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退勤時間を過ぎた頃、窓の外は滝のような豪雨に包まれていた。
高層ビルの窓を叩く雨音は、どこか不穏で
それでいて二人だけの世界を外界から遮断しているようにも聞こえる。
地下駐車場から直通の車で帰宅した私たちは、本来なら濡れるはずなどなかった。
「……っ、冷たい」
マンションのエントランスに足を踏み入れた瞬間
不運にも吹き込んできた激しい雨風に煽られ、私のブラウスは肌に張り付くほど濡れてしまった。
透けそうになった生地を咄嗟に腕で隠した私を
京介は苦々しげな、けれどどこか焦燥を含んだ眼差しで見つめる。
「ったく、どんくさいな。……風邪を引かれたら、明日からの『契約遂行』に支障が出る。さっさと風呂に入ってこい」
彼に促されるまま、私は広いバスルームへと駆け込んだ。
贅沢なジャグジーに身を沈め、温かい湯に包まれてようやく人心地つく。
けれど、脱衣所に下着の替えや寝巻きを忘れてきたことに気づき、私は己の失態に絶望した。
同棲?を始めてまだ数日。
慣れない環境で、自分の荷物の配置さえ完璧に把握できていない。
(どうしよう…バスローブはあるけれど、それを着ただけの姿で京介のいるリビングを通るなんて、刺激が強すぎる……)
湯船の中で頭を抱えて迷っていると、脱衣所の扉が小さくノックされた。
「志乃。タオルと着替えを置いておくぞ。……それと、予備のこれだ」
ドアの隙間から差し出されたのは、京介の私物と思われる、上質なコットンの大きめな黒いTシャツだった。
「……ありがとうございます、社長。あ、いえ、京介」
「……十分に温まったらすぐ出てこい。スープを作らせてある」
彼の足音が遠ざかるのを耳を澄ませて確認し、私はようやく浴室を出た。
差し出されたTシャツに袖を通す。
それは男性である彼に合わせて作られているため、私にはあまりに大きく
首回りは頼りなく開き、裾は太ももの真ん中あたりまで届いた。
鏡に映る自分の姿───
眼鏡を外し、視界が潤んだまま彼の香りに包まれているその格好は、自分でも直視できないほど無防備だった。
意を決してリビングへ向かうと、京介はソファでワイングラスを傾けていた。
私の姿を一瞥した瞬間、彼がグラスを口へ運ぶ動きがぴたりと止まる。
「……やはり、サイズが合わなかったか」
「すみません、だらしない格好で……。髪を乾かしたら、すぐに着替えてきます」
気まずさに耐えかねて立ち去ろうとした私の手首が、逃げ場を塞ぐような力強さで掴まれた。
そのまま抗う間もなく引き寄せられた先は、彼の膝の上だった。
「……っ、!? ここは誰も見ていませんよね?演技は…」
「誰も見ていないから、こうしてるんだと言っただろう」
京介の逞しい腕が、私の腰をがっしりとホールドする。
まだ濡れたままの髪から滴る水滴が、彼から借りたTシャツを黒く染めていく。
「お前、さっきから震えてるぞ。寒いのか?」
「それは……」
答えに詰まる私の耳元に、彼の熱い唇が掠めるように触れた。
外の豪雨の音に混じって、トクン、トクンと
重く速い自分のものではない鼓動が肌を通して直接伝わってくる。
「仕事のときは『シゴデキ』な鉄面皮のくせに、家ではこんなに脆くて、危ういのか」
「なっ…」
独占欲に満ちたその低い声に、私の体は裏切るように芯から熱くなっていく。
契約条項には「夜の義務」がある。
けれど、今彼が私に向けてくる、射貫くような視線は
単なる義務感からくるものではない気がして───。
私はただ、彼の腕の中で、甘い香りと支配欲に翻弄されるしかなかった。
#ワンナイトラブ