テラーノベル
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5話目もよろしくお願いします!
スタートヽ(*^ω^*)ノ
次の日から、キヨは動いた。
眠れないまま迎えた朝。
首元に残る痛みと、唇に残る熱を振り払うように、彼は資料室の扉を開けた。
「……本来あるべき場所、か」
レトルトの声が、耳の奥で何度も繰り返される。
積み上げられた新聞記事。
過去の事件記録。
盗まれた宝のリスト。
キヨは一つずつ、丁寧に指でなぞった。
どれも、確かに「盗まれた」もの。
だが同時に――
“元の持ち主が別に存在していた”
キヨはさらに調査を進めた。
一件だけなら偶然かもしれない。
だが、二件、三件――いや、すべて。
レトルトが盗んだ宝の“元の持ち主”。
その名前を追い、戸籍を辿り、古い記録を洗い、関係者の証言を拾い集めた。
そして辿り着いた答えは、あまりにも残酷だった。
どの宝も、
正当に譲り受けられたものではなかった。
武力。
脅迫。
権力。
国家。
富豪。
支配。
「……譲り受けたものなんて、ない……?」
キヨの声は、乾いていた。
歴史の裏に埋められ、存在ごとなかったことにされた人々。
キヨの指が止まる。
「….まさか」
レトルトは本当に奪われたものを、奪い返している?
疑念が、確信に変わり始める。
キヨは椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。
正義とは何だ。
悪とは何だ。
自分が追っている男は、本当に“捕まえるべき存在”なのか。
「じゃあ……俺は……今まで….」
胸の奥が、じわじわと痛む。
怒りでも悲しみでもなく、もっと深い、崩壊に似た感情。
「奪った側を守り、奪い返す側を悪と呼んでいたのか….?」
昨夜、仮面の奥で燃えていたあの瞳。
憎しみと悲しみと、決して消えない炎。
それは、ただの愉快犯の目ではなかった。
宝の元の持ち主が
――生きている。
その一報を掴んだ瞬間、キヨは椅子を蹴るように立ち上がっていた。
机上の資料。
擦り切れた古い写真。
「……本当に、ここにいるのか……」
半信半疑のまま、キヨは電車に乗った。
都会の喧騒が遠ざかり、
コンクリートの景色が消え、
窓の外は次第に緑へと変わっていく。
乗り換えを繰り返し、
最後は一両だけのローカル線。
降り立った駅には改札すらなく、
風の音と鳥の声だけが響いていた。
そこから少し歩くと 小さな村が見えてきた。
古い木造の家。
畑。
洗濯物が揺れる庭先。
そして――
子どもたちの笑い声。
追いかけっこをする小さな影。
それを縁側から微笑みながら見守る大人たち。
裕福とは言えない。
けれど、そこには確かに 幸せ があった。
キヨは立ち尽くした。
「……ここが……?」
宝を“奪われた被害者”が暮らす場所。
穏やかで、優しくて、
世界から切り離されたような静かな幸福の香りがする村。
見知らぬ訪問者に、村はわずかにざわめいた。
畑の手が止まり、
子どもたちの遊ぶ声が遠のく。
それでも敵意はない。
ただ、なぜここに都会の男がいるのか――
その純粋な疑問だけが漂っていた。
キヨは帽子を取り、頭を下げる。
「…あの、ある宝の持ち主を探しています。
“紅輝のルビー”を知っている人はいませんか」
その言葉に、村人たちは互いに顔を見合わせた。
そして。
小さな女の子が、キヨの服の裾をちょこんと引いた。
「お兄ちゃん!こっちだよ!」
細い手が、ためらいなくキヨの指を握る。
導かれるまま、村外れへ。
草の道を抜けた先にあったのは、
古びた小さな小屋。
扉を開けると、
ひんやりとした空気と、ほのかな線香の匂い。
奥の壁に、簡素な神棚。
そして――
そこに置かれていた。
赤く、深く、炎のように輝く宝石。
紅輝のルビー。
確かに、
怪盗レトルトが盗んだはずの宝。
「……これは……」
キヨは言葉を失い、立ち尽くす。
その時。
――コツ、コツ、と杖の音がした。
背後から、しわがれた声が静かに響いた。
「遠いところから、よう来なさったね」
振り返ると、
小さな背中を丸めた老婆が立っていた。
深い皺の奥にある瞳は、
まるで長い時をすべて見通してきたように静かだった。
ここに来た経緯をキヨが話し終えると、
老婆はまるで最初からすべて知っていたかのように、ただ静かに頷いていた。
老婆は神棚の前に座り込み、
紅輝のルビーをそっと両手で包み込んだ。
「この宝は、この村のすべてじゃ」
ゆっくりと語り始める。
「歴代の長が代々受け継ぎ、 村の繁栄と平穏を願って祈りを捧げてきた。
宝そのものに価値があるのではない。
ここに生きる人々の心が宿っておる のじゃよ」
キヨは息をのむ。
「だが、ある日――
その“価値”を嗅ぎつけた外の世界が、
この小さな村を見つけてしまった」
老婆の指がわずかに震える。
「武器を持った者たちが押し入り、 宝を差し出せと迫った。 村の若者たちは必死に守ろうとした。
だが、力の差はあまりにも大きかった…」
語られる光景は淡々としているのに、
その一言一言が胸を締めつける。
「傷つき、倒れ、 泣き叫ぶ者を抱きしめながら
わしらはただ祈ることしかできなかった」
老婆は目を閉じる。
「そして宝は奪われ、その事実は闇に葬られた 」
沈黙。
小屋の外で、子どもたちの笑い声がかすかに聞こえる。
「……では、この宝は…」
キヨが問いかける。
老婆は静かに頷いた。
「あの子が取り返してくれたのじゃよ」
キヨの目が大きく見開かれる。
老婆は優しく微笑んだ。
深い皺に刻まれたその笑みは、長い年月を生き抜いた者だけが持つ温かさを宿していた。
「あの子がこの村を、
そして私たちを救ってくれたのじゃ」
キヨは息を止める。
「あなたは彼を悪だと思うかもしれない。
だが――わしらにとっては 英雄 じゃよ」
その言葉が、胸の奥に重く沈んだ。
キヨの中で、
これまで積み上げてきた“正義”が音を立てて崩れていく。
予告状。
華麗な犯行。
挑発する笑み。
燃えるような瞳。
――すべてが、別の意味を持ちはじめる。
「……返していたんだ」
キヨは小さく呟く。
「奪うためじゃなく、
本来あるべき場所へ……」
拳を握る手が震える。
追い続けてきた相手。
憎み、捕まえたいと願ってきた宿敵。
けれど――
レトルトは……悪じゃない。
キヨの心臓はうるさいほどなっていた。
老婆にお礼を言い小屋の外に出た時には
夕焼けが村を赤く染めていた。
続く
コメント
2件
ひぃ……天才すぎる… なんか泣きそう…やっぱ舐め回す…