コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「――父さん、また夜勤っか」
夜になって、酷く降り出した雨の音を聞きながら、帰ってこない父さんを心配し、頬杖をつく。
カチカチと煩い時計、雨の音。不気味なくらい静かな部屋は、なんというか不安を膨張させて、夜の闇が俺ごと飲み込んでいくきがして嫌だった。
最近滅多にふらなかった雨が降ったことで、多少は涼しくなるか、なんて思っていたが、全くと言っていいほど涼しくならなかった。ただ、焦げたアスファルトの匂いだけが部屋の中に立ちこめる。こんなことなら、降らないでくれ、と中干しにした下着の匂いもいっそ、嫌な気持ちにさせた。
父さんは、夜勤か、それとも泊まり込みか。
俺の事なんてもうどうでもいいんだろうな、と薄々気がつきつつも、凄い発想で、父さんは俺と話す機会をうかがっては、失敗して家に帰れないんじゃないか、なんても考え始めた。でも、厳格で、曲がったことが嫌いな父さんの性格を考えるまずあり得ない事なのだ。
今日は、勉強する気にもなれずに、ずっと、リビングでだらだらしている。とくに面白そうな番組もなくて、借りてきた本は読み尽くしてしまって、やることがなかった。でも、寝る気にもなれなかったから、ずっと時が経つのを眺めているだけだった。こう、一人で眺めていると、時って言うのは残酷にゆっくりに進むものなんだなと痛感する。
母さんが死んでから時は阿呆みたいに早く流れたと思っていたのに。
(少し眠たくなってきたかも……)
このまましていれば、寝てしまえるんじゃないかと、眼を閉じるが、視覚を遮断したことによって聴覚が鋭くなって、先ほどよりも雨の音が大きく聞えてきた。これじゃあ、ダメだ。
「楓音に教えて貰った音楽、とか聞くか」
と、スマホを取り出して電源をつければ、1%と表示されている。最近スマホの充電のへりが異常に早かったこと気がついた。買い換え時かな、なんて思っていたのをすっかり忘れて、音楽を聴く手段を失って、俺は、スマホをソファに向かって投げつけた。
若干足のつかない椅子に座って、もう一度目を閉じて見るが、スマホの光を受けた目は、寝ることを拒んでいるようだった。
(最悪……)
明日一日行けば、夏休み。
夏休みといっても、特別やることはないし、やりたいことも考えていない。でも、そういえば、朔蒔が夏祭りに行きたい、といっていたのをふと思い出した。朔蒔がまた子供みたいに駄々をこねて行きたい、行きたい、いうので、予定が合えば行こうな、と約束を取り付けた。
予定が合えば……なんて、はじめからあうに決まっていた。その日は何も予定が入っていなかったから。そして、今後も入る予定はないだろう。既に、生徒会の活動日は記されていて、父さんが実家に帰るぞなんていきなり言い出さない限りは、予定が空いている。
双馬市の祭りは中規模ながら、他県、他市からも沢山の人が来て毎年賑わう。灯籠流しもあるから、それを目当てに来る観光客も多くいるだろうし。あとは、出店の数がかなり多い。流行を捉えたものだったり、昔ながらの射的やヨーヨー釣り、金魚すくいもある。どれも、朔蒔が好みそうだな、と考えて一人くすりと笑ってしまった。誰もいない部屋に俺の笑い声がこだまするものだから、一気に冷めてしまったが。
(そういえば、楓音浴衣着てくるとか言ってたよな……)
楓音の浴衣か……男物か、女物か……どっちでも、似合いそうだけど、可愛くするんだろうなっていうのが目に見えた。楓音は何着ても似合うが、矢っ張りこういうイベントごとで服装が替わるっていうのは、何度も感慨深い。俺も、浴衣があればいいんだが、何処にしまってあるかも分からないし、甚平は本当に小さいときのものだから着れないだろう。
まあ、いつも通りのものでいいか、まだ先だし、と俺は、考えるのを放棄した。
でも、予定があるのっていいよな……とは、凄く思って、これまで友達との予定なんて一切無かったものだから(勉強の予定とか、テストや検定の予定とかは把握するために書き出していたけれど)、こういうのが新鮮で、本当はずっと憧れていたんだなって、今になった思った。今頃青春。でも、今が青春だろう、と自分に言い聞かせて、俺は身体を起こした。すこし、怠さが残る身体に鞭を打って立ち上がれば、ピンポーンと、機械的な音が部屋に鳴り響く。
(チャイム? こんな時間に?)
宅配を頼んだ覚えも、誰かが来る予定もなかった。それに、九時だ。父さんは、鍵を持っているだろうし、なくすタイプでもないし、誰かと思って、俺は恐る恐る玄関に向かう。そうして、鳴り止まないチャイムを耳に、磨りガラスを覗く。すると、そこにいたのは、真っ黒な髪をベタベタに濡らした、大型犬……
「朔蒔?」
「こんばんはー星埜。来ちゃった♥」
バンッと扉を開けて、俺は幽霊でも見るように、扉の向こうにいた男を見る。
俺を見た途端、死んでいた顔が、息を吹き返すように明るくなり、非常識な時間に訪ねてきた、琥珀朔蒔は嬉しそうに笑った。