「おや、常春《つねはる》よ、その驚き様、もしや、横恋慕してしまったかな?」
「な、何を!違います!小上臈《こじょうろう》様は、守近様ののお相手で……あっ!」
常春は、うっかり喋ってしまったと、慌てて袖で口元を覆ったが、時、既におそし。えーーー!と、紗奈《さな》が、叫んでいた。
「うそー!それじゃあ、兄弟でぇー!それも、お末の更衣様の小上臈様を、ですかぁ?!」
ははは、やっぱり、手厳しいなぁー、紗奈は、と、守孝は、笑っている。
「あ、あの、守孝様……」
分からないのは、常春で、どうして、妹と、守孝は、笑っているのかと、恐る恐る、声を出す。
「ああ、色々あって、の、所は、割愛してと、つまりねー、兄上のご都合が付かない時、私が、代わりに文を詠んで、お渡ししているのだよ」
うんうんと、紗奈は、頷いている。
「紗奈、お前が知っているということは、これは……」
「はい、有名ですよ?お仕えする、お末の、じゃなかった、更衣様の威厳の為に、小上臈様が、守近様に近づいているって……、守近様も、逃げるに逃げられないと、難儀しておられると」
御屋敷勤めの、女房なら、それくらい、知ってますよー!
と、紗奈は、のほほんと言っているが、しかし、常春が、あの塗篭《ぬりごめ》で、耳にした話は……。
「まあ、お仕えする更衣様のお立場が、パッとしないからねぇ、お末、と、まで、揶揄されては、昔から繋がりのある兄上に、すがってしまうのだろうけれど、まあ、兄上も、律儀なことで」
「あー、じゃー、守孝様は、守近様の代行ってことで?わざわざ、お相手を?」
さ、紗奈!と、常春が、止めた。深い部分を探りすぎている。
「うん、私がね、こっそり変わって差し上げているんだよ。何しろ、夜の禁中は、あやかしが、徘徊しているはずだし、小上臈様だって、人かどうか怪しいものだ。何か、出てこないなかなあーなんて、思ってねぇ」
あははは、と、紗奈が大笑いした。
妹の、くだけすぎた姿に、常春は、またまた、平伏して、守孝へ、詫びを入れた。
「あー、そう、固くならなくても、お前達のお陰で、通わなくて良くなった。何しろ、もう、あの方からは、正気が失われているから、ひとつの、あやかし、相手とも、言えるが、あくまでも、小上臈様、だ。飽きてくださるまで、独り言かのような、企てに、うんうんと、相づちを打つのも、なかなか、苦労するもの」
ん?と、紗奈は首をかしげて、常春を見る。
「兄様?一体?」
「いや、そこは、私も……」
常春も、顔を上げ、不思議そうにしている。
「まあ、余計な事、忘れてくれ、と、本当は、言いたいが……ここでも、守恵子、なんだよ。だからね、外に漏れない様に、私ができるだけ、お相手している訳だ」
「え?」
と、紗奈は、更に、解せぬと、常春を見て、その常春は、もしや!と、言いにくそうに、顔を歪めていた。
「……やはり、隠しても、無理だったか、常春や、その様子、と、いうことは、世にも、話が?」
「いいえ、決して。ただ、私は、守近様のお側におりますので、なんとなく、そうではないかと、想像できる……だけであって、決して、守恵子様のお名前は、世に出ておりません!」
そうか、それならよかったよ、と、守孝は、安堵している。
「あのぉ……」
紗奈が、どうしても知りたいと、言いたげに、モゾモゾしていた。
「あー、好奇心大勢な姫様が、ここにもいらっしゃる」
「守孝様、どうか、妹のことは。お気になさらず!」
と、守孝へ配慮しつつ、紗奈、いい加減に立場をわきまえないか、と叱咤するが、いや、ハッキリさせておこう、内大臣様の御屋敷へ行くのだからと、守孝は、言いきった。
「も、守孝様、今、なんと?!」
常春の問いなど、聞こえないかののうに、守孝は、外の従者へ声をかける。
「方違えの先は、二条様、内大臣家の御屋敷だ」
驚く、兄妹《きょうだい》に、守孝は言う。
「ほれ、腹が腫れているとか、なんとか、奇っ怪な話が待っているのだろう?これを、逃してなるものか」
……と。