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文化祭準備三日目────
文化祭準備と聞いたときは
(沼塚とか…樹くんやなずくんと一緒に作業できたりするのかな)
なんてアオハルっぽいことを期待していたが、よくよく考えてみれば
沼塚は学級委員なのですなわち文化祭を担う上での責任者であり
久保と新谷は教室の外に貼る用のポスター作りなどをする宣伝・広告係なので
装飾係でほぼ教室で作業をする僕と別の場所で作業をする沼塚たちの対比に僕の理想は簡単に打ち砕かれた。
そんな一日目から、二日ほど経ったわけだが
沼塚とは全く会えていないし、姿を見かけても忙しなく動いているため、声をかけるのは躊躇ってしまった。
(なんか…こんなことで気分下がるとか…本当に猫みたいだ、しっかりしないと…っ)
そんな文化祭準備五日目───…
装飾係の僕は教室に着くと
机が四つ正四角形にくっつけられて
オレンジと白のギンガムチェックのテーブルクロスが敷かれていて
それが広い教室に八席分配置されており、それを取り囲むようにパイプ椅子が十脚近く置かれている。
「あ、奥村くん来たわね。荷物そこの机の端に置いといて良いからちょっとこっちきて手伝ってもらえる?」
教室に入ってきた僕にそう言う桐谷さんは、文化祭用の飾り付けをしている最中で
「あ、うん…!」
僕は言われた通りに教室の脇に設置された机にリュックサックと衣装の入った紙袋を置くと
すぐに桐谷さんの元へと駆け寄った。
「この白い袋の中のやつ、百均でドライフラワー集めたものなんだけど、テーブルの中心に置いていってもらえる?」
「わかった……!」
僕は言われるがまま、袋の中からドライフラワーを取り出してはそれを並べていく。
ふと当たりを見渡すと
会計する場所を可愛くデコっている女生徒や
風船を膨らます男子、机を拭いている女子もいる。
皆それぞれ文化祭の準備に勤しんでいた。
手が空くと桐谷さんの指示に従って
色とりどりのペーパーフラワーを壁に貼り付けたりなどしていると、気付くと十二時を過ぎるころだった。
「じゃあみんな!一旦休憩にして、各自好きに過ごしてて」
という桐谷の声掛けにみんなが反応し
それぞれ作業を中断してスマホをいじったり、うちわを顔の前で仰いだりしだした。
(そういえば、沼塚は…)
無意識のうちに沼塚の姿を探して
一通り黒板の装飾を終えた桐谷さんに
「桐谷さん、そういえば、沼塚って…」と聞くと
「あっ沼塚くん?彼なら今買い出しに行ってくれてるけど、多分もうすぐ帰ってくるんじゃないかな?」と答えてくれた。
「あ……そうなんだ……」
僕がそう返事すると、タイミング良く教室の扉が開いた。
「ただいまー」
噂をすれば、入ってきたのは沼塚で、パァっと気分が上がった。
沼塚は両手に大きなビニール袋を提げていて
中に入るなりそれを教卓の上に置くと
「あ、沼塚くんおかえり!全部買えた?」
桐谷さんの二言に頷いた沼塚は袋の中からなにやら取り出し
「うん、はいこれ頼まれてたやつね。あとは…みんな喉乾いてるかなって思って」
人数分の棒状のバニラアイスとアクエリアスのペットボトルを机の上に置いていく沼塚。
「さすが学級委員~気が利く!」
桐谷が飲み物をとると、沼塚が
「人数分のアイスもあるから、解けないうちに食べちゃって」と手招きするので
ぞろぞろと皆が沼塚の元へと駆け寄ってお礼を言って飲み物とアイスをを受け取っていく。
ぼーっと沼塚を眺めていると
「奥村、アイス食べないの?溶けちゃうよ?」と沼塚に声をかけられて
「え……あ、いや、食べる!食べるよ!」
僕は慌てて沼塚のもとへ駆け寄ってアイスを受け取った。
他のみんなも各々好きなところに座ってはアイスの袋を破き、中身を出し始める。
僕も椅子に腰を下ろすと、棒を持ってそれを口に運んだ。
アイスの冷たさが疲れた体を癒してくれるようで心地いい。
という沼塚の顔が見れた、数日ぶりに喋れた。
すごく心が満たされる。
「沼塚くんって本当気が利くし、頼りになるよね」
「ね、なんかこう……お兄ちゃんみたい」
「沼塚くんもう文化祭誰と回るか決めてるのかな?」
「一緒に回りたいよねー。」
「もし一人だったらあたし声掛けちゃおうかな」
「無理じゃない?あんなイケメン一人で歩いてたら女子がほっとかないって」
そんな沼塚を褒める声がちらほら聞こえてきて
僕は少し複雑な気持ちを抱きながらアイスを頬張った。
(沼塚は良い奴だけど……でも……っ!)
(沼塚が褒められるのは嬉しいけど……なんか、複雑…)
なんてことを考えてたら、女子と笑顔で話す沼塚をまた見つめてしまって
沼塚の優しさも、温もりも、吸い込まれるような瞳も、全て僕が独占できたらいいのに…なんて変な欲が出てきてしまう。
僕は沼塚の特別になりたい。
本人から特別だよ、とは聞いたことがあるけど、多分僕がほしい特別はそうじゃない。
だって、いつも話してくれるし
遊びにも誘ってくれるけど
それが男友達としての友情観なのは嫌でも分かってしまうから。
(沼塚の気を引きたい、でも沼塚に好きなんて言ったら、多分だめだよね)
そんな自問自答が頭の中でぐるぐるする。
沼塚は僕のことをどう思ってる?
ただの友達……?それとも───────
そんなとき、ふと沼塚と目が合って、反射的に視線を逸らした。
そうこうしているうちにアイスを食べ終わったので、教室の隅にあるゴミ箱に棒を捨てて
気持ちを切り替えるべく廊下に出て目の前にある男子トイレの個室に籠った。
「はぁ……」と溜息をつきながら、僕は便座を開けることなく、床にしゃがみこんで頭を抱える。
(……沼塚の気を引きたい、なんて)
そうは言ってもどうやったら良いんだろう。
今まで友達がいなかった僕に恋愛経験などあるはずもなく
ましてや好きな子へのアプローチの仕方すら分からない。
でもこのまま何もしないでいたら
きっと沼塚は僕から離れていってしまうだろう。
そんなのは嫌だし、絶対耐えられない。
ならいっそ───────
「……好きって言っちゃえばいいのかな」
僕が、沼塚のことを恋愛的に好きだと伝えれば
沼塚はどんな顔する?
困らせる?
引かれる?
嫌われる?
でも、どっちにしろ想いを伝えることは僕と沼塚の関係が変わってしまうことも意味している訳で。
男に恋愛的に好かれてるなんて知ったら
今みたいに昼ご飯一緒に食べたりしてくれなくなるかもしれない。
しかも僕のような奴に好かれたって、面倒に決まってる。
沼塚に、白い目を向けられるのは避けたい。
そう考えるだけで胸が張り裂けそうになるし
一度好かれた人に嫌われるのは、もう嫌だ。
(僕はそれが一番怖い。)
文化祭準備、最終日──…
前日に、桐谷さんから【文化祭の男装メイド喫茶で女装をする男子は明日、最終確認として学校(クラス内)で着替えてもらい、最終確認に移りたいと思いますので把握よろしくお願いします。衣装絶対に忘れないように!】
というメッセージがクラスLINEに送信されていたため
今日はメイド服一式の入った紙袋を片手に学校に向かっていた。
いつも通り電車に揺られて、もうすぐ着くなと呑気に思いながら座席に座っていると
突如急ブレーキがかかり電車が止まった。
なんだと思っていると、すぐに
〈お客様にお知らせいたします。ただいまあさり朝里駅にて人身事故が発生いたしました。詳細が分かり次第、改めてお知らせいたします。〉
というアナウンスが流れ始めた。
(また人身事故か)
と心の中で他人事のように思っていると、暫くして再度アナウンスが流れて
〈お客様に繰り返しお知らせいたします。ただいま、朝里駅で発生した人身事故のため、運転を見合わせております。〉
〈運転再開まで2時間ほど時間をいただくこととなります。お客様にはご迷惑をおかけいたします。 誠に申し訳ありません〉
周りの人はそれを聞いて
スマホを耳に当てて会社や学校に遅延することを連絡しだしていて。
僕も担任にしとかなくては、と思い
スマホを手に取るとLINEから担任の個チャを開き、文字を打つ。
【すみません、今電車の中なんですけど人身事故が起きたらしくて、朝里駅で止まってて……運転再開まで2時間はかかるということなので、2時間目ぐらいに学校に着けると思います】
担任の個チャにメッセージを送信するとすぐに既読がついて返信が来たので確認してみると
【わかりました、急がなくて大丈夫ですので、気をつけてきてくださいね】
とだけ書かれていて
僕はスマホをポケットにしまうと座っている人の中で自分と同じ学校の人を探す。
(あ、あの人同じ制服だ…まあ、僕だけじゃないよね。よかった)
どうやら僕の他にも朝里駅で足止めを食らっている生徒はいるようで、安心した。
それから二時間ほどして、ようやく電車が動きだした。
そして暫くして、学校最寄りの駅に着きドアが開いたので僕は席を立つとホームへ降りた。
僕は駅を出て時間を確認すると
次のバスが来るまで五分だったのでササッとバス停まで移動し、時間通り来たバスに乗車した。
それから十五分ほどして校舎の入り口まで辿り着いた。
中に入り、なんか朝から疲れた…
なんて思いながら下駄箱で上靴に着替えて、教室まで向かっていると
「あ、きたきた!奥村くーん!」
教室の扉から体の半分を出して手を振る桐谷さんが見えた。
「奥村くん来たよー」
教室の中に向かって言う桐谷さん
駆け足で教室に入ると
そこには既にメイド姿に着替えている男子六人がおり、ウィッグを付けている生徒も何人かいて。
しかしそこに沼塚の姿はなく
不思議に思っていると
「わっ!」
後ろから誰かに抱きつかれて、振り向かなくても匂いで分かってしまった。
「ぬ、沼塚…っ!」
「ははっ、驚いた?」
「も、もうやめてよ…って、沼塚それ…」
「ど?中々いいでしょ」
言いながら一周回って衣装全体を見せてくる沼塚は、Twitterでよく見る女装用メイド服というのもあってか
しゃがんでタバコを吸っていたら本当にイケメンだなと思うぐらいに様になっていた。
(こんなん…もっと好きになるんだけど
沼すぎる……)
思わず見惚れていると、おーい奥村?と目の前で手を振られて 僕はハッとして顔を逸らす。
(だ、ダメだ……今はこんなこと考えてる場合じゃないのに……!)
なんて思いながらも
ドキドキしてしまう胸を抑えて
「ぼ、僕も着替えてくる…!」と言って
衣装の入った紙袋を両手に抱えて
今は使われていない隣の空き教室へと移動した。
紙袋の中からまず黒のガーターストッキングを
取り出して両足に通すと
次にガーターベルトを取り出してウエストの位置に着け、ホックを止めた。
そしてメイド服とお揃いのカチューシャを頭に着けて
(よし、あとはこれだけ…)
ベストを脱いでネクタイを外しワイシャツのボタンをひとつずつ外して下着姿になると
僕は衣装を手に取りながら
ふと鏡に映る自分を見た。
男にしては少し長めの睫毛、白い肌。
沼塚は僕のメイド姿可愛いとか言ってくれたけど、本当にそうなのかな?
なんて思ってしまう。自意識過剰だろうけど。
(でも……沼塚の好みになれるなら、それでもいい)
そう考えながら着替えを済ませて
制服を入れた紙袋を手に持って
沼塚たちの待っている教室に戻ると
「お、奥村くん終わったの…って、え?!」
と出迎えてくれたかと思いきや
桐谷さんは目を鱗にしているし他の男子もゴニョニョとなにかを言っていて
(どうしよ、似合わなすぎて引いてるとかある……?!)
そんなことを思って
スカートを握りしめてシワを作っていると
「奥村って男、だよな?思ったより可愛くて一瞬ビビったわ」
なんて一人の男子が言い出して
桐谷さんまで「やっぱり私の目に狂いはなかった!!」と興奮気味に僕の肩に手を添えてくるから
「えっ」と声を漏らすと
「ほらね、可愛いって言ったでしょ?」
と、壁に寄っかかりながら沼塚が自慢げな表情で目配せしてきて。
僕の心配はどうやら杞憂だったみたいで
男子たちは可愛いだの似合ってるだの褒めちぎってきてくれて。
それがお世辞だとしてもキモイと嘲笑されるよりは良くて。
なんなら自分が認められたみたいで高揚感が湧いてきた。
───それから、衣装の不備がないかの確認が終わると
「じゃ、ここからは沼塚くん説明お願い」
桐谷の言葉のあとに、沼塚から接客についての簡単な説明が一通り行われ
まずメイド喫茶というだけあって
渡されたメニュー表には
【萌え萌えオムライス♡】
【むねきゅんカプチーノ♡】
など、あからまさにご奉仕場面が想像出来てしまう定番なものばかりだった。
もちろん、他にも普通のカルボナーラやミートソースパスタ、パンケーキ、パフェなどもあるみたいだが
接客の流れは
まず入ってきたお客さんに『おかえりなさいませ♡ご主人様』と言ってからお席に案内する
注文をキッチンに伝えに行く
調理が終わり次第運んできてお会計を済ませる。
などという簡単な流れを沼塚に説明されたが
問題は【萌え萌えオムライス】の方である。
「萌え萌えキュン♡ってやつする感じ?おもしろそー!」
一人の男子がそう聞くとコクコクと頷く沼塚が続けて口を開いた。
「あとオムライスにハートとかも描いてもらうから、今日はその練習とかして解散する感じかな。結構簡単だし、気軽にやってこ!」
だがそんなの恥ずかしすぎて僕には絶対無理だ。
「え…こっこれってやっぱりみんなしなきゃいけないやつ……?」
と慌てて言うと、沼塚に方をポンポンっと叩かれて
「大丈夫、俺が教えてあげるから」
なんて笑顔で言われてしまった。
(一度引き受けたものだし、仕方ない……っ)
「じゃーまずは俺がお手本見せるから!」
言うと、沼塚は調理場に立ってフライパンを火にかけると、オムライスを作り始めた。
それから数十分後─……
白い皿に盛りつけられたふっくらとしたオムライスをテーブルクロスの上に置くと
「今からお手本見せるから、しっかり見てて」
と得意げにケチャップを搾り出し出し、ハートを描き始める。
「ん、完成。こんな感じ!」
そう言って見せてきたオムライスにはふっくらとした左右対称の可愛らしいハートが描かれていた。
(なんか、手慣れ感がすごい…)
すると数人の男子が沼塚に駆け寄り
『え、すげ、沼塚作ったんだよな?』
『ハートも上手くね?!』
だとか、俺にも教えて!とか質問攻めをしていて
沼塚にレクチャーされながらハートを更に描いては苦戦する男子たち。
それを僕は遠巻きに見ているだけだった。
そんな時だった、いつの間にやら桐谷が別のケチャップと皿をを渡してきて
「奥村くんもやってみよ!」なんて言ってきた。
「えっ、でも……」
「ほらほら!」
「あ……」
背中を押されて僕は皿をテーブルに置いて
席に座るととりあえず試しにハートを描いてみた。
しかし描き終わったオムライスは左右非対称で不格好な形をしていた。
「…か、壊滅的、ね」
あまりにストレートな桐谷の言葉にぐうの音も出ずに
「本当に不器用すぎてできる気がしない…」
と呟くと、後ろから沼塚に
「大丈夫だよ、コツさえ掴めばできるから」
といってテーブルに、もうひとつ何も描かれていない白い皿を置かれ
「ほら奥村、この感覚覚えて?」
なんて言いながら沼塚は僕の手の上から自分の手を重ねてきて、ケチャップを絞り出し始めた。
「こうやって、満遍なく……ね」
「……っ」
耳元で囁かれる声に、思わずドキッとして。
(な……なんかこれ、すごい恥ずかしい……!)
動揺して、鏡を見なくてもわかるほどに顔に熱を帯びてしまう。
「ね、出来そう?」
「……う、うん…やってみる」
しかし沼塚の声にハッとして僕は意識を目の前のオムライスに向けた。
そして言われるままに手を動かしていくと
(あれ、意外と上手く描ける……かも)
チラッと横を見ると僕の手元を真剣に見つめる沼塚の視線に気がついて心臓が音を立てる。
するといつの間にか最後のハートが完成していて
「さ、さっきよりは…上手くできたかも」
「んー…ちょっと歪だけど、さっきよりはいいかもね」
すると沼塚は続けて言った。
「じゃあ最後の仕上げしよっか」
「仕上げ?」
首を傾げると
「俺の真似してみて」
と、沼塚は手でハートの形を作って
「美味しくなーれ、萌え萌えきゅんっ♡」
と言って見せた。
「っ、それやるの……?!」
「うん。ほらやってみて」
「え、えぇ……」
しかし早く、と急かされて僕は仕方なく手をハートの形にして、沼塚の真似をする。
「……っ、美味しくなーれ……萌え萌えきゅん」
恥ずかしさで声が小さくなるがなんとか言い終えると
沼塚は僕の方を見て満足そうににやけていて
「奥村…くく……やっぱやめとく?」
「や、やらせといてそれ言う…?!」
「はは、ごめんって」
「あと沼塚この間からいちいち距離が
近いんだよ…っ」
ムスッとして言うが聞こえづらかったのか聞き返されて
なんでもないっとへそを曲げるしか無かった。
その後解散し
空き教室の方で制服に着替え直して教室に戻ると
制服姿に戻っている沼塚の後ろ姿を見つけ
駆け寄る。
「沼塚、おつかれ」
そう声をかけると、沼塚は振り返って僕の顔をじっと見つめてきた。
「奥村もおつかれ」
そして徐に口を開くと
「……奥村が照れながらハート作ってんの新鮮だったなぁ…」
そう言われた瞬間、ドキッと胸が高鳴って
「絶対面白がってるでしょ…」と言うと
「でも本当に女の子かと思うぐらい可愛かったよ」
「っ……な、か、からかうのは」
「ほんとだって。俺、嘘つかないから」
沼塚の真っ直ぐな瞳と言葉にドキドキしながら目を逸らして
話題を変えようと思い
「そ、そういえばさ!沼塚は文化祭もう誰と回るか決めた?」と聞く。
すると沼塚は少し間を開けてから口を開いた。
「あぁ、茜のクラス見に行く約束はしたけど
一応責任者だから見回るにしても呼び込みの
ついでになるかな」
「そ、そっか……」
(やっぱりそうだよね……してないわけがない)
「奥村は?」
そう聞かれて僕は俯いて答えた。
「いないし、普通に接客頑張って、呼び込みとかしてようかと」
「奥村一人で呼び込み?」
「…誰かに付き添ってもらいたいけど」
(…本当なら沼塚に付き添って欲しい)
「じゃ俺が付き添うよ。接客も奥村のことサポートするし」
「え、いい……の?」
予想外の返答に僕は目をパチクリさせて聞き返すと沼塚は笑って答えた。
「いいよ、奥村一人だと何あるかわかんないし」
「べ、別に……僕だって一人で大丈夫だけど」
なんて言いつつも僕は内心嬉しかった。
文化祭の日に沼塚と過ごせる時間が少しでもあるだけでも胸が踊る。
「俺、これ担任のとこに持っていったら帰るけど奥村ももう帰るとこ?」
「あっ、うん」
「そっか、じゃ、気をつけてね」
(…一緒には、帰ってくれない感じ……?
いつもなら誘ってきたのに)
「いや、僕も職員室に用あるから…」
「あっそう?じゃ一緒に帰る?」
「う、うん…」
(よ、よかった…久しぶりに一緒に帰れる)
我ながら、みっともなく恋しちゃってるんだなって。
僕は浮き足だった気持ちで、沼塚と校舎を出た。
すると、タイミング悪くか良くか雨が降っていて
「うわー……雨だ、傘もってて正解だった」
沼塚はカバンから折り畳みの傘を取り出して落胆したように言う。
(結構降ってるな…僕も早くリュックから早く傘出さないと)
そう考えて、背負っていたリュックを下ろすと
「奥村、傘ないなら入れてあげよっか?」
頭上からそんな声が聞こえて、顔を上げると
折り畳みにしては大きい紺色の傘をさして
まるで捨て猫に傘を差し出すみたいにして僕を見ている沼塚がいた。
するとすぐに頭上に浮かんだ言葉は
『あるから大丈夫』なんかじゃなくて。
(…ここで嘘をつけば、沼塚に近付ける)
そんな不純な気持ちが先行して、口からこぼれたのは
「ごめん、忘れちゃった」だった。
「そっか、じゃ……ほら入っていいよ」
そう言って沼塚は傘を僕の方に寄せてきて。
「……っ、あ、ありがと……」
僕はその優しさに甘えさせてもらうことにした。
ずるいし
嘘をついてしまった罪悪感はあったけど
それ以上に距離を縮めたい自分がいて。
(なんかこれ……まるで相合傘みたい)
なんて思いながらも僕は沼塚の隣に立って一緒に歩き出した。
それから少し歩いてから
ふと気になって隣を歩く沼塚の横顔を盗み見た。
するとバチッと視線が合ってしまって慌てて逸らすと
「ん?なに?」と沼塚が聞いてくる。
「い、いや……別に」
(どうしよう、見すぎたかも)
なんて思いながらも、なにか喋らないとと思っていると、そんな気まずい空気を先に破ったのは沼塚の方だった。
「……あのさ、最近奥村、よくこっち見てない?」
「……えっ」
突然の問いかけに
僕は目を丸くさせて聞き返すと
彼は続けて口を開いた。
「いや、なんか最近よく目が合うなって思って」
(…こっそり見てたつもりが、バレてる…ていうか、それは沼塚も見てる…ってこと?)
「…そりゃあ、友達だし…何度かあっても別に普通だと思うけど」
動揺しながらもそう言うと
沼塚はふーん……と意味深な反応を見せてきて。
そこでバス停についたので、会話は終了して
バスに乗車してからも特にそれらしい会話はなく
少し残念に思いながら僕は沼塚と別れ
帰宅した。
自室に篭ると、テーブルの横にメイド服の入った紙袋とリュックサックを置いて
そのまま部屋着に着替えることもせずベッドに転がった。
帰ったばっかなのに
もう沼塚のことを考えてる自分がいて。
よく、人を好きになると脳が痩せるとか聞くけど
(それってつまりバカになるってこと…?)
もしそうなら僕、バカになってるよね。
わざわざ嘘ついてまで好きな男の傘に入って
でも素直になることはできなくて
そのくせいつもと反応が違うだけで勝手に不安になって
良くも悪くも現在進行形で僕は沼塚を目で追い
頭の中は現実の沼塚との思い出と妄想上の沼塚ばかり。
こうもしないと沼塚と近付けない僕と
幼馴染で何年も沼塚のことを想っている女の子とでは現実的なギャップがありすぎる。
きっとあの子は好きなときに会えて
女の子という時点でもう沼塚の恋愛対象に入れてるんだ。
僕はそう簡単には行かなくて
性別の壁が分厚すぎる。
(本当になんで、好きになっちゃったのかな)
今更、後悔の念に駆られて頭が痛い。
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