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晩餐会当日、梅田の夜空は冷たく澄み切り、星々が神戸の港町とは異なる都会の喧騒の上に輝いていた、鈴子の住む定正所有のタワーマンションは、梅田駅前のスカイラインを切り裂くようにそびえ立ち、ガラスとスチールの外壁が街灯の光を乱反射させて眩い輝きを放っていた
鈴子は自室の鏡の前で、晩餐会の身支度の最後の仕上げを終えていた、いつもより念を入れてめかし込んだその姿は満足する出来栄えだった、この日の為にエステに通い肌を磨き、ヘアサロンでメイクアップとヘアセットを終えた
彼女が選んだのは太腿まで深くスリットが入ったブラックのドレス、シルクの生地が彼女のしなやかな身体にぴったり張り付き、動くたびにキラキラと光を反射している
首にはダイヤモンドのチョーカーが輝き、まるで彼女の存在そのものを際立たせ、足元にも宝石をあしらったハイヒールが繊細な輝きを放っていた
アップにした髪はティアラで止められ、そして、仕上げに定正から贈られたブルー・フォックスの毛皮を羽織り、その深く柔らかい毛並みが、贅沢に彼女を包み込んでいた
映画スターも顔負けする鈴子の豪華さは、誰もが振り返るほどのオーラを放っていた
彼女は鏡に映る自分を見つめて深く息を吸った
―いよいよだわ・・・―
心臓が静かに、だが力強く鼓動を刻む・・・今夜、神野外務大臣主催の晩餐会で、彼女は定正の妻・百合と初めて対面する
この4年間、定正の愛人として彼の影に寄り添ってきた鈴子にとって、この夜はただの公式行事ではない、自分の存在を、定正の人生の中でどう位置づけるのか、その答えを突きつけられる瞬間だった
エレベーターが静かに1階に到着し、扉が開くとコンシェルジュカウンターの明かりが大理石のロビーを暖かく照らしていた
鈴子はハイヒールの音を軽やかに響かせながら、タクシーを呼んでもらおうとカウンターに向かった、ロビーは静寂に満ちてコンシェルジュの丁寧な挨拶が一瞬だけ彼女の緊張を和らげた
しかし車寄せに足を踏み入れた時、鈴子の視線が入口のダラスの玄関ドアに吸い寄せられた
シルバーのベンツが玄関口ど真ん中に停まっていた、その流線型の車体は街灯の光を浴びて鈍く輝き、ボンネットにもたれかかってこちらを見つめる人物と鈴子の目が合った
「増田・・・専務?」
もう一度じっくり見た、間違いない・・・増田だ・・・彼は、かつて鈴子が北海道支社に左遷させた男だった
2年前、鈴子の密告で定正が動いた人事異動で、増田は会社の中枢から遠ざけられ、冷たい北の大地に飛ばされた経験から自分に恨みを持っているはずと鈴子は思っていたが
今、鈴子の目の前に立ち、彼はまるで別人のような落ち着きと自信を纏っていた、そして今の彼はブラックのタキシードに身を包み、髪は几帳面に整えられ、かつての敗北者の面影はどこにもなかった
彼の目は鈴子をじっと見つめてかすかな頬笑みを浮かべていた
「高村主任、久しぶりだな」
増田の声は低く、どこか懐かしさと挑戦的な響きを帯びていた、鈴子は一瞬こんな所で会うはずの無い会社の人間に遭遇して言葉を失ったが、すぐに秘書としての仮面を被った
「増田専務・・・お元気そうで何よりです、こんなところで何を?」
彼女の声は穏やかだったが心の奥では警戒の針が動いていた
―なぜ彼がここに? ―
増田はベンツから身体を起こしてゆっくりと彼女に近づいた、その足音が、車寄せのアスファルトに静かに響く、夜風が鈴子の毛皮をそっと揺らし、彼女のドレスのスリットから覗く脚に冷たい空気が触れた
「会長からの伝言だよ」
増田は一歩近づいて声を低めた
「今夜、俺が君のナイトを務める、晩餐会で君の傍にいるよう頼まれた」
鈴子の眉がほんの一瞬だが動いた
―どうして彼が、増田をここに寄こしたの?―
鈴子の胸に複雑な感情が渦巻いた、ようやく定正の妻・百合と対面する夜に・・・そこには、定正の深い意図が隠されているように思えた
―信頼か、試練か、それとも・・・彼は何か知っているの?―
「ナイト・・・ですか、そんなものは私には必要ありません」
増田は小さく笑って肩をすくめた
「俺も言ったんだよ、君はそんなもの必要ないだろうって、でも会長の命令だ。俺に逆らえる訳ないだろう? それに・・・」
彼は一瞬言葉を切って鈴子のドレス姿を上から下まで眺めた
「今夜の君は、あまりにも素敵だ、良い子にしていると誓うよ」
その言葉に鈴子の唇がわずかに引き締まった、そしてじっと目を見つめて彼の真意を測りかねた、増田は本当に過去に自分にされた仕打ちを水に流しているのだろうか・・・
そしてあの人は・・・定正は何を考えているの?
鈴子の心は百合との対面への緊張と、増田の登場による新たな不安で揺れていた、増田は変わらず楽しそうに瞳をキラキラさせている、やがて鈴子も肩をすくめて言った
「会長の命令とあっては私も逆らえるハズがありません」
「それでは行きましょうか?お嬢様♪」
鈴子はコンシェルジュにタクシーをキャンセルするよう伝え、増田のベンツに向かって歩き出した、ブルー・フォックスの毛皮が夜風に揺れた、増田が助手席のドアを開けて彼女をエスコートする
「半径30センチ以上、私に近づかないでください」
クスクス・・・「ハイハイ」
車窓の外では、梅田のビル群が光の海のように広がっていた