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鬱蒼とした森の中に動物の死体が散乱している。
今もまた1体のオーガが心臓を一突きにされ、息絶えた。
オーガの体から剣を引き抜いたコウカが私たちのいる方を見る。
そしてその体に雷を纏わせると地面を深く踏み込み、蹴り出した。すると彼女の体が一瞬ブレたように見えて――消える。
一方、私の目の前では今まさにヒバナとシズクが残った1体のオーガに向けて魔法を放とうとしている。
しかし2人の視線の先に突然、姿勢を崩して転びそうな状態のコウカが現れた。
2人が咄嗟に持っていた杖をあらぬ方向へ向けたことで誤射は免れたが、コウカには非難の声が飛ぶ。
「ちょっ、バカっ――コウカねぇ、危ないってば!」
「し、心臓が飛び出るところだったからっ……!」
――心臓なんてないだろうに。
「す、すみません2人とも!」
コウカも転ばずになんとか踏みとどまれて安堵のため息を漏らすが、自分が非難されていることに気付くとすぐに振り返って謝る。
そこからさらにヒバナのお説教が始まるが、あの子たち今は戦闘中だということを忘れていないだろうか。
案の定、これをチャンスと見たオーガがコウカの無防備な背中に剣を振り降ろそうとする。
だが何かに弾かれるようにして地面に倒れ込んでしまった。
そしてその倒れた上から先の尖った岩がオーガを串刺しにした、グロい。
「みんなお疲れ様! ダンゴも頑張ったね、偉いよ」
その体の性質を活かして、前線でコウカと並んでオーガと戦っていたダンゴを撫でる。
戦いが終わった瞬間に駆け寄って来る様はまるで子犬のようで、つい私の頬も緩む。
そうしてダンゴを撫でつつ、やれ戦闘中に技の練習をするなだの、やれちゃんと周りを見ろだのと、やり取りを続けている方へと目を向ける。
戦いが終わってからもお説教を続けているヒバナたちだが、ここ1ヶ月はああいったやり取りばかりなのでもう慣れた。
「お姉さま~、ダンゴちゃんを返して~」
「はいはい……って、ダンゴはノドカのものじゃないでしょ」
足音を立てるどころか、地面に足すら着いていないノドカがふわふわと近付いてきて、ダンゴを要求してくる。
私からお気に入りの抱き枕を受け取ったノドカが、ダンゴをギュッと抱きしめてそのまま夢の世界へ旅立った。
ダンゴも嫌がるどころか少し嬉しそうな節があるので、私もノドカにダンゴを渡すことに躊躇しない。
このように相変わらずよく眠っているノドカだが、最近は移動中でも器用に体を浮かせながら寝る。
すごい魔力操作技術なのに、これで攻撃魔法はからっきしなんだから意味が分からない。
それに加えて、ここの所は索敵のための魔法も併用しているし、本当は寝ていないんじゃないかと疑ったほどだ。
「もうみんな、オーガくらい簡単に倒しちゃうんだなぁ……」
みんなが倒したオーガを1体ずつ《ストレージ》へと収納していく。
オーガの素材で売れるのは角くらいだが、私では角だけを回収することはできないのでその体ごと回収する。
その度に死体を一体一体見ることになるが、かつてあれだけ苦しめられたオーガがこんなに呆気ない姿で死んでいくのだ。
みんなの成長スピードは凄まじいな、と独り言ちる。
それに比べて、私はまだ自分の力というものを上手く使えない。
他者の魔力と自分の魔力を調和させる方法は分かったし、それでみんなを支援できるけど、逆にそれくらいしかできない。
最初はそれだけでも何かを成した気持ちになっていたけど、みんなが成長して力を増していくにつれ、この力の重要性も低下している。
ダンゴのようにまだ精霊としての力が弱いスライムにこそ私の支援が必要だと思うんだけど、ダンゴは前線で戦うタイプだ。
私の魔法は近くにいるほどその効力が増す。触れていれば最大限に、そして5メートルくらい離れると一切届かなくなる。
単純に私の魔法技術が足りていないのが原因みたいなので練習あるのみなのだが、ダンゴが人の姿になれるくらい力を付ければ私の力の重要性がまた下がる。
一度進化したのが2週間くらい前だし、もうそろそろだろう。
――そうなると、最後に残るのはこの子だけなんだけど。
「アンヤ、さっきの戦いを見て何か感じた?」
腕の中でジッとしている黒色のスライムに声を掛ける。
……だが、反応が返ってくることはない。
約1ヶ月前、ミンネ聖教国の聖都ニュンフェハイムから旅立とうとした私たちの前に現れたスライム――アンヤ。
この子は私が話しかけてもほとんど反応を示さない。唯一、反応してくれるのは命令だけ。
それ以外は自分で動こうともしないから、私がこの子のことで知っているのは闇属性のスライムであるということだけだ。
同じスライムであるコウカたちに会話してもらおうとしたこともあったが、結局何も分からずじまいだった。
そんなわけで活動量も少ないから魔力をあまり消費しない。あまり魔力を消費しないということは私から流れるマナも極少量ということ。
つまり精霊の力がほとんど増えない。だから、アンヤはまだ一度も進化できていないのだ。
私はアンヤに戦わせたことがほとんどない。
たしかに命令すれば命令した通りに戦ってくれるが無理矢理戦わせるのは嫌だし、何か違う。
そのせいで進化も遅れるのだが、結局のところどうするべきか決められてはいない。
――進化すればいいと考えているわけじゃない。ただ、何か示してくれるようになってほしいだけなのだ。
アンヤのことを考えながらオーガを回収していたら、いつの間にか全て回収し終わっていた。
私は先の見えない森の奥へと目を向ける。あと少しだけ進めば、目的地が見えてくるだろう。
「待たせてしまってすみません、マスター! ヒバナの話が長すぎて」
「ちょっと! コウカねぇ、あなた全く反省してないわね?」
ヒバナのお説教が終わるや否や、私のそばまで駆け込んできたコウカがその勢いのまま謝ってきた。
そんな彼女の悪びれもしない様子にヒバナが噛み付いている。その隣にいるシズクも呆れ顔だ。
――いや、それにしてもヒバナもすっかりと呼び慣れているなぁ。
怒っていても自然と“コウカねぇ”と呼んでしまうあたり、もう癖になってしまったんだろうな。
これはノドカが私を“お姉さま”と呼ぶことに影響されたコウカがヒバナとシズクにも姉と呼ぶように要求したことからはじまった。
自分の方が先に眷属になったから姉であるという理論を振りかざすコウカに最初はヒバナも断固拒否していたが、あまりにしつこいものだから最後には疲れた表情でコウカねぇと呼ぶようになったのだ。
普段の立ち振る舞いはともかく身長は少しだけコウカのほうが高いし、顔付きも割と似ているため姉妹と聞いても違和感はない。
これはコウカたちに直接聞いたのだが、ヒバナとシズクはコウカの人としての姿を参考に容姿を形作ったため、その顔にあの子の面影を感じるのだそうだ。
人間とほとんど同じ感覚を備えた身体を作るため、体つきや髪の色などはあまり融通が利かないらしいが、顔付きくらいなら真似をするのは余裕らしい。
一方、コウカも誰かを見てその体を真似たらしいが、誰を真似たのかまでは教えてくれなかった。
どこかで見たことがある気もするが、どこでとは思い出せない。一度だけ買い物に行った店の店員やすれ違っただけの人とかだったら思い出せないのも仕方ないと思う。
――誰をモデルにしていても私にとってはこれがコウカの顔なので、別に誰でもいいんだけど。
「まあまあ、2人ともそのくらいにして先に行くよ。コウカ、さっき危なかったのは本当だからヒバナに言われたことはしっかりと受け止めること! いいよね?」
「はい、わかりました」
「ねぇ、なんでユウヒの言うことは素直に聞くわけ?」
言い合いを止めようとしたのに、コウカの態度のせいでまた始まりそうになる。
結局シズクと協力してコウカとヒバナを引き離したあとに森の奥へと進むことになった。
眠っているノドカもどういう要領かは知らないが、ふわふわと寝ながら付いて来ているので問題なしだ。
今から行うのは魔泉を鎮めるための力の行使――魔素鎮め。
この呼び名は何か呼び方があったほうがいいよね、という話になってみんなで決めた。
「……ここが中心か。聞いていた通り、それほど規模は大きくなさそう」
「というか、こんなのあってないような乱れね」
「あ、あたしたちはいらない、かな……」
魔泉といっても、本当に泉があるわけでも穴が開いているわけでもない。ただ地中深くに広がっている世界樹の根から魔素が染み出しているだけだ。
それでもこの場所が魔泉の中心というのは、女神の力と精霊の力を持つ私たちには感覚で分かる。
――まだまだ弱い力なので、結構近付かないと分からないんだけど。
そしてヒバナの言った通り、魔素に乱れはあるもののそれはとても小さな乱れだった。
街で得た情報も少しだけ魔物の量が増えたような気がするという曖昧なものだったし、ここまで来るために戦った魔物もそれほど多くはなかった。
当然、予想していた通りだと言える。
この規模だとコウカと2人だけでも済ませることができるのでさっさと魔素鎮めを終わらせよう。
私はアンヤを片手で抱えたまま、左手でコウカの手をしっかりと握る。
乱れを鎮めるのは簡単だ。
コウカの中の精霊の力と私の魔力を調和させ、その力を強めてあげればいい。あとは魔泉に増幅した精霊の力を流すだけだ。
「行きます」
「うん、やっちゃって」
コウカの左手から眩い帯状の光が広がっていき、一定の範囲まで広がると地面に染み込むように消えていく。
そして1分くらい経つと、コウカが「終わりましたね」と言ったので、そっと手を離した。
これでこの森でやることも終わった。
あっさりとしているが、この規模ならこのくらいの時間で済んでしまう。
コウカとお互いを労いつつ、待っていたヒバナたちに声を掛けた私たちは森の出口へと向かった。
◇
「いやぁ、ほんと助かったよ! どれもこれも割に合わないって受けてくれない依頼ばかりでさぁ」
「あはは、またこの街で見掛けたら声を掛けてください。なんでもやりますから!」
「おうおう、また頼むな! Cランク冒険者のユウヒ殿!」
ニカッと笑う受付の男性からお金を受け取り、会釈したのちに冒険者ギルドから立ち去る。魔泉へ向かうのと並行して、冒険者ギルドで依頼を受けていたのだ。
麻袋の中に入れたお金は依頼を達成した分と倒した魔物の素材を売った分だ。
だがその量は依頼を5つ同時に達成した割には少ない。それは私が人気のない報酬が低い依頼を率先して受けていたためだ。
人気がないと言っても依頼として掲示板に張り出されている以上、受けてもらえないと困る人がいる。そんな人たちのために私は頑張るようにしていた。
私は前の世界でやっていたように積極的に誰かの為に行動するようになったのだ。