注意
・璃羅が零の事を雨零と呼ぶ事がありますが、それはあだ名だと思ってください。零と雨零を呼び分ける意味はありますが、物語においてそこまで重要ではありません。
・話中で花の名前が出てきますが読み終わるわで花言葉等調べない様にお願いします。読み終わり、深掘りしたい方は個人でお調べ下さい。一応全ての花言葉は話中で明かされている(はず)です。
・なるべく気を付けていますが、少し現実味のない話となっているかもしれません。実際には有り得ない事もあると思いますが大目に見てくださると有難いです。誤字脱字等ありましたらコメント欄で御指摘お願いします。
その他、気になる点、可笑しな点などありましたら御指摘頂けると幸いです。今後のの参考にさせて頂きます。また、その指摘等から説明を付け加える可能性がございます。
episode 0
誰よりも不変を願った。
何度だって明日を望んだ。
誰よりも何よりも何回も。
だから俺は 彼女を愛した。
一瞬。何が起こったか分からなかった。
手を繋いで後ろを歩いていたらはずの雨零は何故か俺の前に居て。
さっきまで立っていたはずなのに地面に横たわっていて。
青と白を基調とした服は所々赤に染まっていて。
俺の大好きだったふわふわの海月のような髪からは綺麗な紅色の鮮血が滴っていて____
気が付いたら、救急車の中に居た。
記憶がない。
気が付いたら、手術室の外に居た。
記憶がない。
気が付いたら、取り調べ室に居た。
記憶がない。
白い壁。白い天井。白いシーツ…。
「保健室….」
保健室の匂いがする。仄かな消毒液の匂いと温かい部屋、下のベットシーツは家のベットより硬いはずなのに何故か柔らかい気がして、初使用特有の掛け布団のふんわり感が心地いい。
いや、違う。俺は学生じゃない。違う。
…..病院か?
そうだ。雨零が、雨零が….
雨零は何処だ。どうなった。生きてるのか?
ここが病室ならナースコールボタンがあるはずだ。俺はナースコールを押して返事が来るまで待つ。すぐに出てくれた看護師らしき人に名前を名乗ると、今行きますね、と返ってきた為、俺は隣の椅子に座って待つことに
「!!?」
しようとしたんだが、立ちあがろうと地面に足を着いたら、右足首が異様に痛くてベットにまた倒れてしまった。
俺はあの時当たらなかったはず。この目で地面に倒れる雨零を見たのだから。
「雨零….。」
顔を顰めてベットに蹲っていたら、扉の方からコンコンとノックの音が聞こえた。
看護師だと思い音の聞こえた扉の方に目をやると、
そこにあったのは親友の白衣姿だった。
「やぁ、リラ」
「お前…ココで働いてたのかよ。」
彼が医学部を卒業し、この街で医者をしている事は知っていたが…まさかこんな所で彼の職場を知る事になるとは思わなかった。
「あれ、言ってなかったっけ?」
「…そんな事はどうでも良い。雨零は何処だ」
「まぁ落ち着けって」
俺とコイツと雨零は幼馴染だ。年齢こそ違うものの、むしろその年齢のギャップが俺らを兄弟の様に仕立て上げた。
まぁ最終的に俺と雨零は恋仲になった訳なんだが。
「落ち着いてられるかよ!!!雨零が死んだら…死んだら…なぁ、俺は…」
「落ち着け。」
「だって…!!」
「落ち着きなさい」
「!!…さっきから___」
「落ち着けって言ってるんだ!!!!」
目の前に居た医者が叫んだ。
俺は突然挙げられた大声に彼を見る事しか出来ない。
ふと彼の目を見ると憤怒に震える眼に、憐みと哀しみが混じっている事に気がついた。
「生きている」
「!!!! 本当か!!??」
「…一応。な 生きているには生きている」
「早く!!! 会わせろ…」
「覚悟は出来てるんだよな?」
覚悟?
「覚悟ってなんだよ!良いから!」
生きているのに覚悟など必要あるものか。
「アイツを失う覚悟が、出来てるかって言ってんだ。いつかはって、わかってたはずだろ」
分かっていた?
「さっきからゴチャゴチャうっせんだよ!なんなんだよ覚悟とか分かってたはずとか!!!」
「だからっ!!!…お前」
医者が目を開いて驚いた様な表情を向ける。
急に変なこと言われて驚きたいのはこちらだというのに。
「なんだよ!!」
「知らないのか…?」
バカにする様な、挑発する様な口調でない事は分かっていた。でも、今の俺にはソレを判断して落ち着ける程の心の余裕はない。
「何が!!!揶揄ってんなら…ふざけてんなら今すぐにでもお前を___」
「解離性同一性障害」
「…は?」
「二重人格やら多重人格やら呼ばれてる奴だよ。そのくらいは知ってるだろ」
「…何言って…」
目の前の医者は何を言っているんだろう。何故知っているのだろう。なぜ俺は知らなかったのだろう。
彼だけが…知っている事?
「脳へのダメージが大き過ぎた。いや、まずとして雨零、アイツの症状が特殊過ぎたんだ。」
「だって雨零はずっと…子供の頃から病弱で…それで」
それで入退院を繰り返してて。
「そもそもDIDはメンタルケアで治る病気のはずなんだよ。でもアイツのは、特殊過ぎたんだ。…メンタル面からくるものであればどれだけ良かったか…。」
彼は言う。彼女はDIDで、精神の不調からくる後天性のものではなく、先天性の人格障害であると。
先ほどの事故で頭部を強打したことで人格形成が狂い、先程までいた雨零が眠ってしまったのだと。
先天性の人格障害が極めて稀な例で、更には頭部を損傷などという前例が一切無いことから、眠った人格が起きる可能性がどの程度なのか、前提としてそれがあり得るのかすらもわからない…と。
すなわちそれが意味する事は
「君の知っている雨零はもしかしたら、もう死んでいるかもしれない。」
という事だった。
彼の綴る事実は、言葉は、声は、慣れた作業を繰り返すかの様に事務的だった。今までにどのくらいこの様な事を繰り返してきたか知らない。ただそれでも、衝撃的な重い事実を淡々と告げられるこの感覚は『不快の絶頂』それ以外に言い表す言葉が無いくらいに不気味だった。
「…申し訳ないが今のお前を零に合わせる訳にはいかない。お前も…苦しいのは分かるさ。でも、これは零の為でもあり、お前のためでもあるんだぞ。それだけは、分かっていて欲しい。」
そう言って、医者は扉を潜っていった。
ーーーーー
1人、知らない世界に取り残された感覚だった。…いや、1人残されたのは事実なのだが。本当に、今までと同じ世界が目の前に広がっているのだろうか。横を向けど愛しい彼女は居ない。もう二度と、あの微笑みを向けられることはないのだろうか。
なんて、今はただその事実に縋らせてくれ。
泣くには充分。
でも堕ちるには足りない。
悲しむには余りすぎて。
でも絶望するのは傲慢なんて。
『あのー』
扉の向こうから声が聞こえた。
『勝手に絶望するのやめてもらえません?』
…誰?
いや、看護師の服装をしているから看護師なんだろうけど….急に入ってくるか?普通。
「いや誰って…この病院のナースだけど?てか名乗る必要もないし。あ、名前はキラリだよ」
名乗る必要がないと言いつつ思い切り自分の名を名乗り始めたキラリ?とかいう看護師。敬語ではなく解けた口調で話す彼女に、俺も名を名乗った。勿論タメ口で。そうするとどこか鼻につくニコッとした笑顔で 知ってる と返された。なんだろう、初対面で申し訳ないけどちょっとうざい。
「あぁ、そうそう。零の様子を伝えにきたんだった。」
「雨零は、零は、今何を…」
「今はまだ寝てるよ。」
「…そうか」
「あとね。これ」
まだ何かあるのか、正直もう疲れているから1人にして欲しいのだが。
そう言ってナースが差し出したものは赤薔薇のドライフラワー。綺麗にラミネートされて栞状にされているそれは、乾かす際に失敗したのか茶色く変色していて不恰好になっている。通常の薔薇よりも大きいそれは、ドライフラワーにするには少し勿体無いと感じる。
俺にはこの花に見覚えがあった。
「…雨零…?」
貰った花束のうち、一段と目立つ大きな一本を彼女に飾ったあの日の出来事はまだ記憶に新しい。部屋に飾ってある形跡もないから花束の花瓶に戻したのだと思っていたが、まさかドライフラワーにして持っていたとは…。
「おぉ、よく分かったね。零の鞄の中に入ってたらしいよ?本当は勝手にしちゃダメなんだけどね〜…幼馴染だから良いんだって先生がゴリ押してきたから(遠い目)」
どうやらキラリもかなりの苦労人らしい。ちょっと同情。
「そういえばリラと零は恋人なんだっけ?」
「…あーーまぁ、そうだな」
急に話題が変わったせいで返事が少し遅れてしまった。
「ふーん。この花はリラがあげたかんじ?」
「当たらずとも遠からず。貰ったものを返した。」
「え、サイテーじゃん。カワイソー」
「なんでそうなる….いや、そうなるか。」
「もしかしてリラってクチベタ?」
「クチベタ…?口下手か、いや?そうでもないけどな。」
「いやクチベタでしょ。いや、アホ。」
「失礼すぎるだろ。初対面だぞ俺ら。」
「どーでもいいのーそんな事ー。それより説明省いたとこの詳細教えてよ。」
「別に良いけど面白くないぞ?お前曰く俺はクチベタらしいからな。」
「良いよ。うちが聞きたいの。 」
「りーらっ!」
「どしたの雨零〜」
雨零が後ろで手を組みながら問いかけてくる。俺よりも頭一つ分低い位置にある雨零の頭。身長の差のせいで隠せていない花束に見ないフリをして返事を返す。
「ねぇ、アジサイ の花言葉って知ってる?」
予想していなかった問いかけに少し戸惑ったが、雨零がこういうスピリチュアル的なものが好きだと言う事は知っていた為、単なる雑談だろうと1人で納得する。
「うーん。なんだったかなぁ….浮気だっけ?わかんね。」
「もー…なんでそんな暗い意味の方だけ知ってんのさ。和気あいあいとか寛容とかもっと色々あるでしょー?」
「あーそんなのもあった気がしなくもない。てかまず俺そーゆーのに疎いからなぁ…。」
「まぁそんな気はしてたけど。」
「なら聞かないでくれよ…んで、その後ろにある薔薇は俺にくれるの?」
「見えてたの!?!?」
「見えてるよ。」
頑張って見えない位置探したのに…としょぼくれているのが可愛らしい。まぁまずとしてこれだけ近付いていてそのデカイ花束に気付かない訳もないのだが。
「…まぁ、いいよ。はい。これ。」
「くれるの?」
「あーもーうるさいな!あげるってばぁ!」
「ならこうしないとね」
俺は目に入った中心の薔薇を一本抜き出し、彼女の手に渡した。流石に濡れた茎がある以上胸ポケットにさす訳にもいかないからね。てかまずとして大きさ的にささらないし。
「…なんでここだけちゃんと紳士的なの…」
「あれ?プロポーズじゃなかったのか?」
「あー!!!うるさいうるさい!!!」
「まぁこれをプロポーズにさせるつもりはないけどね。」
「…リラがしてきても絶対良いよって言ってあげないんだから。」
「プロポーズ失敗したから雨零が拗ねちゃった 」
「別にプロポーズじゃないし…花束から一本渡すの私の方だし。失敗じゃ無いもん。」
「因みにこれ何本なの?」
「45本。意味は自分で調べといて。忘れちゃったから。周りの花はスターチスね。私もう寝るから。オヤスミ。」
「おやすみ。調べておくね。」
「ん。」
きっと彼女は花言葉を忘れてなどいないのだろう。素直になりたくないのか調べて欲しかったのかは分からないが。多分前者だ。
そんなテレカクシも可愛いだけなのに、と惚気ながら俺は花言葉を調べて眠りについた。(勿論雨零の部屋に忍び込んで。)
「へ〜。2人ともロマンチックだねぇ〜。」
「揶揄うなよ…。別に良いじゃねぇかちょっとくらいクサくても。」
「そこまで言ってないよ〜 ただちょびーーっと、いやだいぶ恥ずかしい奴だなって思っただけで。」
クッソコイツに話すんじゃなかった。やめろよ過去の俺。何が「これをプロポーズにさせる気はないけどね」だよ。黙れこの黒歴史製造機が。
「花言葉はちゃんと調べた?」
「調べたよ。確か薔薇の方が45本で天使の祝福?で、スターチスの方が永久不変だったか?多分。」
「調べてないじゃん。」
「お前俺の話聞いてたか?」
あまり詳しくは調べていないし覚えてもいないが、調べてないはまた違うだろ。
「聞いてたよ。両方合ってるけど。でも足りない。 この栞でもうピースは揃ったはずだよ。」
「…は?」
「これだから鈍感アホは…。」
「しばき回すぞ。」
「まぁそうだね、まずドライフラワーの花言葉は知ってる?」
俺の精一杯の脅しをいとも容易くかわされた。というかフルシカトされた。辛い。
「俺そういうのには疎いんだ。」
「…わからないならハッキリとそう言ってくれると助かるかな。まぁいいや、ドライフラワーの花言葉は永遠ね。」
「ほぉ」
「この調子だと他のもわかんないと思うから続けて言うよ。次に44本の薔薇の花言葉ね」
「44本?貰った薔薇は45本だけど。」
「リラが貰ったのは44本でしょ?1本は零にあげたんだから。」
「…あぁ!!!」
「44本の薔薇の花言葉は変わらぬ愛を信じる。または不変の愛を信じる」
「なんか、すげえロマンチックだな。」
「…零があの病気にかかっていなければ。それで終わったのかもね。」
彼女の病名は解離性同一性障害。
「ドライフラワーは枯れた花と称されることがある。まずとして場所によって複数の意味が存在するんだ。」
人格が複数存在し、不変を維持出来ない病。
「変化により、不変となったドライフラワー」
誰よりも、変わらずを願って、
「彼女の花は死んだ。」
それでも意思に背き変わり続けるココロ。
浮かび上がる言葉は。
『変わってしまった一本の薔薇に残された44本の薔薇とスターチスで包んで』
「まぁ、ただの憶測だけどね。真実を知る彼女は今居ないんだし。」
「うちはもう戻るよ。ほかの業務があるから。」
「…ありがとう。 」
そんな言葉は、とあるナースの去り行く背中に消えていった。
また1人残された病室で考える。先程の話が本当ならば….。
もし、本当にそんな意味が隠されていたのなら
もし、本当にそう願っているのなら。
あるかもわからない憶測。でも、
それでも、もう答えは決まっている。
俺は信じるしか無い。
君がくれたハナタバに、今度はちゃんと返事をしよう。
「俺を信じてくれた君を、俺は信じるよ。」
永遠の愛を誓おうじゃ無いか。
純白の紫陽花を送ろう。
だから、その時は….。
『君が、僕に一本分けてくれ。』
〜fin〜
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お前天災