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よくある一軒家よりもかなり広い食卓。テーブルの上には、どうみてもパーティー用のフルコース以上の料理が、ところせまし…どころか、乗り切らない分がワゴンや別の台にも置かれている。
アリエッタは不思議そうに周囲の料理をキョロキョロ見渡し、ミューゼは困った顔でテーブルに乗っている料理を眺め、ピアーニャとロンデルは呆れたように、食器をテーブルに並べるパフィの母親を見つめている。
「一体どれだけ作ったのよ……誰が食べるのよ、こんなに」
「ごめんお姉ちゃん。口を塞いだ分の無駄な力が、ごはんに向かったみたいなん……」
パフィは横にいる女の子に謝られるも、疲れた表情で首を横に振る。
家に着いた一同に襲い掛かったマシンガントークはしばらく続き、ロンデルが宿を確保して戻ってからもまだ続き、直撃を受け続けていたパフィが力尽きそうになる前に、背後から走ってきた女の子によって止められていた。
「助かったからいいのよ。それよりも……」
「サルグツワしながら、ニコニコとしょくじのジュンビするすがたは、シュールだな……」
「色々と反応に困りますね」
マシンガントークを止めた方法は、背後からの猿轡である。
喋っている時に突然猿轡を噛まされたパフィの母親は、唸りながら女の子を恨めしそうに見て落ち込んだ。しかしアリエッタのお腹から小さな音が鳴った瞬間すぐに笑顔になり、親指を立てて見せてから家の奥へと走って行ったのだ。
パフィは嫌な予感がしつつも、ベッドだけが残っている自分の部屋に3人分の荷物を運び、全員でリビングに向かった。そこで待っていたのは、困った顔で入り口に佇む妹の姿と、猿轡をしながら嬉しそうに食事の準備をする母親の姿だった。
「えっと、パフィの何倍の速さで料理してるの?」
「……普段なら私の5倍程なのよ。でも今はどうみても暴走してるのよ。10倍どころじゃないのよ」
「今の短時間でこんなに作ったのですか……ラスィーテの人の能力は本当に凄いですね」
ラスィーテ出身の人々が、必ず持っている料理の能力。料理工程を短縮する、想像通りに動かす、長時間保温&冷却など、人によって差はあったりするが、ラスィーテ以外の人々から見れば不思議で便利で非常識な能力である。ちなみに食べ物や料理工程として認識している物にしか作用しない。
「ママが異常なん……。食器揃えたみたいだから、好きなとこ座っていいん。お姉ちゃんはこっちなん」
「じゃあアリエッタはあたしとクリムで面倒みるね」
「……仕方ないのよ」
残念そうに席に着く。
全員が座ると、パフィの母親が口を封じられたまま一息つく。
「……スッキリしたん?」
妹が問いかけると、母親はコクコクと頷く。そして猿轡を外してもらった。
「お恥ずかしいところをお見せしたの。すっかり慌ててしまったの」
「さっきと別人みたいね」
「それじゃあアリエッタもお腹空かせてるし、食べながら紹介するのよ」
なんだか豪華だが、ここは一般人の家。パフィと妹が食べ始めると、大人達からゆっくりと食べ始めていった。
しかしアリエッタは目の前にある大量の料理に驚き、食べ始める事が出来ていない。隣にいるミューゼに助けを求める。
「ありえった、ごはん?」(これどういう状況? 食べていいの?)
「むぐ…そうねごめんね。いま食べやすくしてあげるねー」
これまでに覚えた単語を並べる事で、うまく伝わるかどうかは別として、簡単な質問をする事が出来ている。
大量の料理に圧倒され、うっかりアリエッタの事を忘れていたミューゼとクリムは、慌ててアリエッタの分を食べやすくし、皿に取り分けていった。するとアリエッタは安心してもきゅもきゅと食べ始める。
その様子を見ていた母と妹は、アリエッタとピアーニャを見て、2人の事を聞きたそうに視線をパフィに送る。
(じゃあこの皿終わったらなのよ)
(お願いなの)
(すごく気になるん)
食べながら視線とフォークで意思疎通をし、楽しそうに食べ進める客人達に軽く料理を説明していく。
パフィもお腹が空いていた為、その時は早く訪れた。
「さて、みんないいのよ? ママが作った料理は長い間冷めたりしないから、のんびり食べていいのよ。まだ紹介もしてなかったのよ。総長達も初対面なのよ」
「んむ……そうだな。しょくじといい、きづかいカンシャする」
(そうじゃないの! それも大事だけど、そっちじゃないの!)
(わたしが気になるのはそっちのしっかりしてる幼児じゃなくて、こっちのメチャクチャ可愛い銀色の女の子なん!)
視線だけではうまく伝わらなかったようだ。
しかし確かにパフィが連れて来た相手に、暴走して料理まで出したとはいえ、初対面の人に紹介も無しのまま色々話を進めるのはどうかと思い、反論は出来なかった。
「こっちが私のママ…母親の、サンディなのよ」
マシンガントークや料理をしていた時とはうってかわって、すっかり物静かになったパフィの母、サンディ。パフィは母親似だと一目で分かる程、ふんわりとした見た目がそっくりだった。そして活動的な所も。
「サンディ・ストレヴェリーですの。娘がお世話になっていますの」
(サンディ……?)
サンディの名を聞いた瞬間、ロンデルが首を傾げた。
それに気づかないまま、今回の中心人物であるパフィは紹介を続けていく。
「で、こっちが妹のシャービットなのよ」
「シャービット・ストレヴェリーなん。よろしくなん」
髪の色こそ同じだが、こちらはふんわりとはしていない。見た目はミューゼより少し年下くらいの、少しキリッとした女の子。おそらく痩せていた父親に似たのだろうと、ピアーニャはなんとなく思っていた。
「それで、山で助けたのが、父親のマルク・ストレヴェリーなのよ。ママ、パパは助けたから安心していいのよ」
「えっ……本当なの?」
「お姉ちゃん、聞いてないん」
「色々あったから、この後ちゃんと説明があるのよ」
「説明が…あるの?」
サンディの問いに頷き、続いてピアーニャとロンデルを紹介する。
「えーっと、なんでシーカーの一番偉い人達が家に来てるの?」
「っていうか、なんでそんな人と仲良くなってるん?」
「色々あったのよ」
その辺りは食後に説明する事にして、ロンデルは簡潔にマルクが無事で、ファナリアでダイエットをする旨を伝えた。
その時に、すっかり安心したサンディが静かにマシンガントークをし始めたが、玄関の時よりも静かだったお陰で、声をかけるだけで簡単に中断させる事が出来た。
「クリムお姉ちゃんも一緒に帰ってきたって事は、明日にでも顔出すん?」
「えーっと、どっちでもいいし」
「かまわんぞ? ポンドタウンならすぐだからな」
今回の移動手段はピアーニャということで、遠慮がちにピアーニャを見ると、あっさりと了承を得た。
「それじゃ明日ちょっと行ってくるし。帰りはどうすればいいし?」
「パフィしだいだな。どうするのだ?」
「ん~っと……」
元々ただの里帰り予定だったパフィは、すっかり長期不在にしている事を気にしている。しかも総長と副総長を巻き込んでいる事もあり、家にいる予定を短くするつもりでいた。
その事を相談すると、明日からクリムは実家で一泊し、明後日に戻ってきてもらい、その次の日の朝にシュクルシティに向かおうという事で落ち着いた。
「それじゃあ2泊だけお世話になるし」
「はーい。それじゃあシルフィーユさんによろしくなの」
「シルフィーユ?」
「あ、ボクの家名だし。クリム・シルフィーユだし」
「そうだったのか」
部下ではないクリムのフルネームを知り、ピアーニャは納得する。
「それで、ミューゼさんとは何度か会ってるの。でもその可愛い子はどうしたの?」
「ずっと気になってたん。お姉ちゃん隠し子でもつくったん?」
「いや違うのよ、拾ったのよ」
隠し子と言われ、ちょっと焦るパフィ。7歳くらいの見た目のアリエッタと、19歳のパフィでは、年齢的に無理があり過ぎる。
アリエッタについても食後に話す事にして、今はとりあえず世間話をしながら、部屋中にある料理をみんなで食べていく事にした。
(美味しい~おかわり欲しいけど、どこまで食べていいんだろう?)
「アリエッタ食べ終わった? まだ欲しい物あるのかな?」
「一通り少しずつお皿に乗せてあげるし。残ったら食べてあげるし」
「それいいね。あたしこっちのを取り分けるね」
遠慮なく皿に盛りつけるミューゼとクリム。手前に置かれた料理にちょっと驚きつつも、アリエッタは美味しそうに食べて行く。
ほんわかしているその横で、ロンデルは真剣な顔でサンディに話しかけた。
「もしかしてサンディさん。以前ファナリアの…エインデルブルグの城で料理を作っていませんでしたか?」
「あら、懐かしいの。よくご存じなの」
「へ? そんな事聞いてないのよ、ママ」
娘も知らなかった母親の過去が突然明らかになり、流石に驚くが、料理の腕前をよく知っているせいか、ちょっと納得した。
「ちょっと昔、ファナリアでバイトしていた時があったの」
(作るのも早いし、お城は人も多いから、兵士の人とか喜びそうなのよ)
(ママって実は凄いん?)
バイトと聞いて、動揺が収まる。手伝い程度でも城にいたことがあるのなら、家の大きさも納得出来たからである。しかし、次の会話には流石に耳を疑った。
「アルバイトで王家専属料理人と料理長を部下に持ったのは、歴史上貴女だけですよ……」
「そうなの? ちょっと王様に頼まれて、しばらく作ってただけなの」
「ゴフッ!?」
「ママ!? 王様と知り合いなん!?」
「え……なにその経歴コワイ……」
(えっ、もしかして食べ方間違えた!?)
ロンデルとサンディによる爆弾の投げ合いによって、食卓は一気に騒然となったのだった。