コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
*****
数時間前に買った包みを並べて眺めていた私は、ヴーヴーッというバイブ音に慌ててバッグの中を漁った。
麻衣からの着信だった。
「もしもし」
『あきら!?』
急用なのか、少し慌てた様子の声。
「うん? どうしたの?」
『助けて……』
一転して、涙声。
「麻衣!?」
『もう……わけわかんない……』
グスッと鼻をすする音。
『私……、駿介が好きなの……。だけど……、なんで……今更……』
「麻衣?」
『陸は……イギリスに行っちゃうのに……』
察するに、陸さんが本気で麻衣を口説き始めたのか、それとも、陸さんのイギリス行きに麻衣が迷い始めたのか。
どちらにしても、麻衣が泣きながら電話してくるなんて、よっぽどのことだ。
私の視線の先には、龍也へのプレゼント。
勇伸さんへのプレゼントを買いに行ったはずなのに。
私はプレゼントから顔を背けた。
「麻衣、今家?」
『う……ん』
「一人?」
『う……』
「今から行くから!」と言った時には、立ち上がっていた。
『え?』
寝室で一日分の着替えをショップのビニール袋に入れて、バッグに突っ込む。
「すぐ行くから」
麻衣の返事を待たずに、私は家を飛び出していた。
麻衣が心配だ。
それは大前提だけれど、私が一人でいたくなかった。
プレゼントを眺めながら、自分の気持ちに悶々として過ごすのが嫌だった。
助けて欲しいのは、私も同じか……。
麻衣の家の駅前のスーパーで手当たり次第に缶チューハイやつまみ、お菓子をカゴに放り、両手に抱えて言った。
インターホンを押すとほぼ同時にドアが開く。
「ダメじゃない、確認しないで開けたら」と、私はわざとらしく口をムッと曲げて言った。
麻衣がフフッと笑った。
「あきら、彼氏かお父さんみたい」
「心配してるんでしょ」
「うん。ごめん」
「涙、止まった?」
「うん」
私が買って来た缶チューハイやお菓子をテーブルに広げ、とりあえず、飲む。
昔はよく、こんな風に誰かの家に集まってお泊りパーティーをした。
あの頃は、好きな人の話や彼の話、デートでどこに行ったとか、キスをしたとかエッチはまだだなんて可愛い話をしていた。
あれから十年……か。
「で? 陸さんと何かあった?」
私はポテトチップスの袋をベリッと開けた。
「一緒にイギリスに来てくれ、とか?」
「違うよ。そんなこと、言われてない!」
「そうなの!?」
麻衣は、うんうん、と首を縦に振る。
「食事に誘われたの」
「それだけ!?」
「それだけって――」
麻衣が少し考えて、持っていた缶をテーブルに置き、膝の上で手を握り締めた。
「私ね、二年前に陸と――」
麻衣がゆっくりと、少し気まずそうに話だし、私は黙って聞いていた。
ずっと陸さんが好きだったこと、二年前の飲み会の後で陸さんとセックスしたこと、それをなかったことにしたこと。なのに、本当は陸さんは憶えていて、それをさっき知って動揺して私に電話してきたこと。
麻衣らしいな、と思った。
好きな男性の、陸さんの幸せを願って身を引いた。
麻衣と陸さんが本当は想い合っているんじゃないかと、OLCのみんなも思っていたと思う。だけど、陸さんの結婚と、その時の麻衣の喜びようを見て、その感情は友情なんだと感じた。
麻衣は張り切って結婚祝いを選んでいたし、何度も「おめでとう」と言っていた。陸さんの奥さんに会った時も、笑っていた。
麻衣は、強いな……。
今頃とはいえ、陸さんが麻衣にこだわるのは当然だ。
こんな風に愛されて、忘れられるはずがない――。
とはいえ、鶴本くんと仲良くしている麻衣を惑わせるのは、やはり違うと思う。
いくら、イギリス行きが迫っているとはいえ。
「――だから、『先に勝手をしたのは、麻衣だ』なんて言ってたんだ」
「え?」
「忘年会の後、陸さんが言ってたの」
陸さんが言っていた『麻衣の勝手』とは、セックスの証拠隠滅をして逃げたことだろう。
けれど、陸さんはそれに救われたはずだ。
波風立てずに結婚できた。
麻衣を取ろうとしていた……?
「陸さんが鶴本くんを挑発するようなことをするから、勝手だって言ったの。そしたら、人のことを言えるのかって言い返されちゃった」
「……陸が?」
「うん。珍しく、かなり本気モードだった」
私はパリパリとポテトチップスを噛む。
「あと、『このままじゃ、友達にすら戻れない』とも言ってた」
麻衣が困ったような表情で俯く。
二年前に自分がしたことへの罪悪感か、陸さんの気持ちを推し量っているのか。
「麻衣は鶴本くん、好き?」
麻衣が、迷いなく頷く。
「陸さんよりも?」
今度は頷かない。
「じゃあ、地球が滅亡する時、鶴本くんと陸さんのどっちと一緒に居たい?」
聞いてから、今の麻衣には酷な問いだったと思った。
「そんなこと――」
「――って、なんで千尋はあんなこと言い出したんだろうね」
私はフッと笑って見せた。
本気で、笑えた。
「いきなり、地球滅亡の時がどうとかって」
「ああ……」
「私、ハメられた気がする」
「え?」
「あれって、龍也に言わせるためのフリだったよね」
「そうなの!?」