戻しておいた。
「ようこそお越しくださいました。
ジェイドが失礼を―――」
「いえ、職務に忠実な方は信用出来ます。
お気になさらずに」
リビングのような広間で……
私と妻二人は、改めて話を聞いていた。
長いテーブルを挟んで、対面に身分の高そうな
女性が、そして隣りには高校生くらいの少年が
座っている。
二人とも、同じイエローヘアーをしており、
母子である事を思わせる。
そして少し離れた席で、中学生くらいの気弱そうな
赤茶の短髪をした少年が座っていた。
「わたくしはクワイ国、ケンダル辺境伯家の
第一夫人、キャナルです。
こちらは嫡男のヴァッサーです」
少し不良っぽい雰囲気の彼はフン! と鼻を鳴らす
だけで、
「そちらは第三夫人の息子、五男クロムです」
「は、初めましてっ」
離れたところに座る少年はペコリと一礼する。
「初めまして―――
それで、今回はどのようなご用件で
呼ばれたのでしょうか」
私が話を切り出すと、キャナル夫人は、
「何も魔物を倒してくれとか、そのような
話ではありませんので。
私の愛しいヴァッサーと、そこのクロムに
ついてですわ」
「……チッ」
ヴァッサーと呼ばれた彼は舌打ちし、
構わず彼女の話に耳を傾ける。
「……実は、クロムの母親は平民だったのですが、
当主である夫はとても優しく、クロムも自分の
血を引いているのだからと、ある土地を与えて
あげたのです。
とはいえ、小さな何も無い土地でしたので、
この子でも務まると思っていたのですが……
問題が起きまして」
「問題と言いますと?」
私が先を促すと、
「建築に使える岩石や―――
鉱石など、豊富な自然資源が見つかったのです。
それに最近は、チエゴ国経由で様々な商品や
農作物が入ってきており……
木材や石に至るまで物資は利用する用途が
広がっております。
そんな土地をまだ若輩のクロムに任せるよりは、
嫡男であるヴァッサーに任せた方がいいという
声が上がっておりますの」
そこでクロムと呼ばれた少年が席から立ち上がり、
「そもそもあの土地は、放置していたも同然の
ところではありませんか!
開拓し、岩山や資源を見つけたのは僕です!
農地だって地元の方と協力して……!」
「ふぅん?
つまり貴方は、これまでのケンダル辺境伯家の
方針を批判するわけね?
せっかく貴方をかばっている夫もさぞ、
喜ぶでしょうねえ」
「そ、そういうわけでは……」
第一夫人の指摘に、彼は消え入りそうな声になる。
そこでヴァッサーという嫡男が、
「ってわけでさあ。
コイツの母親と同じ平民の立場から、
何か言ってやって欲しいワケ。
ちょうど平民にしちゃ有能なヤツがいるって
聞いたから?
世の中を教えてやって欲しいのよ」
それを聞いて、壁際に立っていたジェイドさん他
数名の顔色がサッと青ざめる。
私は彼らに軽く手を振って、
『この程度では怒りませんよ』と意思表示すると、
妻たちから小声で、
「(ねー、シン。
何で私たち呼ばれたの?)」
「(多分、手柄を彼から取り上げて、長男に
渡したいんだろうけど……
そのための証人というか正当化のため?
ナルガ辺境伯家からの客人という事なら、
不利なら平民の言う事なんて聞かなければ
いいし、同調してくれるなら『ナルガ家の客人も
賛成している』と言うつもりなんじゃない?
不利なら無視で、有利ならナルガ家に借り一つ。
……って事だと思う)」
「(面倒くさいのう)」
改めて『相談相手』を見ると―――
キャナル夫人は冷ややかな、ヴァッサー様は
ニヤニヤしながらこちらを見ている。
対照的にクロム様は気の毒なほど憔悴しており、
もう答えは出ているかのような表情だ。
だが、私の中では……
・ナルガ家の好意を利用した→1アウト
・弟の手柄を奪おうとした→2アウト
・それをこちらに手伝わせようとした→3アウト
一応チェンジしてもらう前に、彼らにチャンスを
渡す。
「しかし―――
結婚式というめでたい事の後に、このような
相談は何と言いますか」
すると目の前の母子は、
「無粋である事は承知の上ですが……
これは平民である貴方に取っても、貴族と
繋がりを持てるいい機会なのではないで
しょうか?」
「平民ごときが、どう答えたらいいかわかって
いるよなあ?
それに下手に答えようモンなら―――
ナルガ辺境伯家の顔に泥を塗る事になるぜぇ?
ケンダル辺境伯家と、ちょっとばかし有名な
平民の冒険者……
ナルガ家はどっちを信じるかなあ?」
なるほど。
つまり、彼らの話を追認しなければ、帰った後に
ある事ない事をナルガ家に吹き込むという事か。
私はメルとアルテリーゼを交互に見ると、
二人ともコクリとうなずき、
「ふーむ……
クロム様からヴァッサー様に担当を変える……
しかし、伯爵夫人はなかなか厳しい方の
ようですね」
「そうでしょうか?
私はクロムのためを思って―――」
夫人はそれをスルーしようとするが、
「いえ、ヴァッサー様に対してですけど」
私の続く言葉に二人は、
「え?」
「あん?」
疑問の声を上げ、そしてクロム様はきょとんとした
表情でこちらを見る。
「オイ待てよ平民。
まさかクロムに出来た事が、俺に出来ねえって
言いたいのか?」
彼の抗議に、私は首を左右に振り、
「これがただの担当交代であれば、何の問題も
無いと思われますが……
土地や大きなものの管理というのは、
ただ引き継げばいいだけという事でも
ないのです」
「どういう事だ?」
フー、と私はいったん一息ついて、
「話を聞くに、クロム様は放置されていた土地に
手を加え、開拓し、資源を見つけ、さらに農地を
広げていきました。
そこの住人に取ってはもはや英雄でしょう。
その後継としてやってくる人物。
しかも兄、嫡男。
領民は、どれだけの期待をあなたに
かけるでしょうか」
ケンダル家の人間は黙って聞き続ける。
「往々にして人々は夢を見ます。
それがこの手の話の厄介なところです。
前任者と同じ働きではダメ、
倍くらいやってようやく前任者と同じ評価。
『わざわざ交代した意味』が問われるんです」
キャナル夫人は少し眉間にシワを寄せ、
ヴァッサー様は目が泳ぎ始める。
「だから、クロム様と同じように―――
新しく開拓してもダメで、
新しく開墾してもダメで、
新しく資源を見つけてもダメでしょう」
第一夫人は両目を閉じ―――
隣りの嫡男はプルプルと震えている。
「何かもう一手新しさが無ければ、領民の不満が
たまるでしょうね。
『何で交代したんだ』、
『これならクロム様で良かったじゃないか』、
それが当主の耳に入れば……」
第一夫人は何とか平静を保っているが、長男の方は
挙動不審になりつつあり……
やっぱり、すでに開拓された土地をタダで
横取りするだけのつもりだったんだろうな。
「それに、クロム様は第三夫人の……
五男と仰いましたか?
第二夫人にお子様はいらっしゃらないのですか?
もしいるとしたら、ここでクロム様以上の
成果を上げろというのは―――
いえ、出来れば問題はありませんが」
言外に……
『もし失敗したら、他の跡継ぎ候補に攻撃材料を
与える可能性があるぞ』と告げる。
「私としましては、慎重に、としか言いようが
ありません。
このような事くらいしか申し上げられませんが、
いかがでしょうか」
すると夫人が一礼し、
「た、大変参考になりましたわ。
それでは私はこれで―――」
いそいそと席を立ち、奥に向かう夫人の後を
ヴァッサー様が追いかけ、
「ママン! 話が違うよ!!
ボクはアイツの土地をもらえばいいだけって
言ってたじゃないかあ!!」
叫びながら、早足で歩くキャナル夫人と一緒に
彼も退室した。
同時にジェイドさんたちも後を追い、こちらに
振り返ると、私はニッと笑い―――
彼らもまた笑顔で一礼し、退室していった。
部屋には第三夫人の子、クロム様だけが残され、
「あの、では僕がお送りしますので。
……ありがとうございました、シン殿。
このお礼は、必ず……!」
そうして私たちはクロム様の見送りで、
相談を終えて部屋を後にした。